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本編

-209- ユージーンの教え アレックス視点*

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「はー……」

やらかした、完全に。
100パーセント俺が悪い。
なぜ俺は洗浄具を使用する前に説明書に目を通さなかった?
そりゃあれは、コナーの奴が自ら開発した商品で、使い方をその場で伝授されたからだ。
それが正しいと思っちまった。

あの商品はナイトポーションより前に出来上がっていたもので、まだギリギリ学生時代に試作品が完成したものだ。
実際商品になったものを手にその場で使い方を伝授されたわけだが、思えば俺しかその場にいなかったわけで。

それに、あれから結構な年月が経っていた。
時が経てば、商品も新しく改良されるもんだ。

俺が使うわけじゃない、実際に使われるのはレンだ。
もう少し慎重になるべきだった。

レンには本当に酷なことをしてしまった。

レンは、俺に怒ってはいなかった。
負担をかけたのは勿論、腹の中を冷たくされても、だ。

洗浄後はしゅんとした顔をしていたが、それもそれで可愛い……馬鹿言え、そうじゃない。
俺に全面的な信頼を寄せていたんだ、それを裏切っちまった。

最初はそういうものだと思っていたのだからわかるが、使い方を間違えた俺を攻めもしなかった。
それどころか、あまり休めなかったがこれから仕事で大丈夫かと気遣いまで見せてくれる。
いい子過ぎるだろ、マジで。

レンが怒ったのは、セオに対してだった。
『セオの嘘つき……くるっとやって、シャーッと流しておしまいって言ったのに!
いっぱいくるくるされたし、お腹も冷たいし、大変だった』と、レンは、俺ではなくセオを疑ったわけだ。
それを知ったセオは、猛烈な怒りを俺に見せた。

感情をぶつけられたことは過去に幾度かある。
だが、瞬時に凍り付くような、何も受け入れないような冷たく軽蔑するような表情を俺に見せた。

その態度は、使用人としては良くできたもんでもないだろう。
だが、呆れはしたが、怒りは湧かなかった。
レンに対しては、誠実であったからだ。

嘘は言っていない、という弁解は一切しなかった。
嘘だと疑われたことに対して、怒りも苛立ちも見せることはなかった。
ただただレンの体調を心配していた。

優先すべきはレンだった。
これは、もう、試しどころか早いうちに正式な従者としてしまいたいな。


机に向かうが、こうしてペンを持ってもやる気が一切わかない。
仕事は溜まってるが、覚悟していたほどでもない。

「はーーー……」

ここにきて二度目のため息を吐くと同時、軽快なノック音とともにユージーンが書類の束をもって現れた。
にこにことした笑顔で、朝よりも確実に機嫌を良く見せてるが、これは逆だ、機嫌は悪いようだな。

だが、俺の顔を見るとその笑顔を驚きの表情に変えてくる。


「ちょっとちょっと、どうしたんだい?朝はあんなに機嫌が良かったのに」
「……そのままそっくり返す」
「っわかっちゃいるけど返されても困るね。……じゃない、え?何があったのさ、この短時間で。
どよーんとして空気が淀んでるよ」

書類を机にどかっとおき、その上に烏のペーパーウェイトを載せてからそばの窓を開けた。
ふわっとカーテンが広がり、風が舞い込む。
宮廷魔法士が働く棟でも、この場所は上の方にあり、眺めも日の入り方も良い場所だ。

「洗浄をしたんだが、使い方を誤った」
「はい?」
「昼に戻ってからレンに洗浄を施したんだが、使用方法を間違えてレンに負担をかけてしまった」
「……説明書を読まなかったのかい?使用方法はそこまで難しくないし、文字に弱い者が見ても分かるように図解になってるだろう?」

そうなのか、知らなかった。
というか、読もうとも思わなかった。
文字に弱い者……というのは、この商品は貴族間は勿論、娼館で使われることが多いからだ。
文字に疎くても、正しく使えるよう配慮されているらしい。

「以前に、コナーから使い方を聞いていて。だからーーー」

そこまで言うと、ユージーンは呆れた顔を俺に見せ、その顔を両手で覆い、更に天井を見上げるように仰いだ。
やりすぎやしないか?

