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本編

-249- ダンスの先生と宝石店

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お勉強の前に少し休憩しましょうと、セバスがお茶を入れてくれた。
書斎のゆったりしたソファに腰かけて、後味がすっきりする紅茶をいただく。

書斎の入り口では、セオとセバスがなにか言葉を交わしていた。
セオは、セバスに何か言われて、一瞬すんごく嫌な顔をしてセバスを見返す。
小さな子供が嫌いな食べ物を口に入れちゃったときみたいな顔だ。

その顔が面白すぎて、紅茶を一瞬吹き出しそうになった。
思わずカップから唇を離す。

何を話しているのかまではわからなかったけれど、セバスが盛大なため息を吐いた後、二言三言告げてる。
それを聞いて、セオはぶうたれた顔をセバスに向ける。
その後、ちらっと僕の方を目に入れると、とがった唇をばつの悪そうな笑みに変えて、ちょこんと小首をかしげるようにお辞儀をして踵を返した。
再度大きなため息を吐きながら、セバスが扉を閉める。

セオは、本当に忙しいな。
早くお遣いに出られるような使用人が見つかると良いのだけれど。


「レン様、ダンス講師からの良いお返事がいただけましたよ」
「もう決まったの?」
「はい。ハワード伯爵の第二夫人、エリー=ハワード様です。
マナーの講師も引き受けてくださいましたよ」
「え?じゃあ、アレックスの友人で上司の、ユージーンさんのお母さま?」
「はい。……レン様、本当に覚えが良いですね」
「だって、烏の姿で丁寧にあいさつされたから印象的だったんだ」

にしても。
エリソン侯爵領の唯一の伯爵家であるそこの第二夫人を講師になんて、随分身分が高い人が講師を引き受けてくれることになったんじゃないかな?
打診してる最中だって聞いていたけれど、すぐに良い返事がもらえたみたいだ。

「お日にちは、こちらの使用人の面談を終えた後になりますから、まだ一週間以上先のことになります。
週3回、2時間ほどを、全12回の予定です」
「わかった。お会いできるのが楽しみ」
「ダンスも素晴らしく、所作も大変お美しく、元他領の伯爵家ご出身の方ですので貴族社会に明るい方なのですが……その、かなり癖のある方です。
レン様でしたら大丈夫かと思われますが、万が一合わない場合は無理せずこのセバスに仰ってください」

セバスが小難しそうな顔で告げてくる。
かなり癖のある方……か。
でも、アレックスが打診してくれたのだから、僕にとっては最良の人を見つけてくれたんだと思う。
それに、すごく過保護なアレックスのことだ。
信用していない人には頼まない。
ダンスだもん、身体に触れることはもちろんあるだろうし。
最初に合わなくても、分かり合えると良いなあ。

「わかった。そうするね」

セバスの優しさも理解できるから頷くだけにとどめた。

「それとーーー」
「ん?」
「急遽ですが、本日の午後一に宝石店のオーナー夫婦がこちらに来られることになりました」
「わ、早いね、嬉しいっ!」
「セバスもアニーもお傍におります」
「ありがとう、セバス」

だからさっきセオがあんな変な顔をするようなお遣いを頼んでくれたのか。
無意味なことはしないだろうけれど、きっと急ぐ用事でもない面倒なお遣いを頼んだんだろうなあ。

「とんでもございません。本日のご予定は、その宝石店が来ることと、夕方4時ごろに体重計を搬入することの2点です」
「え?体重計って今日くるの?」
「はい。オーダー品ではございませんので、セオが買い付けた品が届きます」
「そっか、体重計は医療装置って聞いたからもっと時間がかかるかと思ってたけれど、早くてびっくりした。楽しみ」
「セオからお聞きにはなってなかったようですね……申し訳ありません」
「ううん、大丈夫。
でも、今の状態だとセオの仕事が多いから、良い使用人が来てくれるといいなあ」
「明後日から、忙しくなりますよ」
「覚悟の上だよ。それにね、僕に出来ることがあるのが、凄く嬉しいんだ」




今日は、お昼ごはんを食べる直前にアレックスに一度声をかけた。
セバスが、食べる前のほうが良いでしょう、と伝えてくれてそうしたんだ。
アレックスはすぐに戻って来てくれたよ。
今日もちょっと濃厚な口づけをしてから送り出した。
アレックスの顔色も表情もとても良くなったから、これも僕にしかできないことだと思うと嬉しい。

魔力回復のポーション、あれ、凄く不味いもん。
僕が蜂蜜の香りだってアレックスが言っていたから、味も僕の方が全然良いはず。
僕の魔力は賢者並に高いみたいだから、口づけ一つでかなり回復するはずだ。
そういうのは望んでないって言われたけれど、義務感とかじゃなくて、やりたいからしてるだけなんだよね。
それをわかってくれてるから、アレックスも嬉しそうに笑ってくれるのかも。



「レン様、はじめまして。本日は私共のお店“プティ・レーヴ”を選んで頂き、光栄にございます」
「はじめまして。レン=エリソンです。僕の方こそすぐに来てくれてとても嬉しい。急なお願いだったのに、ありがとう」
「勿体なきお言葉です」

セバスに最初から注意を受けていた通り、オーナーさんから挨拶をしてくれた。
この宝石店は、領都にある宝石店の中でも老舗で、グレース様が懇意にしているお店なんだって。
勿論、紋章を許されているお店だ。

僕がロビーで出迎えるんじゃなくて、先に僕は客間で待っていた。
セバスがロビーから客間の外まで2人を案内して、1度2人を待たせて、中の僕に了承を得てから、2人に入室してもらう。
これが、本来の正しい順番なんだって。

僕が呼び寄せたことになってるのに、僕が出迎えはしないんだよ?なんだかとっても偉そうな感じだけど、実際、侯爵夫人なわけで、偉いは偉いんだよね。

それから、先に僕が声をかけ相手を許してから発言するのが帝国のマナーであって、最初から名前を呼ぶなんて以ての外、らしい。
でも、ここは、エリソン侯爵領。
のびのび豊かで、領主と領民の距離がとても近い関係を築いている。
気を悪くしないでください、とセバスに言われたけど、親しみをこめて“レン様”って言われてるのがわかるから、全然気にならない。
元の世界なんて、初めて会う子でも“蓮くーん”とか、“レンレーン”だったもん。

領都のお店だから、地で接していいみたい。普通に話しただけだけど、何だか2人とも感動したように涙ぐんでる。
セバスと同じぐらいの歳に見えるから、涙脆く感動しやすいのかな。僕なんて、2人からしたら孫に近い年齢だ。

「どうぞ」
1度立ち上がって挨拶をした僕は、ソファに再び身を沈めつつ、向かいに2人を促す。
すると、2人からぶんぶんと首を振られた。

「レン様」
「ん?」
「通常向かいには……」

セバスがすかさず声をかけてくる。
でも、その返事はちょっと濁し気味だ。

「え?そうなの?じゃ、横?」

横はちょっと距離が近いから緊張させてちゃうんじゃないかな?なんて、思って言うと、セバスが焦ったように口を開く。

「いいえ、そうではありません!そもそも座らないものです」
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