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本編

-361- 馬車の中で

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今日は、いよいよエリー先生と一緒にはじめての外出レッスンだ。
場所は着いてからのお楽しみなんだって。

朝から凄く楽しみで、つい、今日はどこに行くのかな?なんて思い浮かべちゃってた。
因みに、行く場所は僕には知らされていないけれど、アレックスとセオ、そして一緒に同行するステラには予め知らされている。
これは、アレックスがエリー先生に要望を通して、そうしてもらったみたい。
『レンには当日でも構わないが、勉強だとて外へ連れ出すなら事前にルートと場所は知らせてくれないと困る』と。
侯爵夫人という肩書だもんね、何かあってからじゃエリー先生も責任が取れない。
だから、アレックスだけじゃなくて、警護でつくセオとステラにも事前にルートと場所は知らされてるんだ。

『アレックス様が反対しないんですから、治安の悪いところには連れて行かれませんよー』とセオは言う。
まあ、そうだよね。
どういった場所かはわからなくても、事前に警備がしやすくて、一時間くらいの滞在で済む場所になるはずだ。

今日は、いつも一緒に来ているエリー先生の従者オスカーさんの他に、ベラさんとアナさんっていうハワード家に仕えている双子のメイドさんも一緒だ。
オスカーさんは、普段のレッスンの時はいつも時間まで馬車で待機しているのだけれど、今日は一緒の馬車に乗り込む。

それはエリー先生の配慮で、オスカーさんに少しでも休憩をとってもらうためみたい。
『休んでいていいよ』と言ったところで、オスカーさんの立場だと、侯爵邸の中じゃ気が抜けないだろうしね。

今まで挨拶くらいしか交わしたことがなかった。
ちゃんと話すのは今日が初めてだ。
オスカーさんは物静かで穏やかな雰囲気な人だなって思ってた、今日までは。


「君が小柄でよかったよ、オスカー」
「エリー様は心做しか横幅が増えましたね」
「っ今言わないで欲しいね!」
「ふふっ」

小柄って言葉にぴくっと眉を揺らしたオスカーさんは、ぴしゃっとエリー先生へ返す。
やりとりに思わず笑っちゃう。
遠慮しないで言い合うんだから、仲は良いみたいだ。

小柄……小柄なのかな?
オスカーさんの身長はセオよりほんの少し高いくらいだ。
それに、セオより骨格がしっかりしてるように見えるから、小柄って言うほど小柄に見えないんだけれどな。

でも、アレックスやジュードやレナード、それにオリバーさんもか。
彼らは背が高くて皆海外モデル並みだ。
あれが基準になるなら、こっちの世界だとオスカーさんは小柄なのかもしれない。

イアンやマーティンっていう大柄な人も、街でちらほら見かけたわけだから、あの二人が特別大柄ってわけでもなさそうなんだもん。
マクマートリー家のニックさんもがっしりしてて大きい人だったし。
あの人たちと比べたら、確かにオスカーさんが小柄になっちゃう。
僕なんて、それこそ小柄の中の小柄だ。

オスカーさんは、エリー先生と同じくらいの年で、ウェーブがかった真っ青な綺麗な髪を後ろに束ねていて、目元は涼やかな水色の瞳だ。
セオの夕焼け色した髪色とは補色で向かい合って座ってるから、そっちに目を向けると少し眩しい。

出発した馬車は、窓がついてるけどカーテンがかけられたままだ。
外の景色が見られないのは少し残念な気分になるけれど、エリー先生と会話を楽しむのには意識がそれないからそれはそれで良いのかもしれない。
実際は、お忍びでの移動になるから、馬車は運送ギルドの馬車2台での移動で、カーテンは閉じたまま走ってるんだけどね。

とは言え、2台とも箱馬車だから、どこかの裕福な人が乗ってるんだろうなっていうのはわかってしまう。
ベラさんとアナさんは、僕より少し上に見えた。
エイミー店にも何度か足を運んでいたから、ステラのことは知っていたけど、容姿の違いにびっくりしてたよ。
三人は同じ馬車だから、向こうは向こうで賑やかそうだ。

そう言えば、エリー先生はステラを目にしてびっくりしてたっけ。
もしかしたら、昔に会ったことがあるのかな?
それでも、二人とも穏やかに挨拶を交わしていたから、元々関係性は悪く無さそうだ。
ステラが、『ステラと申します』って言った後に、エリー先生は、『そうか。エリー=ハワードだ。エリーでいいよ、よろしく』って返していただけだった。



「何だか二人を見てると目がチカチカするね」

エリー先生が、セオとオスカーさんの方を目にして、ため息をつきながら口にする。
何も言わずに苦笑いを浮かべたのはセオで、オスカーさんはセオをチラリと見てから、僕を見る。

「でしたら、常に真正面を向いていれば良ろしいかと。レン様に体型維持の秘訣でもお聞きになったらいかがで───ぐっ!」
「レン様、なにか心がけてることは?」

鋭い視線をオスカーさんに向けたエリー先生は、オスカーさんに思い切り肘打ちをしてから、僕ににこやかな笑みを向けてくる。

「マナー講師として如何かと……」

お腹を抑えながらオスカーさんはボソッと呟く。
普段からこんな感じなんだろうなあ。

「心がけてることかはわかりませんが、朝は柔軟と庭園の散策、その後に軽くランニングをしてから、セオに体術の稽古をつけて貰ってます」

そう言うと、エリー先生が無言でうっすら笑いを浮かべてくる。
無言っていうか、言葉を失ってるみたい。

「体術ですか?」
「あーはい、元々素質はおありでしたし、レン様たっての希望です。身長を少しかけるほどの長い木の棒を振り回しておいでです。結構本格的に稽古をつけてますから、かなりの運動量かもしれませんね」

「変わった体術だね。そんな長い棒をその細い腕で振り回して、痛めたりしないかい?」
「元の世界で習ったんです。遠心力が加わるので、コツを掴めば腕は大丈夫です。でも、セオとだと上下の動きが多いので、どちらかというと膝にきます」
「そうか。参考にするのは難しいかな」
「ランニングでしたらやる気さえあれば───」
「ちょっと黙ろうか、オスカー」

「ふふっ」

もう、おっかしい!
オスカーさんはエリー先生に負けないくらいお喋り好きみたいだ。

「あ、レン様は毎日体重計に乗ってますよ。ね?」
「そうだった!はい、毎日乗ってます」
「体重計!?」
「はい、欲しくて買ってもらいました」
「乗ってどうするんだい?」

「えーと……体重を、量ります」
「そりゃそうだ」

それ以外にないから、思わず声が小さくなる。
僕の答えに、エリー先生がくつくつと笑った。

「元の世界では、健康管理に毎日乗ってたんです。
毎日量るだけで痩せる効果があるっていう文献がありました」
「えっ本当かい!?それは凄い!なら、うちも是非買おうか」

とたんエリー先生の目がキラキラして僕を見る。
体重計に乗るだけなら、体術やランニングより、ずっとハードルは低いよね。
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