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本編
-232- 粋な計らい アレックス視点
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「アレックス様、この度はお呼びだてして申し訳ございません。
迅速なご対応、何とお礼を申し上げれば良いか……本当にありがとうございます」
領都にある服飾ギルドは、帝国内においても比較的大きな支部だ。
うちの領だと、服飾ギルドの支部は少なく、領都とフィーテルに1つずつあるのみ。
だが、今のところ増やして欲しいとの要望などは出ておらず、どちらの支部もそこそこの大きさがあるからか、2ヶ所で上手く回っているようだった。
ここのギルド長は長く務めていて、そろそろ定年を迎えてもいいころだろうか。
以前会った時よりも大分皺と白髪が増えている。
恭しく頭を下げてくるこのギルド長は、エリソン侯爵領内にある子爵家、クリフォード家出身の者だ。
貴族出身ながら服飾ギルド員になったのは、ひとえに服や布地に興味があったから、らしい。
自ら店を持つことは様々な理由でままならなかったが、こうしてやりたい仕事に就いているのだから尊敬すべき相手でもある。
「ギルド長自らの出迎えに感謝する」
「とんでもございません。さっそくですが応接室へとご案内いたします」
「よろしく頼む」
この時間は少し人が引けているとはいえ、スーツ姿の俺と正装のジュードはすぐに領民の視線を惹きつける。
“アレックス様だ”“おめでとうございます!”とあちこちで祝いの言葉が上がり、手をあげてそれに応える。
そうすると、また歓声があがる。
自領じゃなきゃこんなことは起きないが、だからこそありがたいとも思う。
「先ほどセオ様がいらっしゃいまして、先に応接室へお通ししてございます」
「は?……や、セオが来てるのか」
「はい、奥方様の命を受けてお越しになったそうです。
遅ればせながら、アレックス様、ご結婚おめでとうございます。
まだお約束の時間まで少しありますから、セオ様がいらっしゃる方へご案内いたします」
「ああ、頼む」
素っ頓狂な声を素で上げてしまい、一瞬言葉に詰まる。
レンに何か緊急なことでも起きたのか、と心配になったが、レンの指示と聞いてほっとする。
昨夜の夕食以降顔を合わせていないから、様子でも見てくるように頼んだのだろうか。
応接室が開くと、ソファに腰かけていたセオが立ち上がりこちらへと軽く頭を下げてくる。
なんだ、やっぱり何か急ぎで報告しなければならないことでも起きたのか?と身構えると、顔を上げたセオはにこやかに俺とジュードを見る。
「レン様からのご指示で、昼食をお届けしました」
「……マジか」
届けるためだけに、正装したのか?と思っていると、セオはすぐさま答えを述べてきた。
「俺が正装してきたのは爺さまがうるさく言うからで。本当はさくっと預けて帰ろうとも思ったんですが」
「や、悪い。お前が来てると聞いて、何か起こったんじゃないかと身構えた」
「なんも起こりませんよー、あ、ちゃんとジュードの分も用意するように言われてきてるよ」
「え?俺のも?」
「そー。アレックス様と同じものとはいかないだろうけれど、ジュードの分も、立って食べられる方がいいのかな?って。いい子だよねえ、本当に」
セオがしみじみといい子だ、と呟くが、本当にいい子だ。
「ここで食べちゃっていいみたいですよ?」
「や、だが……」
「今日アレックス様が来るっていうんで、先に別の部屋で今回陳情書を出した4人の店主はもう集まってるようなんです。
ただ、アレックス様の対応が予想以上に早いこともあって、4人での顔合わせもまだだったらしく。
それ兼ねて、のようです。
事情をお話したら、みなさんびっくりされて、どうぞ私らは気にせずゆっくり食べてください、と言ってました。
なので、食べながらギルド長と打ち合わせしていただいて、その後で移動されたらいいと思います」
「助かる。ーーージュード、お前も俺の横、座って食べてくれ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「ギルド長、すまない」
「いいえ、滅相もございません」
セオの図らいに感謝する。
俺の前に重箱が置かれて、その蓋を取られると、なんともまあ、また色彩豊かな凝った品々が並んでいた。
イアンもだが、マーティンもレンが来てからと言うもの、より見た目にも味にも凝ったものを出してくる。
少し遅れてから女性ギルド員が人数分のお茶と茶菓子を運んでやってきた。
