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本編

-233- 言葉そのまま

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「ただいま戻りました」
「おかえりセオ!」

食後にセバスお手製の紅茶をゆっくり飲んでいると、通り道に残像が出来るような動きのセオが姿を現す。
一度目にしたけれど、やっぱり傍で見ると驚きの早さだ。
セオは笑顔で戻りを告げてくれる。
正装で行ってくれたようで、臙脂色で金縁金ボタンの軍服のような姿だ。
一度領都に行ったときに目にしているけれど、この正装かっこいいなあ。
レナードもジュードも同じものだけれど、とてもよく似合ってる。
セバスがセオが僕の従者になったら、正装も変わるって言っていたけれど、これよりかっこよくできるかな?

「わがままを聞いてくれてありがとう。セオもちゃんと休んで食べた?」
「どういたしまして。ええ、レン様のおかげでゆっくり食べてから行きましたよ」
「なら良かった。アレックスには直接会った?」
「はい。爺さまに言われて正装で行ったから、何かあったのかと驚かれましたが、昼食とメッセージカードをお渡ししましたところ、更に驚かれて、とても喜んでいらっしゃいました」
「そっか。急にだったけれど頼んで良かった」
「食べる時間を確保した上で、席に着かせて目の前に広げてから戻りましたので、きちんと食事されるはずです」
「うん、安心した」

セオの言い方なら、大丈夫だ。
急にお願いしちゃったけれど、アレックスも喜んでくれたみたい。
僕の手で直接したことはメッセージカードを書いただけだけれど。

「セオ。あなたは正装でなければ市井の人たちに馴染みやすいので、すぐに通して貰えない可能性もありました。そのための正装です」
「えー?そんなの領都なら俺の顔なんて知れ渡ってるよ?」
「それでもです。すぐに気が付いてもらえたでしょう?」
「すぐどころか、移動中も目を惹いちゃったよ」
「それは良いことです」
「ふふっ」

セバスとセオのぽんぽんと飛び交う会話に笑ってしまう。
市井の人たちに馴染みやすいか、と聞かれるとうん、とは頷けない。
レナードほどじゃないにしろ、セオだって容姿に関して言えば綺麗で十分人目を惹くと思う。
でも、今ですらセバスに似てるなって思うくらいだから、セバスが若い時から自分の容姿に頓着なければ勘違いしてる可能性もある。
アレックスのお爺さまの学友で、さらにアレックスと容姿が似ているって言っていたから、きっとかなりかっこいい人だったんだろう。
おじい様の属性は土属性だってセバスが言っていたから、闇属性のアレックスとは違って嫌煙もされなかったはず。
かなりモテたんじゃないだろうか?
そういう人と常に一緒にいたら、埋もれちゃうのかもしれない。

「レン様が言って下さらなければ、アレックス様はそのまま昼はなにも口にせずにいたでしょうから。私からも感謝します」
「僕はお願しただけだから。この後厨房に行ってもいい?」
「セオ」
「はいはい、大丈夫ですよ。ちょっと着替えてきますね」
「うん」
「失礼します」

厨房にはセオがついてきてくれるみたいだ。
トムとセバスが声をかけてくれるまでテンと一緒に遊んじゃったから、今日はお昼が遅くなった分、お茶の時間も後ろ倒しにして貰った。

テンってば、僕を柵の中に入れるのに必死だったんだよ?
勿論引っ張ったり突かれたりなんてされてない。
柵の外から撫でたら、ちょっと後退して撫でて欲しそうな顔をしたり、近づいてはちょっと離れて足元を見たり。
凄く可愛くて、トムに柵の中に入っていいか聞いて、実際僕が入ると凄く喜んでくれた。
乗らないの?って言うような目で僕と自分の背中の方をちらちら見てくるのも可愛かった。
『アレックスがいないから今日は乗れないんだ、また今度乗せてね』って言うと、僕の顔の方に頬を寄せてくれたんだ。
それが、『しょうがないな』って言ってるみたいに思えて、またすぐにアレックスと一緒にテンに乗りたくなったよ。


