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本編

-223- 面倒ごと アレックス視点

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「アレックス、花市場と果物市場の責任者から連名で直接連絡が来たよ。
面倒事みたいだ」

お茶の時間をレンと過ごし、今日は師匠とその神器様のナギサとも一緒だったが、気分的にはかなりリフレッシュできた。
ディナーまで集中して仕事を片付けよう、そんな気持ちで戻ったはずだ。
戻って最初に目にするのが、同情的なユージーンの顔だというのはけして望んじゃいなかった。
一気にやる気が下がるが、ユージーンとて好きでそんな顔してるわけじゃない……はずだ。

封もなく、書類が四つ折りになってるだけのそれを、中指と人差し指で挟んではひらひらとふってくる。
それを抜き取り、広げると……ああ、予想していたことが起きたか。
だが、予想より大分早い。

「テイラー商会って老舗の服飾だろ?なんで市場で怒鳴り込んで暴れてるんだい?」

ユージーンが先に目をとおしたのは、封がしていないということが理由の一つだが、俺の上司であり、更にエリソン侯爵領の貴族だからだろう。
直接連絡が来たのに俺がいなかったわけだから、その俺の代わりにユージーンが対応してくれたらしい。
取引を中止した腹いせに市場で本人が大声で暴れたようだ。
その場で取り押さえたが相手が相手だし、商品に被害がでたわけじゃないので拘束も出来ず追い返すのみとなったようだな。
結局俺からの説明を一切せずに、指示だけよこしたのも良くなかったか。
出せれば顔を出す、と言ってしまった手前、俺の落ち度もある。

「問題をおこされたので取引中止の上、うちの領は出禁にした」
「それはそれだけのことをやらかしたってことだね、君がそんな判断をするってことは。
しっかし、こう言った面倒事は久しぶりだね、それだけ平和だったってことだろうけれど」
「老舗とは言え、商会相手だ。貴族相手よりは容易いさ」
「オリバーの例の案件よりは楽ってこと?まあ、君には転移があるからそう言えるんだろうけれど」
「先にこっちを片付けてくる。この時間ならまだなじみの店で一杯やってる時間だろうから」
「了解。外出許可は出しておくから、記録はつけてくれ」
「たすかる」

流石にローブは目立つので、制服のズボンとシャツ、という軽装になる。
宮廷なんちゃらの制服は、見た目が派手だ。
魔法士の色がモスグリーンなだけマシだろう。
赤や白、鮮やかなブルーじゃなくて本当に良かった、と思うのは仕方ない。
髪色がすでに派手な色してんだ、赤とか最悪だろ。
モスグリーンのズボンに白シャツなら、まあ服装だけ見れば、そう浮くことはない。
髪が目立つわけで、顔も知られてるわけだから、店に顔を出せばすぐにバレるだろうが、それはそれだ。

ちょっといって帰ってくるだけなら、記録はつけなくていい、といつもなら見逃してもらっているが、面倒事を収めるのには多少なりとも時間がかかる。
それに、自領ならともかく、帝都でおおやけに顔を出し問題を解決するにはどうしても人目に付く。
もともと色々とやっかみを買ってる俺なので、いざという時二重の面倒事になってはマズい。
直接職場への転移を認められてるだけ、特別に楽させてもらってる。
本来、寮外からの勤務の場合、出勤と退勤時に門をくぐるときは身分証を提出し記録を付けるわけだが、俺の場合、それが免除されているわけだ。
寮勤扱いとなっている。

まあ、なので時間外に外出する時だけはつけるように、と言われているんだ。
転移魔法を使える宮廷職員は俺しかいないんだから、記録を付けずに外へ出られるというのも俺だけなわけで。

「外出するから記録を」
「アレックス様!お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ」

がっしりどっしりとしたどでかいこの男、門番の中で唯一エリソン侯爵領出身の者だ。
歳は2、3上だったはずだが、身体がデカい上に声が通り、有無を言わせない何かを醸し出してるため更に上に見える。
因みに、バークレイ子爵の血縁者であり、それだけで納得できる風貌だ。
笑顔が眩しい。

お疲れ様と言いながら、お久しぶりですと言われたような感覚になるのはなぜだろうか。

まあ、でも今日は運がいいらしい。
面倒事の連絡が来ようとも、こうして怖がられもせず快く送り出されるんだ。
この男が門番の日だったのだから、ユージーンへの取次もスムーズだったはずだ。

身分証を提出し、サインと時間を記入する。

「お気をつけて!」
「ああ」

仕事中に雑談をよこすことはなく、余計なことを詮索することもない。
良い笑顔だが、あっさりと送り出される。
真面目である上に、門番としての貴族の接し方を間違えちゃいない。
領内との対応の差をそんなところで感じてしまう。
……慣れ過ぎか?まあ、許してるのは俺だ。
それが普通なのだが、フレンドリーな領民たちと接していると少しばかり拍子抜けをするものだ。


ボブたちの行きつけの店は、俺の知る限り3つ。
エリソン侯爵領出身の行きつけの店というのは、やはりエリソン侯爵領出身が持ってる店や領民に好意的な者の店となる。
領民差別なぞ悲しい問題だが、田舎者と馬鹿にされることも少なくない。
それらを払拭出来るほどの力が俺にないことには、申し訳なく思うも、半分以上やっかみで気にしていない領民が殆どだ。
田舎だが、生活に苦労していない、豊かな暮らしをしている。
エリソン侯爵領なんて、田舎なのに。
それしか、言い返す理由がないからだろう、と。

実際、田舎なのかと言われると、そうでもない。
帝都から馬車で一日の距離が田舎と言われるのは、エリソン侯爵領のみである。
だがその距離で、市井で暮らす者が、帝都より豊かなのもエリソン侯爵領のみのようだ。
帝都出身の者はプライドも高い者が多いから、田舎者のくせに、と蔑むのだろう。


カランカランと木製の扉を開いて、店に足を踏み入れると、騒がしかった店が急に静まり返る。
数秒後、歓声に沸いた。

「おお!ぼっ……アレックス様!来てくれたのか!!」

ぼっちゃん呼びを訂正してくれたことに喜ぶべきだろう。
一件目であたりをひけたのだから、今日は本当に運がいい。

周りの客も、エリソン侯爵領出身者が多く、歓迎ムードだ。
この店の亭主は、エリソン侯爵出身の者で、帝都にもエリソン侯爵出身者の居心地の良い店を、と開店に至ったらしい。
こうして日々賑わって儲かっているようだ。

「今日は運が悪いなあ坊ちゃん、申し訳ない!」
「いや、一件目で出会えたんだから運がいいだろ」

ぼっちゃん呼びが戻ってるが、そこはもうスルーだ。

「むしろ、運が悪いってのならボブたちだろ」
「いやいやいや、こういったことも久しいですからなあ」
「こんな早く動いてくれるのはアレックス様だからだあ」


席を促されて、腰を降ろすと、亭主自らがやってくる。
ボブがビールを頼みそうなところを、茶にしてもらう。
ただし、ジョッキでだ。
仕事を抜け出してきたわけだから、飲むわけにはいかない。
苦笑いで亭主が頷いたのは、残念そうな顔でボブが俺を見るのと同時だった。
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