上 下
363 / 415
本編

363- シャーロット様

しおりを挟む
学園長の執務室にあるソファーに案内されて少しすると、シャーロット様が僕たちの前に現れた。
うん、オリバーさんのお母様って感じだ。
第一印象の、柔らかでキラキラした雰囲気が同じだし、目元なんて本当にそっくりだ。

シャーロット様は、貴族の中でも珍しい貴族出身の女性夫人だ。
どこかの養子に出されたわけでもない。
神器様との間に生まれて、ワグナー家に嫁がれた方。
ちゃんと恋愛結婚だったみたい。

今のさわりは、シャーロット様が来られる間にエリー先生が教えてくれたんだけれどね。


柔らかな笑みと共に、美しいカテーシーを披露してくれた。
今日は、エリー先生が紹介役をしてくれる。

「レン様、彼女がワグナー子爵夫人のシャーロット=ワグナー様だよ。
この学校の設立に尽力された方だ。
シャーロット様、こちらが我らがエリソン侯爵領のご当主アレックス様を射止めたレン様だ」
「お待たせして申し訳ございません。
お初にお目にかかります、ご紹介いただきました、シャーロット=ワグナーでございます。お会い出来て光栄にございます。
私のことは、どうぞシャーロットとお呼びください。
学校設立に関しましては、アレックス様が要望に応えてくださったことが大きくございます、感謝の念に耐えません」

「はじめまして、シャーロット様。僕の方こそ、お会い出来て光栄です。
レン=エリソンです、僕のことはどうぞレンとお呼びください。
この地へ来たのも貴族としてもどちらも日が浅く、こうしてエリー先生の元で学んでいる身ですので、シャーロット様も、僕に色々教えてくださると嬉しいです。
今日は正式な場でもないので、どうか楽にお願いします。
───それにしても、とても居心地が良い学校ですね」

「うん、いいね!」

シャーロット様からの返事より、エリー先生の“いいね!”のが早かった。
エリー先生をみて、可笑しそうに、それでもとても上品にシャーロット様は笑う。
うん、笑うと本当にオリバーさんによく似てるなあ。
あ、オリバーさんがシャーロット様によく似てるんだけれどね。

貴族間の挨拶は、簡単そうでとっても難しい。
引っ掛けもあった。

通常、爵位の異なる貴族が初めて会う場合は、紹介者が間に入る。
今回は自領の貴族だけれど、双方を知ってるエリー先生が間に入ってくれた。それが、自然だからだ。

そして、最初に上位に下位を紹介する、つまり、僕に対してシャーロット様を紹介する。
ここで、エリー先生が紹介を打ち切る場合は、僕からシャーロット様に声を掛けて欲しいっていう表れになる。
だから、その場合は、僕から挨拶をする。
でも、紹介されたとて、そこで僕が相手のことを気に入らなかったら挨拶をする必要は無いのだそう。
僕の立場の方が上だからだ。
尚、下位であるシャーロット様は顔も上げてはならない。
顔を上げるタイミングというか、許しが出るのは、僕が彼女の名前を口にした時だ。

で、今回エリー先生は、僕にシャーロット様を紹介した後、シャーロット様に僕を紹介してくれた。
紹介者が促すのなら、下位の者が上位の者に挨拶が出来る。
つまシャーロット様から僕へ、だ。
でも、この時シャーロット様は僕の名前を言うことは許されていない。もし使うなら、エリソン侯爵夫人、となる。
彼女が僕の名前を口に出来るのは、僕の許しがあってからになる。
僕がこう呼んでください、って言ってからだ。
僕から、シャーロット様と呼んでも不敬には当たらないんだけど、逆は不敬になる。
勿論、いきなり名前を呼ぶのはあまり褒められた事じゃないから、呼んでもいいか聞いてからになる。
これも、本来、下位の者が上位の者に対して聞くのは不敬にあたる。
でも、例えば、オリバーさんはアレックスの親友だから、関係性が重視されることもある。

さらに、ここは、領民と貴族の垣根が低いエリソン侯爵領だ。
いきなり名前を呼ばれたからといって不敬だ云々言う人たちはいない。
領主であるアレックスがすでにそうだからだ。

それでも、僕はマナーを学ぶため、という名目上こうやって外に連れてきてもらっているわけで。
基本を外してはいけない、と思う。
それと、公式の場じゃないときは、『楽に話していいよ』というのは上位から下位へ、つまり僕から言い出さないと成立しない。
その僕が型に嵌ったような畏まった話し方だと相手も楽には出来ないから、どの程度丁寧な言葉を使うかっていうのは選択が難しかった。

これが、相手が僕より上位で公の場だったりした場合は、学んでいる身なんて言葉は使わずに、ご教授頂いている身、なんて言い回しが良いと思う。
その場合は、もっとこねくり回したというか、装飾を色々と付けたような長ったらしい挨拶の方が好まれるんだって。うーん……僕らしく、は難しそうだ、演技しないと挨拶すら言えない気がする。
今ですら長いな、って感じたくらいだ。


シャーロット様は来月の納税報告では侯爵邸には来られないから、早いところ出会う場を作ってあげたかった、とエリー先生が言っていた。
ワグナー子爵はとても大らかで良くも悪くも人が良い正直な人らしく、夫人の立場から上手くサポートするのがシャーロット様の役目。それはそれは見事な手腕だと言う。
エリー先生がそう言うなら、かなりのものなんだろうな。
僕も、アレックスを精神的にだけじゃなくて、侯爵夫人として支えになりたい。
僕が出来るやり方で。
きっと、学ぶことが多いと思う。

「今日は、学校の問題点についても学園長と話されるそうだから、レン様も何か思うところがあれば遠慮なく発言して欲しい。正直ここの学校の問題点は、領都の学校の問題点とも似たり寄ったりだろうからね」
「わかりました」

挨拶してお茶して終わり、じゃないみたいだ。
全ての領民の子供たちが無償で学校に通えるという教育方針は、まだ新しい試みで、帝国内でエリソン侯爵領だけだ。
元の世界の知識も役立つことがあるかもしれない。

思わず姿勢を正すと……というか、初めから姿勢は正していたわけだけど。
でも、聴く姿勢って大切だと思うんだ。
ちゃんと聴きますよっていうアピール的なものがね、必要な時もあると思う。

そんな僕の様子をみて、シャーロット様もエリー先生もついでに学園長も柔らかな笑みを向けてくれたよ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

亜彩探偵の謎 #101 犯人の職業

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

はじまりの朝

BL / 連載中 24h.ポイント:547pt お気に入り:60

季楼フラグメント

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

【完結】相談する相手を、間違えました

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:949

嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:78

氷剣の皇子は紫水晶と謳われる最強の精霊族を愛でる

BL / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:168

僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜

BL / 連載中 24h.ポイント:1,627pt お気に入り:199

絶頂の快感にとろける男の子たち【2023年短編】

BL / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:121

処理中です...