「はっや……」
それにしても。
まるで音速で駆けてくセオは、とても速い。
思わず僕の口からそう漏れてしまうくらいに。

あんなに早くて疲れてないかな?
聞いてもセオはきっと、大丈夫ですよーって言いそうだ。

「セバス、セオのあれ、あんなに早く走って疲れないのかな?」
「本人曰く、風に乗るだけなので普通に走るのとは違うようですよ。魔力は多少消費するようですが、領都を往復するくらいではどうってことないでしょう」
「そっか、なら良かった。聞いてもセオは大丈夫だって言いそうだから」
「本当に大丈夫だからそう言うのでしょう。セオは駄目な時はちゃんと駄目だと言う子ですし、疲れたら疲れたと顔にも態度にも声にも出る子です。
やりたくないときや出来ないことははっきり言ってきますよ、それは私だけじゃなくアレックス様に対してもですから、レン様にも同じでしょう。
セオの場合は、言葉そのままを信じて大丈夫です」

セバスは少し呆れ気味に微笑みを浮かべながらそう言うと、お茶のおかわりをついでくれた。
確かに、ああして下さいこうして下さい、しないでください、なんかは、僕に遠慮なく口にしてきた気がする。
顔にも態度にも声にも出ちゃうのは、貴族の従者としての良し悪しは難しい判断かもしれないけれど、少なくとも僕はその方が助かる。
言葉そのままを信じていいとセバスから太鼓判を押してもらえたんなら、本当のはずだし。
太鼓判って言うのもおかしいか、でも、僕にとっては“良いこと”だ。

「そっか。無理させてないなら良かった。言葉そのまま信じていいのも」
「良くも悪くも顔にも態度にも口にも出てしまうのは何度言っても直りませんでした。あれは、もう一生治らない病でございます」
「ふふっ。でも、セバスだってアニーだって態度と口には出ないかもしれないけれど顔には出るでしょう?
それにアレックスがあんなに正直なんだもん。レナードも顔にも態度にも出るし。
育った環境にもよると思うけれど、周りの人に影響されるものじゃない?」
「………」

セバスは返答に困ったのか、口を噤んでしまう。
けれど、それって普段暮らしていく上でなら、遠慮していない、我慢していないってことだもん。
良いことだと思う。

「セオは僕の変化に聡いし、すぐ色々と気が付いてくれるけれど、僕がセオと同じようにできるかって聞かれたら出来ないと思う。
職業柄……職業柄って言っていいのかわからないけれど、役者をしていたから、相手がその言葉や態度で何が言いたいのかっていう本心を見極められるように普段から気を付けてはいるけれど、
それって結局、僕がそう感じただけなわけで、実際は本人とずれてることだってあるし。
そういう、小さなズレって、ちょっとしたことかもしれないけれど、続いちゃうと一緒に居て苦痛になると思うんだ。
だから、それがないだけでもすごく楽だよ。
セオが居心地が良い理由の一つは、そのせいかもしれないね」
「……レン様はお若いのに色々と考えておいでですね」
「そうかな?」
「はい。セオは、あの子は幸せだと思いますよ」
「いつか本人から、セオの口から言ってもらえるように頑張るよ」
「そう遠くないうちに来るでしょう」
「ふふっ、だと良いなあ」

預言者みたいなことをセバスが言うので、思わず笑っちゃう。
尽くしてくれるから、ちゃんと向き合ってくれるから、それに返したいって思えるんだ。
僕に仕えて良かったって思ってもらえるようにならなきゃ。
セバスがこう言ってくれるけれど、勿論僕自身のことに関しては、今のままで良いとは思っていない。
たくさん勉強して良いものたくさん吸収して、僕から返せるようになりたいな。
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