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本編

-321- ブルーノの腕前

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「あ……俺、こいつとはやりたくないです」

ヴァンが、ブルーノを見て微妙な苦笑いを浮かべる。
何がやりたくないかって、体術だ。
ブルーノは剣も出来るけれど、辺境では主に弓使いで、弓と体術が得意だという。
弓は的当てをしてもらうことにして、体術を見るためにヴァンが呼ばれた。
丁度外から帰ってきた所だったみたい。

紅茶はいいのかな?って思ったけれど、セバスが『それよりも体術のみに絞りましょう』と提案してきた。
だから、場所はヴィオラの時と同じ芝生の上だ。

『ヴァン、彼の体術がどの程度か知りたいから、二次試験の相手をお願いね』と言うと、返事がこれだ。
圧をかけてしまってから、次から一回で聞いてくれるとのセオの予想は大ハズレだ。

「やりたくなくてもやるのはお前だ」

ピキッとこめかみに力が入ったレナードが冷たく言い放つ。
レナードでもいいんだけれどヴィオラの剣の相手をしてもらったし、なにより体術自体はヴァンの方が上だからだ。
セオは僕の護衛だからもっての外、そこはわかるので試験としての相手はさせられない。

「えー……」
「やりたくない理由は?」
「多分、隠密スキルが効かないから?」

僕が問うと、ヴァンは僕と同じ側に首をかしげて答える。
ごくごく稀に隠密スキルが効かない相手がいるって言っていたけれど、ブルーノがそれにあたりそうなのか。

「ならば、より相手をしてもらう方が良いでしょう」

セバスが僕に伝えてくる。
僕もそう思う。

「でも、ヴァンはそのスキルが効かなくても体術は得意でしょう?
レナードより体術は得意なはずだって聞いたよ?」
「やあ……俺は魔道具と飛び道具ありきなんで」

ブルーノが素手だからヴァンも素手。
体術のみの相手をしてもらうつもりだ。
僕は、セオを見上げる。
セオが僕を見て、その後にヴァンを見やる。

「いいわけしてないで、さっさとやれよ。応援してやんないぞ」
「っ!?……はい、やります」

うん、最初からこうすればよかったな、なんて思う。
圧をかけることも出来ると思うけど、それはもうしたくなかった。
そうやって言う事を聞いてもらったとしても、信頼関係は生まれないからだ。

『はじめ』というセバスの掛け声と同時、対戦が始まった。


「……セオ、セオには全部見えてる?」
「見えてますよ。ですが、かなり早いですね。ヴァンが苦戦してるのも珍しいですよ、あれは本気出してます」
「セオってヴァンの隠密効かないの?」
「はい」
「そっか。ブルーノにも効いてないよね?」
「効いてないですね」

セオに全部見えてるか?って聞いたのは、僕には全部見えてないからだ。
何が見えていないかっていうと、ヴァンの姿が見えていない。
どの程度見えないかっていうと、殆どが目に見えない。
ブルーノが受け止める瞬間だけ、残像がかろうじて目に見える感じだ。

「あ、今まともに入りました」
「───そこまで」

セオの声を聴いたセバスがそこまで、と言うと、お腹を押さえて芝生に座り込んだヴァンの姿が現す。
スキルを解いたんだろう、僕にもその姿が目に入る。
何が入ったかって、空を思いきり蹴ったブルーノが目に入ったから、その足蹴りがヴァンに決まったんだろうなあ。

「ありがとうございました!あ、すみませんっ!大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよーまともに食らったよー……だからやりたくなかったのにぃ」

