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本編

-258- 時間の作り方 アレックス視点

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「おかえりなさいませ」
「ああ、今戻った」

談話室へと戻ると、セバスがすでに居合わせていた。
予め、こちらに戻ると告げており、レンの出迎えは少し間を置いてからロビーで……と思っていたからだ。
面倒でも先に報告を聞いておきたい。
レンとの食事を楽しんだ後に報告を聞くより、先に聞いた方がマシだ。

「陳情書にあった4店舗の前店主4人からそれぞれ謝罪のお手紙が服飾ギルドを通して届きました」
「随分早いな」

数日で届くだろうと思っていたが、昨日の今日だ。
笑いが漏れてしまうのも仕方ない。

「4人ともまだ任せるのは早かった、と、全員復帰されるそうです」
「元気なことでよかった。新しい販路が開けても不安があったが、懸念せずすみそうだな」
「ええ。あとは任せてよろしいかと思われます。……アレックス様」
「なんだ」

改まったように名前を呼ばれるこの状況、なにか小言が飛んでくるに違いない。
セバスにとっては俺など孫のような歳で、領主と言えどもひよっこ……とまでは言いたくないが、まだまだ成長過程の途中にある。
長年爺さまに仕えてきたセバスにはまだ頑張ってもらわねばならない。

「アレックス様の領民に寄り添うそのお心は、非常に素晴らしいものとは思います。
ですが、あまりご無理なさらず。
全ての領民の戯言に耳を傾けられていたら、アレックス様の身が持ちません。
頼れるところへは、他者へ頼ることもどうぞお考え下さい。
アレックス様の身は、おひとつです。
代わりなどいらっしゃいません」
「……」

相変わらず、痛いところをついてくる。
だが、代わりがいないという点が、そうさせるのもわかっている。

「代わりがいないから、こうして忙しくしてるんだろ?」
「そうではありません。
代わりがいない、というのは、私共この家の使用人にとっても、領民にとっても、なによりレン様にとって、
アレックス様ご自身に変わる者はいない、そうお伝えしております。
仕事そのものは、何とかなるものです。
確かに、アレックス様がいなくなれば、それはそれは非常に痛手にはなるでしょう。
ですが、なんとか回るはずでございます。
ウィリアム様がお亡くなりになっても、エリソン侯爵領はなくなってませんでしょう?
自身の仕事時間を増やし早く片付けることも一つの手段ではございますが、先に他者へ振ることをお考え下さい」

セバスの言いたいことが分かった。
確かに、俺は自身で何とかなるものは時間を作って解決することが多い。
それについて今まで助言してきた者は……いたな。
いたというか、要所要所であった。
こうして直接的な言葉にはせずとも、“私に任せて少しお休みください”と言ってきたのはレオンだし、“アレックス様はもっと俺を遠慮せず使っていいんですよ?爺さまのように”と笑いながら告げてきたのはセオだ。
ジュードには今回の件で、繋げておくから戻ったらどうかと聞いてきたし、セバスからの指示で前店主へ話を通してくれた。
前店主へと話を通すのは、本来、俺からの指示で動くのが理想だろう。
だが、セバスが先に指示を出しジュードを動かさなかった場合、俺は何かしら自身でアクションを起こす気がする。

「アレックス様ご自身が忙しいのは重々承知しておりますが、レン様とのお時間を作られたいのであれば、今後は」
「わかった。使用人の増員もある、今後は今まで以上に周りへ頼ることにする」
「はい。アレックス様は長らくお一人でいらっしゃいましたから、中々頼りづらいかもしれませんが、その時はどうぞ遠慮なくこの爺へ」
「いや、頼っていると思っていた。頼りづらいと感じたこともない。
ただ、そういう性分だったし、今までそれで回していたんだ。
……もし、俺が自分でこなそうとしていることで、爺が他者に振ったほうがいいことがあれば、その都度助言をくれるか?
この歳で今更と思うかもしれないが」

