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本編

-293- レンの異変* アレックス視点

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「アレックス!良かった、今すぐ戻りなっ!」
「は?」
「レン君がーーー」

面倒事を片付けて、これでやっと本来の仕事にとりかかれる、と思った矢先の出来事だった。
ユージーンの慌てぶりに、レンがどうしたかを聞く前に転移で飛ぶ。
ユージーンが『急ぎエリソン侯爵邸にいるレンのところへ戻れ』ということだけはわかったからだ。


「ふえぇ……っアレックス……ごめんね、ごめんなさい」

部屋に戻れば、ボロボロに泣き崩れたレンが俺を求めて駆け寄ってきた。
状況が全く分からないが、その身体をしっかりと抱きとめる。
なにがどうしてどうなったのかさっぱりわからない。

三日前からレンは使用人の面談を任せていたが、俺に面倒事が振られてきたのを知ったのか?
だが、それだけでこんなになるとも思えない。
セオとセバスがいながらレンの身になにか良くないことでも起きはしないだろう。
それなら、すぐに連絡が来るはずだ……や、だから連絡が来たのか?

「……セオ、なにがあった」

自分が思った以上に固い声が口から発せられた。
だが、傍にいたセオもまた、俺に冷たい視線を返してくる。

「本来、レン様の内にあるべきアレックス様の魔力切れです。後、よろしくお願いします」
「俺の魔力切れ?」
「レン様の肩書が変わっても、そのお体が神器な事は変わらないんですよ。
他の神器様と同じように、産道も開けば妊娠もするし、お相手の魔力を欲しがるように出来てます。
これ以上は酷なので……何かあればお呼びください。ーーー失礼します」
「わかった」

これ以上は酷だ、というのは、俺がじゃなくレンがだろう。
泣きじゃくるレンに視線を移したセオは、自責の念にも駆られているようなそんな表情だった。


「ん……っん………」

扉が閉まると同時、涙で濡れて震えるレンの唇を深く奪う。
舌を探り当て、いいように絡ませてやると、レンは可愛く鼻息を漏らしながらも、少しずつ大人しくなっていった。
俺の魔力を欲しがるように出来ている、か……。
まさか、ここまで、ましてこんな症状が出るとは思わなかった。

『神器様は俺を欲しがって泣いて縋ってくる』だとか、『精液を求めてまるで赤子のように吸い付く』だとか反吐がでるような感想を聞いたことはあったが……。
だが、それならそれでなぜ『魔力が切れたら症状を起こすことがある』ということを教えないんだ?
そう思ったが、セオのさっきの言い方からすると、神器の産道が開き妊娠するのと同じくらいには常識的に知られた話だったのかもしれない。

それに、だ。
考えて見れば、4日間もの間、互いに魔力を重ね合う行為を一度もしていないのは普通に問題があったのかもしれない。
触れるだけの口づけはし合っていたが、それだけだった。
本来、伴侶や恋人がいれば、互いへの魔力譲渡はごく自然に行われるものだ。
手っ取り早く魔力回復が見込める上に、愛情だけでなく、心にもいい影響を与えてくれるからだ。
神器でなくとも、長い期間相手の魔力を受け取らないと不安定になる者がいる、と聞いたことがある。
ただ単に、セックスレスの問題かと思っていたがそういった話じゃなかったのか。


深く味わっていた口づけを惜しみながらも終えて、レンの顔を覗き込む。
途中から大人しくなったレンは、俺の口づけに懸命に応えていた。
俺がレンを苦しませるようなことをしたわけだが、レンからは非難は一切見えなかった。

視線が合うと、レンは、恥じらうように一度その視線を下げ、それから合わせてくる。
長く美しい睫毛が上下に綺麗に動く。

「大丈夫か?」

言ってから後悔した。
大丈夫かって、なんて言い草だ。
俺がやらかしておいて、それはないだろ。

「すまなかった」
「ん、ごめんねアレックス」

慌てて謝れば、レンの謝罪の言葉と重なった。
レンが謝る必要なんて全くないのに、だ。
寧ろ、俺が怒られていい状況だ。

「レンが謝ることなんて一つもない。
寂しい思いをさせたし、不安にさせた」
「ううん、心配かけちゃったから……すぐに来てくれてありがとう、アレックス。
仕事抜けて、大丈夫だった?」
「大丈夫だ」

大丈夫だ、そう口にすれば、レンはふんわりとようやく笑顔を見せてくれた。
どんな表情をしていたってかわいいが、涙に濡れながらも綺麗に笑うっつーのはどうしようもないくらい可愛い。
その笑顔が、少し恥じらうような笑みと変わり、頬に赤みがさす。
ああ、これは、誘われてるな……勘違いなんかじゃなく。

「今日は、遅くなる?待っててもいい?」

このまま帰ったことにしたいーーーというのが正直な気持ちだが、一度戻ったほうが良いのは事実だ。
最初に仕事を抜けた理由である厄介事も、今のレンの状況も、ユージーンはさぞ心配しているだろう。
あの性格だ、きっと今はやきもきしながら仕事が手についていないだろう。


「すぐに終わらせて戻ってくるから、待っててくれると嬉しい」
「うん……じゃあ、待ってるね?」

嬉しそうに頷かれて、上目遣いに待ってるね?と言われたら、色々と堪えるもんが溢れてくるがぐっと抑える。
一瞬で行き来して終えたい。
や、一瞬は無理がある。
10分……15分だ。
それまでひとりで起きてられるだろうかは少し心配だ。

心が安定したから大丈夫だとは思うし、寝ちまったら寝ちまったで俺の欲はどうにでもなるからそこは気にしていない。
だが、そうなったら、またレンは謝ってくるんじゃないだろうか。
……しょうがない、セオを呼ぶか。


「ーーーセオ」

さほど声をはらずも、聞き取りやすいように声を放つと、ほんの数秒で扉のノックが聞こえ、入れ、と俺が返事をする前に扉が開く。
呼びつけたのは俺だ。
その段取りが俺的にいるかと言えば、どちらでも良かった。

「一度仕事に戻る。出来るだけ早く帰るが、それまで頼めるか?」
「わかりました。お任せください」

セオは、レンの状態を目に入れるとほっとしたように柔らかな表情を見せる。

「お前がレンのそばにいて助かった」
「どういたしまして」

礼を言うと、セオはきょとんとした表情を浮かべてから、すぐに満足そうな笑みに変えてくる。

にしても。
“どういたしまして”か。
そんなふうに言ってくるのは、使用人の中じゃセオだけだな。
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