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本編
-318- ヴィオラ=ヴォルテラ
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「あたしは、幼少のころから父に剣を習ってきました。
十三になるころには、警備隊員の誰にも負けない……いえ、父に勝てたことは一度とてないのですが、
それでも、剣士のスキルを授かりその腕をずっと磨いてきました。
騎士になるのが夢だったのです。
ですが、十五になると急に父からその剣を捨てろと言われました。
女は剣を振るえない、と、十五になるまで知らなかったのです。
誰も教えてくれなかったし、周りも喜んで対戦してくれていたから。
『育て方を間違えた』十五になってそんなふうに言われて失望されて、母がいなかったのがいけなかったと言われ。
今までのあたしを全部否定されたように思いました。
誰よりも遅い淑女教育が始まり、二十歳になると勝手に貴族男性の婚約者まで宛がわれて。
外面だけ良い、あたしも辺境の地も、全てを馬鹿にしている男でした。
父は見る目がありません。
捨てられた剣を拾い戻し、辺境のおじさまだけは味方でいてくれたので剣を預け、こっそり鍛錬に励んできました。
ですが、元婚約者があたしの友人との間に子供が出来、さらに鍛錬が露見されて大目玉です。
元々3年もの長い間結婚に至らなかったのですから、悟るべきでしょう。
婚約者に捨てられ、父に勘当され、あたしは帯剣して一人旅にでも出ようかと思っていたところ、辺境のおじさまが紹介状をくださいました」
元婚約者というから、紹介状を貰った経緯やそれに至るまでを教えて欲しいと伝えると、ヴィオラは身の内を隠さずに話してくれた。
辺境のおじさまというのは、辺境伯のことで、魔物が多い辺境の地では、辺境伯と警備隊は密接な関係にあり、とても可愛がられたようだ。
「剣は?エリソン侯爵領に入るときに没収されなかった?」
「紹介状があったので、帯剣は出来ませんでしたが、一緒に馬車に乗れました」
「そっか、よかった」
「今は、こちらで預かっています」
面談では武器は下ろすようになっているから、剣はうちで預かってるみたい。
セバスがそっと教えてくれた。
「あたしは、大切なものを守るための剣を教わりました。
剣を捨てたら、あたしはあたしで無くなります。
婚約者に捨てられても、友人に裏切られても、父に勘当されても、痛みはさほどありません。
ただ、剣は、あたしの全てです。
たとえ騎士になれずとも、あたしがあたしでいるために、守るための剣でお役に立ちたいのです。
おじさまから、ここならあたしを必要としてくれるかもしれない、と言われて来ました。
どうか、よろしくお願いします」
『あたしがあたしでいるために』か。
誰かのために剣を振るうのではなくて、自分のためと言い切るのは凄いことかもしれない。
自分のために、大切なものを守る。
もしかしたら、使用人としては『主のために』の精神が望ましいのかもしれないけれど、僕は彼女の言い分は嫌いじゃない。
潔いとさえ思う。
それに。
辺境伯では、警備隊の規定は、心身共に健康な男子とあるらしいけど、エリソン侯爵領の警備隊の規則には、心身共に健康な者、なんだよね。
女性は、いない。
でも、規則にないなら、規則を変えずに採用しようと思えば出来るってことだ。
寧ろ、女性の方が良い場合もあると思う。
それには憧れの、模範となる人物が必要だ。
僕はジュードの他にもう一人アレックスにつけられたらと思ってるんだけど、アレックスはアレックスで、セオの他にもう一人護衛がいて欲しいと思ってるみたいだし。
彼女が実際どれほどの腕を持ってるかによるけど、本当に剣の使い手なら欲しい。
「ありがとう。僕からもうひとつだけ。ここに来るまで、ヴィオラがエリソン侯爵領を見てどう思ったか教えて?」
「はい。ここは、エリソン侯爵領は、とてもあたたかいと思いました。気候そのものだけでなく、人々も。みな笑顔で活気に溢れていて。辺境も気力溢れてますが、それよりずっと穏やかで、時間の流れがゆっくりです。ご飯も美味しいし、花も綺麗で可愛い。あと、可愛い雑貨や服屋も沢山あって。
それに、検問は厳重で守りがかたいのに、重々しくないところも良いです。土地も人々も豊かなところだって思いました」
「ありがとう」
ご飯も美味しい、のくだりで、ヴィオラがちょっとだけ微笑んだ。
とたん、凄く優しい印象になったんだ。
洋服にこだわりが見えるから、可愛いものが好きなんだろうなあ。
なんとなく、つい気にかけちゃうような子だ。
子って言っても、僕より年上なんだけども。
なんていうか、信念に揺らぎを感じず、真っ直ぐ正直なんだと思う。
「僕からは以上です。セバスは何かある?」
「いいえ、特には」
「アニーは?」
「では、私から。外出時は制服を着ることになることもあります。それに抵抗は?」
「ありません。この服は、私の唯一の戦闘服です。制服が、剣を振るうのに邪魔で無ければ問題ないです」
「分かりました。レン様、私からも以上です」
ならば、もちろん一次試験は合格だ。
「これで一次試験は終わりです。次の人の面談が終わって合否を出すまで少し時間を貰うけど、食堂で美味しいお菓子を用意してるから、ゆっくり休んでいてね」
「ありがとうございます」
お菓子と聞いて、ちょっと嬉しそうだ。
良かった。
「じゃあ、レナードよろしくね」
「畏まりました。…行くぞ」
「はい」
いつものレナードの様子に、ヴィオラの顔は歪まなかった。
