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本編
-225- レンの歌声 アレックス視点
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一度門番に顔を出してから、部屋に戻る。
転移ばかり使うと足腰訛りそうだが、だからこそ朝の鍛錬をしているわけだ。
戻る際、亭主にはこっそり大銀貨20枚ほどを手渡してきた。
立ち寄る場合は、何か一品は頼むことと、その場のお代は出している。
今回は、皆への迷惑料も含めてだ。
同じような対応を続けてきたため、亭主は驚きもせず、苦笑して受け取ってきた。
小さな店だが、週明けにも関わらず繫盛はしている。
『足りないか?』
『いいえ、十分すぎるほどですよ。週明けですし、知ってても馬鹿頼みはせん連中です』
『そうか。なら、よかった。明日も仕事だ、亭主の方で加減しつつ少し良いものを出す、くらいしてやってくれ』
『そうさせていただきます。きっと喜ぶ』
こちらも毎回、大体同じようなやり取りだった。
こういった対応が良いのか悪いのかいまいち判断にかけるが、祖父さまがそうしていたためそれに倣っている。
ぼっちゃん、と言われるのは、だからなのかもしれない。
時間にしたら20分もあけていなかったはずだ。
話を聞く、というよりは、実際に顔を出すことに意味がある、と思っている。
椅子に座り、目の前の仕事の束にいささかげんなりしつつも、一息履いてから愛用のペンをとった時だった。
「アレックス様」
さて、これでやっと本来の仕事へと……と思ったところに、烏のペーパーウェイトが口を開く。
重なる厄介事か、それとも何か咎め事か、どうしてこうセバスはタイミングよく声をかけてくるのか。
や、今にしたらタイミングがいいんじゃなく悪いんだが、ついさっきまで抜けていたのに戻ったとたんに声掛けできるのはなぜか、ということだ。
「……なん、?ーーーレンの歌か?」
「ええ、私どものために歌われているようなのでお繋ぎしました。セオの風魔法でこちらのお部屋にも届いております。よろしければ」
「感謝する」
なんだ?と、いつものよりも若干構えて返事をしようとしたところ、ピアノと歌声が聞こえてきたので耳を澄ます。
紛れもなく、レンの歌声だった。
聞こえてくるのはささやかな音量だ。
セオの風魔法で、といわれたら納得がいく。
風に乗って届くような、優しい音色だった。
途中、コンコンと軽快なノックと共に現れたユージーンは、状況を知ると扉を閉めて更に鍵も閉める。
書類の束を俺の傍に置くことなく、ソファの前のテーブルに置くと、無言でソファに身を沈めた。
歌を聞いていくらしいし、終わるまで待ってくれるようだ。
レンの歌声は、まっすぐに思いが届くような歌声だ。
ただ、綺麗だとか上手いだけじゃなく、心を揺さぶられる。
「ーーーお切りいたします」
「ああ」
レンの歌は、10分程度だっただろうか。
ありがとうございました、とのお礼で終わると、余韻を持ってからセバスが告げてくる。
若干、涙声だったような気もするが、そこは詮索しない。
こうやって魔法具から聞こえてくるだけで、揺さぶられる歌だ。
直接耳にしたら、もっとだろう。
きっと、言えばレンは俺のために歌ってくれるはずだ。
その機会は、これからいくらだってある。
「やあ……実にいい歌声だったね。今度是非生で聞きたいなあ」
ユージーンが目を瞑ったままじんわりと呟く。
こんな歌を、あの狭い空間だけで歌わせるのはもったいないとも思うが、レンは俺の妻であり、侯爵夫人だ。
歌手でもなければ、劇団員でもない。
たくさんの人に届けてきたレンにとって、物足りなさを感じていないだろうか?
「凄い子を貰ったね」
「ああ、もったいないくらいだ。あの部屋で歌わせるだけなのも忍びない」
「国中の人に歌うのは難しいかもしれないけれどさ、領民へ披露するくらいの機会を今後作ればいいじゃないか。
場所だって、なにもホールじゃなくたって、教会だって学校だってあるとこにはピアノはあるんだし、各貴族巻き込んでもいいと思うし。
それに歌だけなら、それこそ場所は選ばないだろうし、楽団呼んだって良いだろうし、お披露目かねてチャリティコンサートでも開いてみてもいいんじゃない?
