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本編

-356- 納税報告書とさつま芋

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「そういえば、今日は、お茶の時間に孤児院で貰ったさつま芋を使うそうですよ」
「え?本当?わー嬉しい!」
「最近レン様が“あのさつま芋はまだかな?”って聞くからですねえ」
「………まだ早かった?」
「いいえ、丁度良く食べごろだそうです」
「良かった」

専属従者になったセオはどこか変わったかというと、特に前と変わりない。
朝から稽古も付けてくれるし、セバスが手が空かないときは課題をだしてくれるのだけれどわからないことはセオが教えてくれてるし、こうやって美味しい紅茶も入れてくれる。

今日はエリー先生の授業はないから、朝も午後もエリソン侯爵領の税金について学んでる最中だ。
各々の納めている領地についてはおおよそ学び終わったところで、今度は税金についてだ。
過去5年の納税報告書を見比べつつ、その税金が何に使われたかや、次の年に行われていた大きな整備や建設なども一緒に教えて貰う。

来月には納税報告に各貴族がエリソン侯爵邸に訪れるから、僕の授業は急ピッチで行われていた。
急ピッチってセオとセバスが言うけれど、僕としては急ピッチに感じない。
高校の時の授業の方が詰まってた気がするし、納税報告書は項目自体多くないし、ひな形形式で覚悟していたものよりずっと見やすかった。
なんていうか、しっかりした家計簿みたいな感じだ。

それに、納税報告書が見やすいのには理由があった。
控除が全くないからだ。

僕は仕事柄それほど控除については詳しくない。
元の世界でだって、そういうのは事務所がお願いしている会計士さんがうまくやってくれていたみたいだし。

けれど、経費で落ちるものと落ちないものくらいの区別はつくようには教えて貰っていたし、アプリで家計簿を入れていたから、この納税報告には違和感がある。
僕の性格で家計簿のアプリを入れていたのは、毎月お小遣い制だったからだ。
経費で落ちないものは、お小遣いの中から出すっていう決まりだった。
特にそれで不自由を感じたことがなかったけれど、父さんからは、『蓮が20歳になったらお小遣い制を無くそう』って言われていたっけ。
ちゃんと家計簿をつけていて良かったって思う。
最初の一時間は、照らし合わせて教えて貰うだけで終わっちゃったけれど、残りの一時間は疑問に思ったことや感じたことも聞こう。

午後の勉強が50分たったところで、10分間の小休憩。
お茶の時間までには後1時間ちょっとある。
今日はいよいよ孤児院でとれたさつま芋を使ってくれるそうだ。

セオが笑いながら僕が聞くからって言うけれど、待ち遠しい思いが口に出ちゃっただけだ。
僕がまだかな?って呟くたび、セオが律儀に聞きに言ってくれていて、『まだだそうです』なんて教えてくれてた。

「大きい方は、レン様のご所望通りパイを作って使用人の分にも回すそうです」
「みんなにいきわたるなら良かった」
「レン様が掘った芋だって知ったら、新人のみんなびっくりするでしょうね」
「レナードも凄く驚いてたし、イアンもアニーもロンもすごく驚いてたもんね」
「芋掘りですからねー」
「アレックスはしたことないのかな?」
「ないと思いますよ」
「そっか」

「まあ……でも、来年は一緒にしたいってレン様が言ったら、アレックス様は喜んですると思います」
「じゃあ、言ってみようかな」

芋掘りはみんなでした方が楽しいし、子供たちも喜ぶと思う。
それに、自分で取ったお芋だと食べる時により美味しさを感じると思うんだよね。

「さあ、あと一時間です。頑張りましょう」
「うん」



「何かわからないことや、疑問に思うことはありますか?
レン様は飲み込みが早いから、結構詰め込んでますけど、納税報告書なんて見るのははじめてでしょう?」

セオが心配そうに聞いてくる。
セオは最初セバスの下にいたから、見習い時期には一通り教えて貰っていたんだって。
それに、納税報告書に関しては提出する側の家の出だったわけだから、多少は齧っていたみたい。
今はお兄さんが後を継いでいるって言っていたし、最初から家に残って支えるつもりはなかったようだ。
けれど、どこの家も納税報告書に関しては同じようなものだから、と仕組みや書き方も学んだそう。
だから、提出する側の気持ちも、受け取る側の気持ちも、両方分かってる。
お遣いやアレックスについて回ることになってからは多少離れていたとはいえ、基礎があるかないかじゃ大分違う。
納税報告書の書類は、アレックスの代になってから一新したそうだけれど、以降10年間は変わっていない。

