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本編

-271- エイミー店

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「ううん、自領の侯爵夫人にひとりで売り込むんだし、気負わせてしまったなら申し訳ないなって思ってるよ。
でも、どうかマリアンさんらしく肩の力を抜いて、ね?」
「重ね重ね、ありがとうございます」


それからのマリアンさんは、気持ちの切り替えが出来たのか、僕のメイクをしながら色々な話を振ってきた。
唐突じゃないし、話の切り出し方もすごく上手だ。
それに、なんでも話していいのよ?なんて押しつけがましいことは言っていないのに、何でも話してもいいような、そんな雰囲気が彼にはある。
本来は、ちゃんとお客様に寄り添った商品を提供できる、とても商売上手な人なんだろうな。
ただ、自領の侯爵夫人が相手だっていうことが、マリアンさんの選択を狂わせてしまったのかもしれない。
聞けば、領民として認められて日が浅いと言うから尚更だ。
認められたからこそ、旦那さんと望んでいた養子も縁組出来たらしい。養子は、孤児院にいるギーだ。

「ギーはとても物知りで僕も色々教わったよ。アレックスの魔法士の話を楽しそうに聞いてた」
「良い子でしょう?私の夫も元宮廷魔法士なの。今は個人でキャンベル商会と契約してるのよ。だから、彼に色々と教えてあげられることがあるみたいでとても喜んでるわ」

嬉しそうに話すマリアンさんは、旦那さんの事がとても大好きなんだなって伝わってきたよ。

それから、祝賀会の衣装の話になった。どこで購入したのか、どんな色や素材を選んだのか、なぜそこにしたのか。
するすると言葉が出てくるし、マリアンさんは、さっきと同じように自分の話も適度に盛り込んでくれる。

「うん、レースと刺繍がすごく可愛いお店だったし、店長のジェシカさんもとても良くしてくれたんだ」
「クロッシェ店は刺繍とレースが一級品ですから、ご衣装の出来上がりが今から楽しみですわね!私もハンカチはいつもあそこで購入していますわ。とても美しく丁寧に作られていますもの」

「ハンカチかあ。今度お店に行けるときは、僕もハンカチを購入したいな。セオ、次いつ行けるかな?」
「仮縫いが済んだ段階で一度お声がかかるはずですよ?呼び寄せるか伺うかはご相談になると思いまーーーって、ストップストップ、店長っ!」
「あら、セオ様、何かしら?ーーー出来ましたわ、とっても可愛いらしい中に妖艶な美を引き出せたと思います。我ながら渾身の出来です!どうぞご確認ください」

セオはずっと後ろに控えてくれていたから、僕のメイクがどう出来上がってるのかきちんと見えていなかったみたいだ。
僕の出来よりも、マリアンさんの手元やメイクの種類に気を遣っていたから当然かもしれない。
使用する化粧品のひとつひとつ、きちんと説明しながらセオに手渡していたし、セオも気になる箇所を聞き出していた。
本来は僕が聞くべきところなのかもしれないけれど、僕よりセオの方が着眼点が鋭いんだもん。選別はセオにお任せしよう。
従者を話に入らせることを嫌う貴族もいるかもしれないけれど、こういう時にきちんと間に入ってきてくれるセオが頼もしい。

元の世界と違って、商品のひとつひとつには何が使われているかは書かれていない。
それに、何を使っているかや配合は、秘密にされるものらしかった。
セオは、元の世界で言うところの添加物に、特に気を遣ってくれてるようだった。
不自然な混ざり物がないか、っていう感じで、マリアンさんも僕に選んだ化粧品の数々は、自然本来の発色で作られたものだった。
魔法でどうこうしたりとか、金属や宝石の粉を入れてどうこうしたりとかはしていないみたい。
詳しくはよくわからなかったけれど、発色を良くするために、金属や宝石の粉を混ぜて魔法付与によってより発色や輝きを上げてる商品もあるんだって。
通常の草や花や果物からとれる色素だと魔法の付与は効きづらいし色は劣化する。
そこに、金属や宝石の粉を混ぜることによって、魔法の付与をしやすく、色彩豊かに出来るみたいだ。輝きや発色は素晴らしいから、寧ろそっちの方が貴族のご夫人のは人気があるんだとか。デメリットとしては、やっぱり肌に負担がかかりやすいんだって。


さて。僕のメイクが仕上がったけれど、セオが慌ててストップをかけた出来だ。
どんなかな?とマリアンさんが差し出してくれた鏡を覗き込む。

「うわ……若い時の母さんみたいだ」

メイクを施された顔を覗き込むと、もう、本当に美少女だ。
可憐な中にどこか妖艶さが確かにある。
少女が女性になる手前みたいな、羽化したばかりの蝶のような、危うさというか、どこか未熟さがある気がする。

「めちゃくちゃ可愛くしてどうすんの。祝賀会なんて闘いだよ、闘い!メイクは武装でしょ、逆逆っ、レン様の可愛いところを打ち消してよ!」
「何言ってるの、もったいない!これが一番レン様の魅力を引き出したメイクですっ!
アレックス様の瞳の色に寄り添うような淡いグリーンの目元、うっすらと色づく頬、そして潤いを与え血色の良いピンクの唇。完璧よ!そもそもそこまで弄ってないわ」
「わかるよ?わかるけど、これは領内だけにしてよー。……アニーさーん!」

セオは見方を増やしたいのか、アニーに声をかけ、助けを求める。
アニーは僕を見てずっと驚いてたような顔をしていたけれど、セオに呼ばれてはっと意識を取り戻したみたいに思えた。

「素晴らしい出来ですが、この私ですら惚けてしまうほどです。
このまま祝賀会にお出ししたら、現実に目を閉ざされた夢見がちな貴族男性を大勢引き寄せてしまいますわ、それでは困ります」

アニーの言葉が結構辛らつだ。
帝都の貴族男性っていうのは、そんなにおバカな人が多いのかな?
そう思ったけれど、初日のあの第一王子様……ああ、帝国だから王子とは言わないよね、皇太子。
時期皇帝陛下となりうるのがあのお馬鹿さじゃあ、それも頷ける話だ。

「セオ、あなたがやってみたら?元からセンスは良いのだし、実際にメイクを任せるのはあなたですから」
「そうよー、そこまで言うなら、セオ様がお手本にやってみせてほしいわー」

マリアンさんが面白そうに笑ってセオをけしかける。
セオは、じとっとした目をマリアンさんに向けた。

でも、アニーの言うように、試しにセオにメイクをして貰うのは良いかもしれない。

「セオ、お願い出来る?」
「分かりました、やってみましょ」

僕がセオを見上げて尋ねると、セオはちょっと肩をすくめてから、了承してくれたよ。
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