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本編
-257- ユージーンの母君 アレックス視点
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レンから昼飯を受け取り……正確に言えば、昼飯と魔力を受け取り、午後も万全で仕事に取り掛かることができた。
これは、今日は夕食を共に食べられるかもしれない、そんな期待が確信に変わる頃、ユージーンの訪れるノックが耳に入って、一気に気分が下がる。
タイミングとしては、良すぎる……というか、悪すぎる、俺の心に。
また仕事が増えることを覚悟して、顔を覗かせてきたユージーンを目に入れると、思わず手が止まってしまった。
何も持っていない、手ぶらの状態だったからだ。
しかも、珍しいほどに慌てているようだ。
これは、何か覚悟が必要かもしれない、と身構えつつ声をかける。
「どうした、ユージーン、なにか悪い知らせか?」
「え?……いや、ちょっとびっくりする話を小耳にはさんだんだけれどね?
君からのお願いで、母上がレン君のダンスとマナー講師を受けることになったって本当かい?」
「ああ、本当だ」
今日の昼にセバスから了承の知らせが届いたと聞いたばかりだったが、大方少し時間が出来たから、使役した烏を実家に飛ばしたに違いない。
服飾ギルドの件と、安価な香水の件、両方の情報を伝えに。
その時に知ったのだろう。
ユージーンには、打診していることは伝えていなかった。
「ねえ、それ……大丈夫?」
「なにがだ」
「こう言ってはなんだけれど、君も知っての通り母上はものすごく癖の強い人だよ?
君、直接会ったのはかなり前だと思うけれど、そのころとちっとも変わっちゃいないよ?」
「レンなら大丈夫だろ。むしろ、あの方以上にダンスが上手く、貴族的マナーに明るく、帝国内で顔が広い方が領地にはいない」
「そうかもしれないけれど、なんていうか息子からしたら申し訳なく……今から深々と謝っておいた方が良いくらいにはテンションが爆上がりしていたんだ。
なんだか、久しぶりに楽しいおもちゃを見つけたみたいな……ああ、僕の胃がキリキリと痛んできたよ。
本当に昔からなーんも変わっちゃいないんだ、もう少し落ち着いてくれても良いと思うんだけれどね。
もし、本当にヤバかったら無理せず言ってくれ?僕が止められるとは思えないけれど、少し自重してくれる……かもしれない」
最後には青い顔になるユージーンに、少々不安になってきた。
そんなに言うほど危ない人ではない。
なぜなら、性格も言動もユージーンとかなり似ているからだ。
外見は、神器様によく似ていた。
だが、色素だけじゃなく、間違いなくしっかり遺伝子を引き継いでいるな、と、学生時代に思ったほどだ。
良い意味で、とても世話焼きな方だ。
ともすれば自分の立場が悪くなるかもしれないことでも、きちんと言葉にしてくださる方で、領主となって間もない頃は随分助言を頂いたものだ。ユージーンの良さは夫人からの教育だと感じた。
思っていても、顔にも出さず腹に溜め込む貴族は多い。特に、ご夫人は。
今後、ダンスや基本的マナーだけでなく、そういった方々のあしらい方や、各貴族との付き合い方を上手くこなす秘訣等も面倒を見てくれることだろう。
注目されるであろう新年会以降は、きっと領外からもお茶会の誘いが来る。
さすがに全部を断るのは無理だろう。
ある程度セバスが振り分けてくれるだろうが、夫人がいれば心強い。
それに、最初に話を持ち掛けたのは、本人じゃなく伯爵宛にだ。
レンから直接第二夫人に宛てた手紙を書いてもらうならともかく、俺が直接手紙を送るのは少々体裁が悪い。
伯爵宛に手紙を出し、伺いを立てるのが妥当な流れだ。
伯爵本人からは、話をしてみるからほんの少しだけ時間が欲しい旨と共にありがたい話だと返事をいただいた。
最近時間と体力を持て余しているようで、昼夜問わず相手をしている神器様が少し不憫に思えていたから願ってもいない、と。
相手をする神器様が……というのは、まあ、そういうことだろう。
つまり、それほど暇をしているらしかった。
「師匠に動じないレンなら大丈夫だ。俺はあの人以上に突き出た人を知らない」
「まあ……君のお師匠様に比べたら、母上も可愛いものかもしれないけれど。
それでも、先に謝っておくよ。
母上の暇につき合わせてしまって本当に申し訳ない。
その……十中八九、外に連れ出す気でいるから、君も今から覚悟してくれ」
「は?」
外?
ダンスとマナーの講師を頼んだんだが、外へ連れ出す?
流石に領地内だろうが、それでも想像してなかった方向だ。
「自分を着飾るのはとうに飽きてしまった人だけれど、本来、着飾ってお茶会を開くのが大好きな人なんだ。
理由もなく必要以上に顔を出したり開いたりする人でもないし、散財する人じゃない。
けどね、母上は、趣味が高じて相談にのってるうちに、有り余る程のポケットマネーを手にしてる。そこにレン君という理由が出来ちゃったんだよ。
僕も早くからこうやって出仕して、宮廷の仕事に明け暮れてるわけで、息子を着飾りたくても着飾れなかった。その矛先が全てレン君に向いてるっぽいんだ。
領都の服屋と菓子店のリストが机の上に広がってたし、母上の親友の、バークレイ子爵夫人に宛てた書きかけの手紙が傍にあった」
「……わかった。レンが行きたいようなら行かせる。セバスに伝えておく」
それでも、気に入られるなら、レンにとって悪い話でもないはずだ。……多分。
これは、今日は夕食を共に食べられるかもしれない、そんな期待が確信に変わる頃、ユージーンの訪れるノックが耳に入って、一気に気分が下がる。
タイミングとしては、良すぎる……というか、悪すぎる、俺の心に。
また仕事が増えることを覚悟して、顔を覗かせてきたユージーンを目に入れると、思わず手が止まってしまった。
何も持っていない、手ぶらの状態だったからだ。
しかも、珍しいほどに慌てているようだ。
これは、何か覚悟が必要かもしれない、と身構えつつ声をかける。
「どうした、ユージーン、なにか悪い知らせか?」
「え?……いや、ちょっとびっくりする話を小耳にはさんだんだけれどね?