部屋を出る時、ヴィオラはこちらを振り返った。
ぺこりと頭を下げてから踵を返すその姿が、やけに印象に残ったよ。
十三になるころには、警備隊員の誰にも負けない……いえ、父に勝てたことは一度とてないのですが、
それでも、剣士のスキルを授かりその腕をずっと磨いてきました。
騎士になるのが夢だったのです。
ですが、十五になると急に父からその剣を捨てろと言われました。
女は剣を振るえない、と、十五になるまで知らなかったのです。
誰も教えてくれなかったし、周りも喜んで対戦してくれていたから。
『育て方を間違えた』十五になってそんなふうに言われて失望されて、母がいなかったのがいけなかったと言われ。
今までのあたしを全部否定されたように思いました。
誰よりも遅い淑女教育が始まり、二十歳になると勝手に貴族男性の婚約者まで宛がわれて。
外面だけ良い、あたしも辺境の地も、全てを馬鹿にしている男でした。
父は見る目がありません。
捨てられた剣を拾い戻し、辺境のおじさまだけは味方でいてくれたので剣を預け、こっそり鍛錬に励んできました。
ですが、元婚約者があたしの友人との間に子供が出来、さらに鍛錬が露見されて大目玉です。
元々3年もの長い間結婚に至らなかったのですから、悟るべきでしょう。
婚約者に捨てられ、父に勘当され、あたしは帯剣して一人旅にでも出ようかと思っていたところ、辺境のおじさまが紹介状をくださいました」
元婚約者というから、紹介状を貰った経緯やそれに至るまでを教えて欲しいと伝えると、ヴィオラは身の内を隠さずに話してくれた。
辺境のおじさまというのは、辺境伯のことで、魔物が多い辺境の地では、辺境伯と警備隊は密接な関係にあり、とても可愛がられたようだ。
「剣は?エリソン侯爵領に入るときに没収されなかった?」
「紹介状があったので、帯剣は出来ませんでしたが、一緒に馬車に乗れました」
「そっか、よかった」
「今は、こちらで預かっています」
面談では武器は下ろすようになっているから、剣はうちで預かってるみたい。
セバスがそっと教えてくれた。
「あたしは、大切なものを守るための剣を教わりました。
剣を捨てたら、あたしはあたしで無くなります。
婚約者に捨てられても、友人に裏切られても、父に勘当されても、痛みはさほどありません。
ただ、剣は、あたしの全てです。
たとえ騎士になれずとも、あたしがあたしでいるために、守るための剣でお役に立ちたいのです。
おじさまから、ここならあたしを必要としてくれるかもしれない、と言われて来ました。
どうか、よろしくお願いします」
『あたしがあたしでいるために』か。
誰かのために剣を振るうのではなくて、自分のためと言い切るのは凄いことかもしれない。
自分のために、大切なものを守る。
もしかしたら、使用人としては『主のために』の精神が望ましいのかもしれないけれど、僕は彼女の言い分は嫌いじゃない。
潔いとさえ思う。
それに。
辺境伯では、警備隊の規定は、心身共に健康な男子とあるらしいけど、エリソン侯爵領の警備隊の規則には、心身共に健康な者、なんだよね。
女性は、いない。
でも、規則にないなら、規則を変えずに採用しようと思えば出来るってことだ。
寧ろ、女性の方が良い場合もあると思う。
それには憧れの、模範となる人物が必要だ。
僕はジュードの他にもう一人アレックスにつけられたらと思ってるんだけど、アレックスはアレックスで、セオの他にもう一人護衛がいて欲しいと思ってるみたいだし。
彼女が実際どれほどの腕を持ってるかによるけど、本当に剣の使い手なら欲しい。
「ありがとう。僕からもうひとつだけ。ここに来るまで、ヴィオラがエリソン侯爵領を見てどう思ったか教えて?」
「はい。ここは、エリソン侯爵領は、とてもあたたかいと思いました。気候そのものだけでなく、人々も。みな笑顔で活気に溢れていて。辺境も気力溢れてますが、それよりずっと穏やかで、時間の流れがゆっくりです。ご飯も美味しいし、花も綺麗で可愛い。あと、可愛い雑貨や服屋も沢山あって。
それに、検問は厳重で守りがかたいのに、重々しくないところも良いです。土地も人々も豊かなところだって思いました」
「ありがとう」
ご飯も美味しい、のくだりで、ヴィオラがちょっとだけ微笑んだ。
とたん、凄く優しい印象になったんだ。
洋服にこだわりが見えるから、可愛いものが好きなんだろうなあ。
なんとなく、つい気にかけちゃうような子だ。
子って言っても、僕より年上なんだけども。
なんていうか、信念に揺らぎを感じず、真っ直ぐ正直なんだと思う。
「僕からは以上です。セバスは何かある?」
「いいえ、特には」
「アニーは?」
「では、私から。外出時は制服を着ることになることもあります。それに抵抗は?」
「ありません。この服は、私の唯一の戦闘服です。制服が、剣を振るうのに邪魔で無ければ問題ないです」
「分かりました。レン様、私からも以上です」
ならば、もちろん一次試験は合格だ。
「これで一次試験は終わりです。次の人の面談が終わって合否を出すまで少し時間を貰うけど、食堂で美味しいお菓子を用意してるから、ゆっくり休んでいてね」
「ありがとうございます」
お菓子と聞いて、ちょっと嬉しそうだ。
良かった。
「じゃあ、レナードよろしくね」
「畏まりました。…行くぞ」
「はい」
いつものレナードの様子に、ヴィオラの顔は歪まなかった。
部屋を出る時、ヴィオラはこちらを振り返った。
ぺこりと頭を下げてから踵を返すその姿が、やけに印象に残ったよ。
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