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本編

-324- 神器さまで侯爵夫人

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伯爵家の次男と言う人は、神器とその所有者の間に生まれた人だった。
幼少期はてっきり父と母との間に生まれた、と思っていたらしい。
まあ、そうだよね。
父と母が男性同士でも、小さい時はわからないだろうなあ。

この人も神器という存在がいかに異質なものかが書かれていた。
とはいえ、彼の周りにも、神器が家にいる人もいるし、そうなれば自分のように神器から生まれた子供もいたようで、次第に慣れていく。

彼の家の神器は、それはそれは我儘で物欲が激しいようだった。

「ここに書いてあることは本当?」
「ええ、そう謳われています。
お渡しした本にもそう書かれてありますから、少なくともアリアナ教での教えでは誠のこととされています」
「そっか」

なにが本当なのか、というと、出産や妊娠、その子供に関してだ。

その一、神器様の出産は、必ず安産である。
その一、神器様から生まれる子供は、五体満足、健康である。
その一、魔力量は親より下がることはなく、同等もしくは少しだけ上がる。
その一、女性が生まれてくることも稀にあるが、生まれてくる子供は男性が多い。
その一、姿かたちは、神器様を引き継ぐこともあり、見目麗しい子供が生まれることも珍しくない。
その一、神器様からの子供は帝国の宝であり、多ければ多いほど富と繁栄が約束されている。

女性が生まれる場合、どちらの容姿を引き継ぐか分からないから、第二第三夫人を迎える時は、性格や出来は二の次、心身ともに健康で見目美しい人が選ばれるそうだ。
一般的に、公に出向くのは第一夫人の勤めらしい。
第二第三夫人は何をするのかっていうと、家によって様々だと言う。

「レン様、大丈夫です?」
「うん。必ず安産で、五体満足の健康で生まれて、同等かちょっぴり魔力が高いんだよね?
それなら、僕にとって妊娠と出産っていう未知なことでも、少しだけ安心できるよ。
生まれてくる子供が必ず健康だって知れて良かった」
「なら、良かったです」
「でも、この最後のが心配」

アレックスは、第二夫人も第三夫人もいらない考えだし、そもそも神器の僕を夫人の迎えた人だ。
アレックスの考えは、アリアナ教に反してることになる。
侯爵家という高位貴族でありながら、だ。
そこが、心配と言えば心配だ。

「アリアナ教は、国教だよね?アレックスの立場が悪くならないかな?」
「アレックス様の場合は、闇属性ですので、アリアナ教からして見れば“最悪”であられます。
すでにそのお立場は悪うございますから、今更神器様で在られるレン様を夫人に迎えたことくらいでは、良くも悪くもお立場は変わりません」
「あ……そっか、そうだったね」

だから、アレックスはあれだけ悩んでいたんだっけ。
子どもを持つことにも凄く抵抗と葛藤があったんだった。

「アレックスがすごく優しくて愛されてるなって感じるし、この家のみんなも領民も僕をとても歓迎してくれてるから忘れてたよ」
「そのくらいで丁度いいと思いますよ」
「うん。アレックスね、生まれてくる子供が孤独になることで胸を痛めてたけれど、僕が寂しくないように二人産むって言ったら喜んでくれたんだ」
「そうでしたか」
「うん。───自然に任せるしかないけれどね、少しだけ楽しみではあるんだ」

そういうと、セバスとセオは優しい笑顔を向けてくれた。
ふたりともそっくりな笑顔だった。



「悪いな」
「ううん、全然。遊びじゃないんだし、今度また別邸に遊びに行くときに一緒に連れてってくれる?」
「ああ、勿論」

何が悪いかっていうと、旭さんに会わせられないことだ。
朝の見送りからすまなそうな顔でアレックスが謝ってくる。

神器さまの本を手にした次の日。
今日は、アレックスはオリバーさんと旭さんと一緒に、キャンベル商会で商品の手続きをするんだそうだ。
旭さんはすでに色々と仕事をこなして、短期間でいくつか交渉に関わって、仕事にも慣れてきてるみたいだ。
元MRって言っていたし、あの旭さんだもん、優秀だったに違いない。

会いたいか会いたくないかで言ったら、勿論会いたい。
けれど、僕にも僕の役目がある。

「今日は、新しい人たちの制服の採寸があるんだったか」
「うん。しっかりやります」
「頼もしいな」

しっかりやるって言うと、アレックスは嬉しそうに笑顔で答えてくれた。

「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」

僕からの口付けで、僕が見送る。
恒例になってるけど、前に比べて、アレックスは毎日とても機嫌がいいみたい。
やる気は気分に左右されるもんね。
小さいことでも、アレックスのやる気に繋がるなら嬉しい。

今日の新しい人たちの制服は、3人分だ。
ヴァンには、制服は必要じゃないし、かえって邪魔になる。
なので、同等の金額を支給するようにお願いしたよ。
必要な仕事着があればをそれで買ってもらおうと思う。


あれから、セバスとレナードに少しだけヴァンに気をつけて貰うようにお願いした。
諜報ギルドに入って、一人で自由に動いていたヴァンは、一件いくらの出来高制だった。
けど、うちではそうじゃない、月給制だ。
今まで、仕事で掛かる費用や武器のメンテナンス、ポーションの購入なんかも自費だったはずだ。
今度からそれらはうちで出させるように、ちゃんと報告して貰えるよう伝えた。じゃないと、ヴァンは自分から言い出さない気がしたからだ。

仕事で掛かる費用については、セバスが先に丁度いい金額を渡していたからともかく、武器のメンテナンスや買い替え、ポーションの支給には驚かれたようだ。

単独の仕事だけど、一人じゃないんだって、エリソン侯爵邸の使用人なんだってことをちゃんと、わかってくれると良いなって思ってる。

「レン様、ティッセルボナーの方々が到着されましたよ」
「ありがとう、セオ」

朝ごはんからアレックスを見送るまではセバスが、見送ったあとは、朝食が済んだセオと交代だ。
セオの案内で、応接室へを足を進める。

ティッセルボナーというのは、領都で有名な大型洋服店。
エリソン侯爵邸の御用達のお店で、幅広く商品を取り扱ってるんだって。

今日の僕の仕事は、このティッセルボナーの人たちへの挨拶だ。
新しい使用人の仕事着を作るための採寸だけど、このエリソン侯爵夫人である僕が到着後と帰りの際に、直接挨拶をするのが好ましいのだそう。
それでも、例え有名店であっても、直接僕が玄関ホールで出迎えと見送りをすることじゃないんだって。

いつものレン様で大丈夫ですと、セバスもセオも言うから、特に緊張はない。
けれど、侯爵夫人としての挨拶だ。
ちょっぴり気合いが入っちゃうのは、仕方ないよね。
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