君からのお願いで、母上がレン君のダンスとマナー講師を受けることになったって本当かい?」
「ああ、本当だ」
今日の昼にセバスから了承の知らせが届いたと聞いたばかりだったが、大方少し時間が出来たから、使役した烏を実家に飛ばしたに違いない。
服飾ギルドの件と、安価な香水の件、両方の情報を伝えに。
その時に知ったのだろう。
ユージーンには、打診していることは伝えていなかった。
「ねえ、それ……大丈夫?」
「なにがだ」
「こう言ってはなんだけれど、君も知っての通り母上はものすごく癖の強い人だよ?
君、直接会ったのはかなり前だと思うけれど、そのころとちっとも変わっちゃいないよ?」
「レンなら大丈夫だろ。むしろ、あの方以上にダンスが上手く、貴族的マナーに明るく、帝国内で顔が広い方が領地にはいない」
「そうかもしれないけれど、なんていうか息子からしたら申し訳なく……今から深々と謝っておいた方が良いくらいにはテンションが爆上がりしていたんだ。
なんだか、久しぶりに楽しいおもちゃを見つけたみたいな……ああ、僕の胃がキリキリと痛んできたよ。
本当に昔からなーんも変わっちゃいないんだ、もう少し落ち着いてくれても良いと思うんだけれどね。
もし、本当にヤバかったら無理せず言ってくれ?僕が止められるとは思えないけれど、少し自重してくれる……かもしれない」
最後には青い顔になるユージーンに、少々不安になってきた。
そんなに言うほど危ない人ではない。
なぜなら、性格も言動もユージーンとかなり似ているからだ。
外見は、神器様によく似ていた。
だが、色素だけじゃなく、間違いなくしっかり遺伝子を引き継いでいるな、と、学生時代に思ったほどだ。
良い意味で、とても世話焼きな方だ。
ともすれば自分の立場が悪くなるかもしれないことでも、きちんと言葉にしてくださる方で、領主となって間もない頃は随分助言を頂いたものだ。ユージーンの良さは夫人からの教育だと感じた。
思っていても、顔にも出さず腹に溜め込む貴族は多い。特に、ご夫人は。
今後、ダンスや基本的マナーだけでなく、そういった方々のあしらい方や、各貴族との付き合い方を上手くこなす秘訣等も面倒を見てくれることだろう。
注目されるであろう新年会以降は、きっと領外からもお茶会の誘いが来る。
さすがに全部を断るのは無理だろう。
ある程度セバスが振り分けてくれるだろうが、夫人がいれば心強い。
それに、最初に話を持ち掛けたのは、本人じゃなく伯爵宛にだ。
レンから直接第二夫人に宛てた手紙を書いてもらうならともかく、俺が直接手紙を送るのは少々体裁が悪い。
伯爵宛に手紙を出し、伺いを立てるのが妥当な流れだ。
伯爵本人からは、話をしてみるからほんの少しだけ時間が欲しい旨と共にありがたい話だと返事をいただいた。
最近時間と体力を持て余しているようで、昼夜問わず相手をしている神器様が少し不憫に思えていたから願ってもいない、と。
相手をする神器様が……というのは、まあ、そういうことだろう。
つまり、それほど暇をしているらしかった。
「師匠に動じないレンなら大丈夫だ。俺はあの人以上に突き出た人を知らない」
「まあ……君のお師匠様に比べたら、母上も可愛いものかもしれないけれど。
それでも、先に謝っておくよ。
母上の暇につき合わせてしまって本当に申し訳ない。
その……十中八九、外に連れ出す気でいるから、君も今から覚悟してくれ」
「は?」
外?
ダンスとマナーの講師を頼んだんだが、外へ連れ出す?
流石に領地内だろうが、それでも想像してなかった方向だ。
「自分を着飾るのはとうに飽きてしまった人だけれど、本来、着飾ってお茶会を開くのが大好きな人なんだ。
理由もなく必要以上に顔を出したり開いたりする人でもないし、散財する人じゃない。
けどね、母上は、趣味が高じて相談にのってるうちに、有り余る程のポケットマネーを手にしてる。そこにレン君という理由が出来ちゃったんだよ。
僕も早くからこうやって出仕して、宮廷の仕事に明け暮れてるわけで、息子を着飾りたくても着飾れなかった。その矛先が全てレン君に向いてるっぽいんだ。
領都の服屋と菓子店のリストが机の上に広がってたし、母上の親友の、バークレイ子爵夫人に宛てた書きかけの手紙が傍にあった」
「……わかった。レンが行きたいようなら行かせる。セバスに伝えておく」
それでも、気に入られるなら、レンにとって悪い話でもないはずだ。……多分。
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