セオは自分のものは断わりつつ、別箱に入ったデザートをも前に置き、蓋をあける。
デザートの箱は白かったが、内側に花模様のある器だ。
調和するようなフルーツゼリーが美しい。
「今日は、レン様は外、厩近くの芝生でこちらと同じものをお召し上がりです。
同じものを届けて欲しいとのご要望にお応えしてます。
それと、こちらがレン様からのメッセージカードです」
薄いエメラルド色の綺麗なカードを差し出されて、受け取る。
すぐさま開くと、美しい綺麗な文字が飛び込んでくる。
レンの文字を見るのは、初めてだ。
セバスから、文字も書ける、心配いらない、実に綺麗で美しい文字だとは聞いていたが、本当に手本のように綺麗な文字だ。
レン自身の名前、サインには態と少し崩しているようで、特徴があるところが良い。
真似したくとも出来ないはずだ。
ーーーアレックスへ。
昨夜は遅く、今朝は早く出かけたと聞きました。
しっかり食べて、無理せず、休めるときに休んでね。
追伸
セオの体術試験に受かったよ。
明日から稽古をつけてくれるそうです。
レンよりーーー
「受かったのか」
「はい、手は抜いてません。やられました。
ーーーアレックス様」
「なんだ」
やられました、と言いながらも、セオは嬉しそうに笑う。
レンの出来に喜んでいるのだろうな。
その笑顔をすぐに真顔に変えて、俺を見てきた。
「この話し合いが終わりましたら、宮廷に行かれる前に一度エリソン侯爵邸へお戻りください。
お茶の時間も過ぎるかと思いますが、ほんの少し……10分程でもいいので。
レン様、寂しそうにしてましたから」
「わかった。必ず戻る」
「ありがとうございます。ーーーさて、じゃあ、俺は戻りますねー。
あ、こっちはジュードのね、俺も同じサンド食ったけど、めちゃくちゃ美味かったよ。
それと、これは侯爵邸のコンフェから皆さんへ。
パウンドケーキです」
「ありがとうございます」
「では、俺はこれで」
セオは、テキパキと用を済ませて、最後にパウンドケーキの入ってるだろう箱をギルド長へと手渡し、ぺこりと頭を下げて足取り軽くその場を後にする。
帰りは案内を待つまでもなく、必要を感じていないのだろうな。
最初は丁寧に応じていたが、必ず戻ると伝えると、途端扱いが雑になった。
早く戻りたいという気が見え隠れしていた。
それが、実にセオらしい。
その背を見送ると、扉が閉まるやいなや全員から苦笑が漏れた。
迅速なご対応、何とお礼を申し上げれば良いか……本当にありがとうございます」
領都にある服飾ギルドは、帝国内においても比較的大きな支部だ。
うちの領だと、服飾ギルドの支部は少なく、領都とフィーテルに1つずつあるのみ。
だが、今のところ増やして欲しいとの要望などは出ておらず、どちらの支部もそこそこの大きさがあるからか、2ヶ所で上手く回っているようだった。
ここのギルド長は長く務めていて、そろそろ定年を迎えてもいいころだろうか。
以前会った時よりも大分皺と白髪が増えている。
恭しく頭を下げてくるこのギルド長は、エリソン侯爵領内にある子爵家、クリフォード家出身の者だ。
貴族出身ながら服飾ギルド員になったのは、ひとえに服や布地に興味があったから、らしい。
自ら店を持つことは様々な理由でままならなかったが、こうしてやりたい仕事に就いているのだから尊敬すべき相手でもある。
「ギルド長自らの出迎えに感謝する」
「とんでもございません。さっそくですが応接室へとご案内いたします」
「よろしく頼む」
この時間は少し人が引けているとはいえ、スーツ姿の俺と正装のジュードはすぐに領民の視線を惹きつける。
“アレックス様だ”“おめでとうございます!”とあちこちで祝いの言葉が上がり、手をあげてそれに応える。
そうすると、また歓声があがる。
自領じゃなきゃこんなことは起きないが、だからこそありがたいとも思う。
「先ほどセオ様がいらっしゃいまして、先に応接室へお通ししてございます」
「は?……や、セオが来てるのか」
「はい、奥方様の命を受けてお越しになったそうです。
遅ればせながら、アレックス様、ご結婚おめでとうございます。
まだお約束の時間まで少しありますから、セオ様がいらっしゃる方へご案内いたします」
「ああ、頼む」
素っ頓狂な声を素で上げてしまい、一瞬言葉に詰まる。
レンに何か緊急なことでも起きたのか、と心配になったが、レンの指示と聞いてほっとする。
昨夜の夕食以降顔を合わせていないから、様子でも見てくるように頼んだのだろうか。
応接室が開くと、ソファに腰かけていたセオが立ち上がりこちらへと軽く頭を下げてくる。
