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本編

-343- 風呂でゆっくりと アレックス視点

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広い湯船に肩まで浸かると、はあ……と自然とため息が出るのはなぜだろうか。
俺もレンも同時に息を吐きだす。
それだけで、今の自分は幸せだと思える。

ほっとするこの瞬間がなんともいえず好きなんだが、レンを置いてまで風呂に入る、という選択がなくなった。
や、風呂に入らずとも浄化で済ませる者は多いし、とくに宮廷魔法士の連中は、風呂の時間が勿体ないどころか浄化をかけ忘れてるのもざらにいたりする。
まあ、俺もユージーンも浄化はこまめにかけている。
綺麗好きな魔法士の部類だ。

と、兎も角。
以前ほどではないものの、ここのところ忙しく、久しぶりに一緒に風呂に入った気がする。
そういえば、セオからは『レン様は、アレックス様と一緒でないと風呂に入らないで浄化で済ませます』と言っていたな。
風呂は好きそうだが、一人でこの広い風呂に入るほどではないようだ。
一人で入るとなるとセオの手を借りることになるんだろうが、俺がレンの世話が出来る楽しい時間だ。
普段はまだしも、風呂上りは出来れば譲りたくない、などとと思っている。

「アレックス、宮廷図書館の本を借りてくれてありがとう」
「俺は名前を貸しただけだぞ?」
「うん。それでも、借りることを許してくれたのはアレックスでしょう?神器様の身体と心のメカニズムをね、知れて良かったって思うんだ」
「………」

知れて良かった、か。
嘘は言っていないようだ。
強制的に発情し、欲するように出来ているなど、無理やり神器様にさせられたレンにとったら辛いだろうからと思っていたんだが。

視線で促すと、レンは嬉しそうに一度目を細めてから、ぴとっと寄り添ってくる。
くそ可愛い。
ふんわりと香るフルーツソープの香りの中に甘やかな蜂蜜の香りが鼻をくすぐってくる。
風呂場で抱く気にはならないが……や、我慢していたんだ、せめてベッドまでは我慢したい。

「今、元神官の人が書いた本を読んでるんだ。その人は、神官の地位を剥奪されて追い出されて、神器様を一人連れて南東の地まで行く話だよ」
「ああ……その話は、俺も一度目を通したが、興味深いことがいくつかあったな。南東には───」

南東には、神器様が好きだという海があり、魚が豊富に取れる。そう言おうとしたところで、レンの右手が俺の口元を抑えた。

「読むから言わないで」
「悪かった」

笑いながら謝ると、レンも口元を緩めてまたぴっとりくっついてくる。
なんとも可愛いお願いだ。
ネタ晴らしは無しだな、レンが読み終わったら南東地方の話をしよう。
レンは魚料理よりも肉の方が好きだと言っていたが、海が好きならいつか連れて行ってやりたい。

「神器様の生態をね、知れてよかったって思うのは、いくつかあるんだけれどね?」

レンと目が合い、小さく頷くと、ふんわりと笑顔で口を開いてくる。
本当に可愛い存在だ。

「子供がね、必ず安産で、五体満足の健康で生まれてくるんだって」
「そうらしいな」
「それだけで安心できるよ。勿論、妊娠したら気をつけることはあると思うけれど、元気で生まれてくることが一番だから」
「ああ。だが、レンの身体が一番大切だ」
「ふふっありがとう」

安産で五体満足の子供、か。
生まれつき体が弱い者もいれば、どこかに障害をかかえて生まれてくる子供もいる。
未熟なまま生まれてくることもあれば、命を宿すことなく流産されることもある。
や、途中まで命を宿していたのが正しいか。
流産となるのは、はたから見ても辛いものがあったし、次の子供が無事に生まれてくるか過剰に心配になっている者もいた。
そうした話を聞けたのは、仕事の一環からだったが俺自身考えさせられることが多かった。
例え、跡継ぎなど望めなくともだ。
俺のように、例え闇属性であったとしても、五体満足健康でここまで生きて来られたことは、感謝せねばなるまい。

まあ、そんな具合に、以前俺は自分の子供なんてとんでもないと思っていた。
だが、レンとの間に出来る子供だ。
可愛くないはずがない。

本来、男性は子供を産めない。
それは、レンのいた世界でも、俺のいる世界でも、共通だ。
神の実を無理矢理食べさせられ、強制的に妊娠できる身体に作り変えられたんだ、不安が一つもないと言ったら嘘だろう。

「正直、妊娠なんて未知だから不安もあったし少し怖い気持ちもあったんだ。勿論、今でも全く不安がないと言ったら嘘だけどね、でもそうなっても大丈夫なように環境も整えてくれてるから」
「もし、辛いことや不安なことがあれば、何時でも何でも話してくれ」
「うん……ありがとう、アレックス。僕もちゃんと聞くよ、アレックスのことは何でも知っておきたいくらいに思うんだ。
もし、今は言えなくても、いつか言いたいことがあるなら、アレックスの心が決まったときに、話してね?
今は頼りないかもしれないけれど、アレックスが安心して話をできるようになるからね」

頼りないわけない。
すでに、頼りっぱなしの部分は色々とある。

「ありがとう、レン。
もし、俺にとって都合の悪いことであっても───いや、そうじゃないな」

レンの気持ちを疑うことなどしたくないし、出来ない。
こんなにも好いてくれているんだ。

「どんなことでも、受け止めてみせるから」
「うん」

頷いたレンの瞳が、なんだかとても潤んでいて、誘われるようにその瞳に口付けを落とす。

口付けと同時閉じたレンの瞳は、長いまつ毛の下からゆっくりと現れ、気持ちよさそうに細めてきた。

あー……くそ可愛い過ぎる。
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