綺麗な顔をぶえっと歪ませてぶうたれてるヴァンだけれど、全然息が上がっていない。
まだまだ余裕に見えそう。
だからか、レナードの表情がまた厳しくなる。

対するブルーノは息を弾ませてる。
これはこれで収穫が大きい。

「二人ともお疲れ様!ブルーノ、ヴァンの動きが分かるなんて凄いね、それもヒットが入るなんて!」
「ありがとうございます!」

「……多分あばらの一、二本折れてますね」
「え!?ヴァン、ありがとう!セバス、ヴァンにポーション渡して」
「畏まりました」

僕も負けてられないな、なんて思ったところでセオの呟きが耳に届き、思わず驚きの声をあげる。
あばらが折れてる?
だったらちゃんと自身で申告して欲しい。

ブルーノの体術が凄いのはわかった。
それも、身体が出来上がっていないうちから凄いなんて。
僕が見ても、しなやかで無駄のない動きだった。

「セオ、あなたより上か下かで言ったらどうです?」
「おそらく、今、純粋に体術だけ相手にしてもまだ俺が少し上。
でも、伸びしろ考えたら越されるんじゃないかなー、成人前でアレは、末恐ろしいね」
「わかりました」

末恐ろしいと言いながら、セオはセバスの問いに楽しそうに答えた。


「あーかっこ悪」
「カッコ悪くないでしょう?」

どことなくしょぼんとした顔でポーションを口にするヴァンに、思わず声をかける。

「え?」
「カッコ悪くないよ、制限かけた中でも全力出したんでしょ?もしヴァンが、手を抜いて怪我をしたなら、それはカッコ悪いことだけど、そうじゃないなら全然カッコ悪いことなんてないよ」
「そう、ですかね?」

「うん、見直した。頑張ったな」
「っ!はい」

『そう、ですかね?』と聞きながらも、ヴァンはセオをちらりと見やる。
返事はセオから欲しいようだ。
まあ、そうだよね。

セオはちゃんとヴァンを褒めたから、ヴァンも瞬時に浮上する。
でも、僕はヴァンに1つ言いたい事がある。
怪我のことだ。

「ヴァン、怪我をしたなら隠さないでちゃんと言って」
「あー……はい、気をつけます」

へらっと笑うヴァンは全然分かってない。
それに、気をつけることは返事じゃない。

「そうじゃなくて。
ちゃんと自分から申告して。セオやセバスなら気がつけるけど、僕やレナードは隠されたら気づけないよ?
今日だけじゃなくて、これからずっとだよ。ヴァンにお願いする仕事は危険な時もあるでしょ?でも、もし怪我をしてしまったら、それがかっこ悪いと思わないで、ちゃんと申告して。
諜報ギルドにいた時はもしかしたら、仕事の成功が優先だったのかもしれないけど、ここでは自分の安全を優先にして」
「……」

ヴァンは、びっくり顔で僕を見る。
そんなに変なことは言ってないでしょ?
むしろ、当然のことを言ってるだけだ。

「セオを傍で支えたいのでしょう?ヴァンがセオをすごく大切にしてるのはわかるよ?でもね、自分を大切に出来ない人は、本当の意味で相手を大切に出来ないんだよ。わかる?」
「えーと……」

うん、あんまり分かってないみたいだ。
これは宿題だなあ。
セオも傍にいるんだし、自分で答えを出すのも必要な気がする。

「宿題ね?わかったら教えて」
「はい」

珍しく真面目な顔で返事をしたヴァンは、直ぐに次の仕事に出ていく。

お腹は治ったみたいだ。
ヴァンじゃなくて、セバスに確認を取った僕は、間違えてないよね。



パーンっと弓が的を射る音が響く。
僕にしてみれば、あれだけ離れてる的にあたること自体が凄いことだ。
しかも、五本あった内、四本の矢はピッタリ真ん中の赤い丸印の中を射抜いている。
後の一本は?っていうと、なんと矢に刺さっていた。

「ブルーノ、これはやりたくてもなかなか出来る事じゃないよ!凄いよ!」
「今日は風もほとんど無いし、的が固定されてる状態ですから、そこまで難しいことじゃないと思います」
「……そうなの?」
「いいえ、けして簡単なことではありません。素晴らしい腕と目をしてます」

セバスが唸るように告げてくる。
うん、やっぱり簡単なことじゃなかった。
セオも『初めて見た!』って驚きの声をあげたくらいだ。

これは、文句なしの合格だね!
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