なんだ、やっぱり何か急ぎで報告しなければならないことでも起きたのか?と身構えると、顔を上げたセオはにこやかに俺とジュードを見る。
「レン様からのご指示で、昼食をお届けしました」
「……マジか」
届けるためだけに、正装したのか?と思っていると、セオはすぐさま答えを述べてきた。
「俺が正装してきたのは爺さまがうるさく言うからで。本当はさくっと預けて帰ろうとも思ったんですが」
「や、悪い。お前が来てると聞いて、何か起こったんじゃないかと身構えた」
「なんも起こりませんよー、あ、ちゃんとジュードの分も用意するように言われてきてるよ」
「え?俺のも?」
「そー。アレックス様と同じものとはいかないだろうけれど、ジュードの分も、立って食べられる方がいいのかな?って。いい子だよねえ、本当に」
セオがしみじみといい子だ、と呟くが、本当にいい子だ。
「ここで食べちゃっていいみたいですよ?」
「や、だが……」
「今日アレックス様が来るっていうんで、先に別の部屋で今回陳情書を出した4人の店主はもう集まってるようなんです。
ただ、アレックス様の対応が予想以上に早いこともあって、4人での顔合わせもまだだったらしく。
それ兼ねて、のようです。
事情をお話したら、みなさんびっくりされて、どうぞ私らは気にせずゆっくり食べてください、と言ってました。
なので、食べながらギルド長と打ち合わせしていただいて、その後で移動されたらいいと思います」
「助かる。ーーージュード、お前も俺の横、座って食べてくれ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「ギルド長、すまない」
「いいえ、滅相もございません」
セオの図らいに感謝する。
俺の前に重箱が置かれて、その蓋を取られると、なんともまあ、また色彩豊かな凝った品々が並んでいた。
イアンもだが、マーティンもレンが来てからと言うもの、より見た目にも味にも凝ったものを出してくる。
少し遅れてから女性ギルド員が人数分のお茶と茶菓子を運んでやってきた。
セオは自分のものは断わりつつ、別箱に入ったデザートをも前に置き、蓋をあける。
デザートの箱は白かったが、内側に花模様のある器だ。
調和するようなフルーツゼリーが美しい。
「今日は、レン様は外、厩近くの芝生でこちらと同じものをお召し上がりです。
同じものを届けて欲しいとのご要望にお応えしてます。
それと、こちらがレン様からのメッセージカードです」
薄いエメラルド色の綺麗なカードを差し出されて、受け取る。
すぐさま開くと、美しい綺麗な文字が飛び込んでくる。
レンの文字を見るのは、初めてだ。
セバスから、文字も書ける、心配いらない、実に綺麗で美しい文字だとは聞いていたが、本当に手本のように綺麗な文字だ。
レン自身の名前、サインには態と少し崩しているようで、特徴があるところが良い。
真似したくとも出来ないはずだ。
ーーーアレックスへ。
昨夜は遅く、今朝は早く出かけたと聞きました。
しっかり食べて、無理せず、休めるときに休んでね。
追伸
セオの体術試験に受かったよ。
明日から稽古をつけてくれるそうです。
レンよりーーー
「受かったのか」
「はい、手は抜いてません。やられました。
ーーーアレックス様」
「なんだ」
やられました、と言いながらも、セオは嬉しそうに笑う。
レンの出来に喜んでいるのだろうな。
その笑顔をすぐに真顔に変えて、俺を見てきた。
「この話し合いが終わりましたら、宮廷に行かれる前に一度エリソン侯爵邸へお戻りください。
お茶の時間も過ぎるかと思いますが、ほんの少し……10分程でもいいので。
レン様、寂しそうにしてましたから」
「わかった。必ず戻る」
「ありがとうございます。ーーーさて、じゃあ、俺は戻りますねー。
あ、こっちはジュードのね、俺も同じサンド食ったけど、めちゃくちゃ美味かったよ。
それと、これは侯爵邸のコンフェから皆さんへ。
パウンドケーキです」
「ありがとうございます」
「では、俺はこれで」
セオは、テキパキと用を済ませて、最後にパウンドケーキの入ってるだろう箱をギルド長へと手渡し、ぺこりと頭を下げて足取り軽くその場を後にする。
帰りは案内を待つまでもなく、必要を感じていないのだろうな。
最初は丁寧に応じていたが、必ず戻ると伝えると、途端扱いが雑になった。
早く戻りたいという気が見え隠れしていた。
それが、実にセオらしい。
その背を見送ると、扉が閉まるやいなや全員から苦笑が漏れた。
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