「うん。でも家計簿とあまり変わらないから覚悟したほど難しくないよ」
「カケイボ?」
「元の世界では、家計簿って言って、何にいくら使ったかって言うのを記録していたよ。
こっちの世界ではしないの?」
「うーん……店をやってる人なら店の売り上げの帳簿はつけますが、カケイボはしないでしょうね」
「じゃあ、セオも何にいくら使ったかって記録したりはしてないの?」
「してないですね」

そっか、しないのか。

「それって困らないの?」
「困ったことはありませんね。
俺の場合は、見習い時爺さまに言われてから変えてませんから。
給料が入ったら、決まった金額だけ手元に残して、あとは全部ギルドに預けて、よっぽどの理由がない限り引き出してません」
「そっか。それなら金銭の把握は出来るね」
「自分じゃ殆ど使わないですけどねえ。ごくたまに友人と食事するくらいですかね」

忙しいセオはお金を使うことがあまりないみたい。
ヴァンと一緒の時は全部ヴァンが出すんだろうなあ、あの性格だもん。
あんだけ稼ぎに稼いでいたヴァンが、自分と一緒の時にセオが出すってことはさせないはずだ。
聞くまでもないよね。

「そっか。……あ、そう、それでね?この納税報告書の見方自体は分かったのだけれど、控除ってないの?」
「コウジョ、ですか?」
「うん。例えば、寄付したりとか。あとは、仕事に使う器具の修繕だとか機材を買ったりしたとき、それと高額な医療費とかかな。
元の世界だとそういうためにお金を使ったら、一定の金額を本来納める金額から差し引いたりしてたのだけれど、しないの?」
「え?……えーと、はい、しないですね」
「しないの?」

「寄付は、そもそも善意になりますから、税金からは差し引いたりしないです。
それと、エリソン侯爵領では、農地の場合、機材を購入するのはその土地を収める貴族に一任されます。
器具はものによりますが、最初に必要な器具は支給です。
家の修繕費も基本借家ですからそうですね……えーと、どの立場に立つか、で変わってくると思うんですが」

セオの説明によると、控除に当たらないのは、そもそも領民への物に対する支給が多いからだった。
家の修繕費、魔石、機材等は各領民じゃなくて土地を収める貴族が出す。
だから、各領民が購入したりお金を使うことはない。
じゃあ、それはどこから出てるかっていうのは、収めている貴族からで、それは各経費にあたる。
医療費は、仕事上の怪我や病気の場合はギルドの補償が出る。
各貴族の家は補償が受けられないけれど、それは上に立つ者の責任だという。
裕福な分、責任も重いのだそう。

「商人の場合は?お店を持ってる人とか」
「事故や事件なんかの場合、修繕費は商人ギルドから出ます。
それ以外の改築や機材導入なんかは、個人の負担です。
農家との違いは、売り上げと税金が直結することです。
エリソン侯爵領の農家は、その区画全体の生産量で税金が決まるのに対し、商人は個人の売上そのものの利益が税金に直結します。
仕入れ値と売値の差額が利益になります。
税金として納めるのは利益の一定数ですから、儲ければ儲けるほど裕福になりますが、逆に儲けがなければ生活は苦しくなります」
「そっか」

仕入れ値と売値の差額が利益っていうのはちょっと単純すぎる気もする。
控除がないのだから、節税もない。
うーん……これで良いのか悪いのかが良くわからないな。
でも、そもそも節税がないのだから、誤魔化したり隠したりだとかがしづらいっていう点はいいのかも。

税金の比率は多いのか少ないのかもよくわからない。
いまいち判断が出来ないのは、他領と比べられないからかな?
かといって、他領と比べて優劣を付けるものでもないよね。

「あまり納得がいかないですかね?でも、他の領地より領民の負担は少ないと思いますよ?」
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