今の時期は君が忙しいからね、来年あたり計画してみてもいいと思うよ」
「......よくそう、次から次へと良案が出てくるな」
「僕は、思いつきを言うだけさ。言うだけなら簡単だ、誰にだって出来る」
「それでもだ」
確かに、うちと孤児院に留めておくのは勿体ない歌声だ。
レンにその気があるなら、それこそ公務として来年から動いてもらうのもいいかもしれない。
ユージーンの母君、ハワード伯爵の第二夫人や、バークレイ子爵夫人ならそういったイベント事も好きそうだから、話を通してみてもいいかもしれないな。
転移ばかり使うと足腰訛りそうだが、だからこそ朝の鍛錬をしているわけだ。
戻る際、亭主にはこっそり大銀貨20枚ほどを手渡してきた。
立ち寄る場合は、何か一品は頼むことと、その場のお代は出している。
今回は、皆への迷惑料も含めてだ。
同じような対応を続けてきたため、亭主は驚きもせず、苦笑して受け取ってきた。
小さな店だが、週明けにも関わらず繫盛はしている。
『足りないか?』
『いいえ、十分すぎるほどですよ。週明けですし、知ってても馬鹿頼みはせん連中です』
『そうか。なら、よかった。明日も仕事だ、亭主の方で加減しつつ少し良いものを出す、くらいしてやってくれ』
『そうさせていただきます。きっと喜ぶ』
こちらも毎回、大体同じようなやり取りだった。
こういった対応が良いのか悪いのかいまいち判断にかけるが、祖父さまがそうしていたためそれに倣っている。
ぼっちゃん、と言われるのは、だからなのかもしれない。
時間にしたら20分もあけていなかったはずだ。
話を聞く、というよりは、実際に顔を出すことに意味がある、と思っている。
椅子に座り、目の前の仕事の束にいささかげんなりしつつも、一息履いてから愛用のペンをとった時だった。
「アレックス様」
さて、これでやっと本来の仕事へと……と思ったところに、烏のペーパーウェイトが口を開く。
重なる厄介事か、それとも何か咎め事か、どうしてこうセバスはタイミングよく声をかけてくるのか。
や、今にしたらタイミングがいいんじゃなく悪いんだが、ついさっきまで抜けていたのに戻ったとたんに声掛けできるのはなぜか、ということだ。
「……なん、?ーーーレンの歌か?」
「ええ、私どものために歌われているようなのでお繋ぎしました。セオの風魔法でこちらのお部屋にも届いております。よろしければ」
「感謝する」
なんだ?と、いつものよりも若干構えて返事をしようとしたところ、ピアノと歌声が聞こえてきたので耳を澄ます。
紛れもなく、レンの歌声だった。
聞こえてくるのはささやかな音量だ。
セオの風魔法で、といわれたら納得がいく。
風に乗って届くような、優しい音色だった。
途中、コンコンと軽快なノックと共に現れたユージーンは、状況を知ると扉を閉めて更に鍵も閉める。
書類の束を俺の傍に置くことなく、ソファの前のテーブルに置くと、無言でソファに身を沈めた。
歌を聞いていくらしいし、終わるまで待ってくれるようだ。
レンの歌声は、まっすぐに思いが届くような歌声だ。
ただ、綺麗だとか上手いだけじゃなく、心を揺さぶられる。
「ーーーお切りいたします」
「ああ」
レンの歌は、10分程度だっただろうか。
ありがとうございました、とのお礼で終わると、余韻を持ってからセバスが告げてくる。
若干、涙声だったような気もするが、そこは詮索しない。
こうやって魔法具から聞こえてくるだけで、揺さぶられる歌だ。
直接耳にしたら、もっとだろう。
きっと、言えばレンは俺のために歌ってくれるはずだ。
その機会は、これからいくらだってある。
「やあ……実にいい歌声だったね。今度是非生で聞きたいなあ」
ユージーンが目を瞑ったままじんわりと呟く。
こんな歌を、あの狭い空間だけで歌わせるのはもったいないとも思うが、レンは俺の妻であり、侯爵夫人だ。
歌手でもなければ、劇団員でもない。
たくさんの人に届けてきたレンにとって、物足りなさを感じていないだろうか?
「凄い子を貰ったね」
「ああ、もったいないくらいだ。あの部屋で歌わせるだけなのも忍びない」
「国中の人に歌うのは難しいかもしれないけれどさ、領民へ披露するくらいの機会を今後作ればいいじゃないか。
場所だって、なにもホールじゃなくたって、教会だって学校だってあるとこにはピアノはあるんだし、各貴族巻き込んでもいいと思うし。
それに歌だけなら、それこそ場所は選ばないだろうし、楽団呼んだって良いだろうし、お披露目かねてチャリティコンサートでも開いてみてもいいんじゃない?
今の時期は君が忙しいからね、来年あたり計画してみてもいいと思うよ」
「......よくそう、次から次へと良案が出てくるな」
「僕は、思いつきを言うだけさ。言うだけなら簡単だ、誰にだって出来る」
「それでもだ」
確かに、うちと孤児院に留めておくのは勿体ない歌声だ。
レンにその気があるなら、それこそ公務として来年から動いてもらうのもいいかもしれない。
ユージーンの母君、ハワード伯爵の第二夫人や、バークレイ子爵夫人ならそういったイベント事も好きそうだから、話を通してみてもいいかもしれないな。
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