情けないと思うのは、今まで正しいと思ってきたことが急に間違いだったと知れたからだ。
間違い……とまでは言えないかもしれないが、もっといい方法があったと気づかされた。

物事が早く解決すればよかった、今までは。
俺が多少忙しくなろうとも、ゆっくり休むことの重要性をとくには感じなかったからだ。
だが、それが今になって崩れた。

レンが俺のもとへ来てくれたからだ。

けして悪いことじゃない、寧ろ、良い方向へ変わっていくきっかけになった。
魔法士としての仕事だけでなく、領主としての仕事も今までとは少し変える必要がありそうだ。

レンとの時間が欲しい。

「畏まりました。アレックス様、人というのはいくつになっても、学び、立ち止まり、成長するものです。
この爺も同じこと。
この歳で、などと恥じることはございません」
「感謝する」
「滅相もございません」
「使用人の面談は明後日からだが、人数は集まっているか?」

溢れても困るし、家の中を新しい人間に歩かれるんだ。
俺にとってはものすごい抵抗感がある。
だが、必要なことであるのはわかっているつもりだ。
信用のおける者たちからの推薦を受ける人間であれば、それだけで少しマシなはず。
はずなんだが、そもそもそれで人が集まるかに不安がよぎる。

「ええ、本日また希望者が増えました。
来週まで募集も増やす予定でしたが、すでに予定人数を大幅に上回っております。一度打ち切ったほうが良いかもしれません」
「わかった、任せる。……どうだ?すぐに動けそうなものはいるか?」
「ええ、動けるには動けるでしょうが……その、問題も少々ございます。レン様次第かと」
「問題?レンだけに任せず、その目で補ってくれ」
「はい、肝に銘じておきーーー」

セバスが言い終わらないうちに、扉を叩かれる。
この叩き方は、セオだな。
レンに何かあったのだろうか?

「……なんだ」
「レン様をお連れしました」

時間になったらロビーに出るつもりでいたし、見計らってレンを連れてくるだろうと思っていたんだが。
まあいい、俺の方から特別告げておくことは特にない。
そっと扉を覗いて遠慮がちに入ってくるレンが可愛い。

「おかえりなさい、アレックス。……話の邪魔だった?」
「いや、大丈夫だ。ただいま」

目に入れるだけで疲れが吹っ飛ぶ。

オリバーの父、ワグナー子爵が、妻に迎えられるだけで日々の疲れがとれます、と告げた時の言葉がふとよぎった。
言われた時は、自分には一生訪れない感情だと思ったが、今ならその気持ちがよくわかる。
ちなみにあの時、そのすぐ隣にいた次男のフレディが、一瞬ぎょっとした顔で俺と子爵を目にした後、瞬時に笑顔に戻し、子爵の足を思いきり踵で踏みつけたまでの流れまでがセットだ。

「アレックスが帰ってきたの聞いて、待ちきれなくて来ちゃった」

ああ、すげー可愛い。
ほんと、俺に向けてくれるのが奇跡みたいなものに感じる。

「ありがとう、夕食を一緒にとろう。今日は一度宮廷に戻るが、早めに帰るから……」

寝ないで待っていてくれ、そう言っていいものか憚られた。
寝ずに待て、というのが、今日はやるぞ、に聞こえやしないか?
や、まあ、それはそうなんだが、がっついていると思われたくない。
そもそも、初日からさほど日は経っていない。
二日空ければ、二回目を誘っていいものなのだろうか?早すぎるか?

「うん。一緒にお風呂に入ろうね」
「ああ」

俺が言い淀んでいるうちに、レンから可愛い返事が返ってくる。
一緒にお風呂……ヤバいな、気を付けないと顔がにやけそうだ。
礼替わりに頬に口づけを落とす。

口付けはけして誤魔化しじゃない、言い訳がましく脳内で呟いた。
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