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本編

-238- 棍

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「うーん……レン様は、素手と剣以外になにか使えたりしますか?」
「え?」

着替えて、ストレッチして、朝ごはんを食べたら、薔薇を見ながら朝のお散歩。
そしてお待ちかねの体術、セオの授業だ。

ウォーミングアップ的な目的のためか、昨日の試験と同じようにいつでもどうぞ、とのことで攻撃を開始。
ただ、セオはよけることなくすべての拳も蹴りも受け止めてきた。
身体が温まったところで、セオが『そこまで』とストップをかけてくる。

「早さも動きも申し分ないです。ただ……やっぱりどうしても威力にかけるんですよね、軽いんです。
普通の人間相手ならそれでも通用するかもしれませんが、鍛えた相手だとダメージを負わせるのは難しいと思います」
「う……」

痛いところを突かれる。
ウェイトが無い分、素早さと柔軟さを生かして……って思っていたけれど、それは、映像の中でだからこそ通用するものなのかもしれない。

「セオは?普段どうやってるの?」

セオだって、どちらかといえば小柄な方だ。
僕ほどじゃないにしろ細身だし、身長だって決して高くはない。

そもそも、こっちの世界の人の基準は、元の世界より少し大柄な気がする。
アレックスもジュードもオリバーさんも背が高いし、かなり鍛えられた体をしてるのが服の上からでもわかる。
それに、このエリソン侯爵邸の使用人もだ、基本背が高くて骨太に見える。

セバスやセオが低く見えるくらいだ。
それは、日本人の僕からしたら、という基準かもしれない。
僕だって、特別低いわけじゃないはずだ。

「俺は、風のスキルがありますからね。当たらなくても、相手が吹っ飛びます」
「それは、凄いね」
「場所によりますけどね。普段は短剣と、あとは、こういうのも使いますね」

セオがベストの内側から取り出して見せてくれたのは、鉄線のように丸く束ねてあるものだった。

「ミスリル線です。コツが要りますが、殺傷力が高いので」
「そっか」
「レン様も、攻撃力を上げるには、物に頼ってもいいと思うんですよね。身体強化っていう方法もありますけど、俺はお勧めしないです」
「理由を聞いても良い?」
「たぶん、レン様もやろうと思えば使えると思うんです、カンフーって武術でしょ?武術系のスキルがあると身体強化も使える可能性は高いです。
ですが、身体強化って、通常五感も一緒に上がるんです」
「五感も上がる……」
「はい。ですから、痛覚も上がりますし、嗅覚も上がって催涙系の薬や血の臭いには敏感になりますし、鼓膜にも眼にも負担がかかりますし、おまけに毒のまわりも早くなります。
そういったデメリットがありますので、お勧めできません。耐性系のスキルがないなら、使いどころはよくよく選ぶ必要があると思います」
「そっか。棍は習ってたよ」

最初はヌンチャクにあこがれたけれど、僕には向かなかった。
というか、何度も失敗して体にあざがいくつかできて、マネージャーに禁止を貰ってしまった。
ヌンチャクなんて言う出番はそうそうやってこない、と言われては、それもそうかもしれないなと思って棍を教えて貰うことになった。

「コン、って、なんです?」
「うん、こっちにはないのかな?木でできたただの長い棒。でも、見た目は派手だからパフォーマンスとしては使えたんだ」

実際、棍が使える綺麗な顔した青年、という理由で採用された役があった。
本当の脇役だったけれど、美味しい役ではあった。
任侠映画の喫茶店の店員で、出番のわりに台詞も少なくて名前も苗字しかない。

見せ所は、喫茶店で暴れそうになるヤクザのしたっぱ5、6人を店から追い出すシーンだ。
任侠映画といっても原作は少年漫画で、かなりコミカルな作品だった。
僕の役は可愛い顔した青年だけれど強いっていうのがあって、原作では人気のあるキャラだったんだ。
だから、ポスターにもちゃんと姿がのった。
棍のようにパイプの長ほうきでいとも簡単に追い出すシーンは、指示もたくさんあったけれど、完成した映像はとても高評価だったしなにより楽しかったな。


ちょっとやってみてください、と手ごろな長さの木棒を手渡される。
ロブが使うものらしく、ささくれもない綺麗でまっすぐな円柱状のものだった。
僕の身長より、少し欠けるくらいだ。
本来の長さよりは少しばかり足りないけれど、このくらいの方が逆に扱いやすいかもしれない。


「こんな感じで回したり……あとは払ったり突いたりっていうのも」

まだちゃんと手に馴染む。
違和感がないことにほっとする。

「いいですね、かなり!初めて見ましたけど、相手と物理的に距離が取りやすいのも良いですね」
「でも、これだと持ち歩くの邪魔じゃない?」
「そこは、伸縮するのを作ってもらう手もありますし、空間魔法を覚えればレン様なら問題なく扱えますし」
「そっか、そうだった!」
「でも、今後のことを考えると伸縮性のが良いですかね」
「今後って?」

「ゆくゆくは、レン様以外にも使えるようになれば。これなら女性や小柄な人でも通用します」
「……そうだね」

僕以外が使えるように、普及させるってことには反対しないよ?
女性や小柄な人でもってところにちょっと引っかかっただけで。

「うーん……正直それが出来るなら、短剣はいらない気がしますけど」
「でも狭いところだと使いにくいから、短剣は教わりたい」
「わかりました。なら、暫くはそのコンを使って実際に慣れましょう」
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