「何で君は変態の中の変態なコナーの言うことを信じちゃうんだい?」
「……使用人と同じことを言わないでくれ」
「君の使用人は君を怒れるところが素晴らしいね。で?」
「そのまま使って腹を冷やしてしまった」
「ん?それだけかい?」
「……最初の洗浄で何度も擦り、次の洗浄液は冷たいまま腹までみたした」
「何やってんだい、君は!レン君が気の毒だよ!」

ユージーンだってそう思うくらいだ、俺は自分で思っていた以上に酷なことをしたようだ。

「商品に限らず行為そのもの全てお前かオリバーに確認しろ、と言われた。
無理なら自分でもいい、と」
「使用人の焦りが手に取るようにわかるよ。
あー……でも、オリバーは慣れてるだろうけれどこの手の話題を殆どしてこなかっただろうね、今まで」
「ああ」

オリバーは優しい上に誰に対してもとても気を遣う。
貴族階級がそうさせるわけではなく、彼の性格上の問題だ。
恋人の悩みも愚痴も今までは一切してこなかった。
やりたくてもできない状態の俺に対して、自分の恋人の相談も、下の話も一切ふってはこなかった。
レンと出会ったことで、初めてそれらしき会話があったのは記憶に新しい。

ユージーンもだ。
自分の恋人の愚痴をくどくどと俺に言うことはあっても、情交の話は一切してこなかった。

じゃあ、誰が?というと、進んで話してきたのはコナーだ。
使うことはない、覚える必要もない、という俺の言い分を、“男として知っていた方が良い”ですべて通された。
全く遠慮のないコナーだが、俺はそこが気に入っている。
同等に、遠慮なく話をしてくれるのは、本当に数少ない。

「ってなると、学生時代から今までそういった下の話はーーー」
「コナーだけだ」

ユージーンは、焦りの表情を見せてくる。
……そんな顔をされると、事態はかなり深刻なのか?俺が思うよりずっと?
ますます落ち込むぞ。

「まず、コナーのそういった知識は彼独自のもので、全部疑ったが良いね。
あの自他ともに認める変態サディストっぷりが、正しいと評価されるのは、同じくらい変態なマゾヒストな奴だけだ」
「…俺はサディストもないし、レンはマゾヒストでもない」
「だから、すり合わせろって言われたんだろ?
あー……これは、僕の責任でもあるよ。まず、相手の、嫌だ、痛い、駄目、やめて、は最初はそのまま受け取ることだね。
決して、脳内で、良い、気持ちい、もっと、やって、なんて都合よく思わないことだ。
いや、だめ、は逆のこともあるかもしれないから、相手をよく見てことを進めるのもあるかもだけどね、少なくとも、痛いと、やめて、これは本当に言葉そのままだよ、いいかい?」
「わかった」

ユージーンの責任ってところは納得いかないが、初歩の初歩、学生相手に話すようにユージーンは語りだした。
レンから、やめてと言われた尻の穴を舐める行為は、今後絶対にしない、と誓う。

「それと、少なくとも最初の内は行為において魔道具だけじゃなくておもちゃを使うことはしないことだ。
ナイトポーションはともかく、気分の上がると言われているラブポーションなんて使うもんじゃない。
スパイスが必要なのは、マンネリ化してからだよ。
それも、相手に、レン君に相談して、彼も使ってみたいと思ってから使うことだ、いいね?」
「わかった」

魔道具もおもちゃもレンには必要ないし俺にも必要ないな。
そういったものには興味がないが……。

「そういや、アナルプラグは、抜くのと抜かせるのとどっちが正しい使い方なんだ?」
「はい?っそれ、まさかレン君にさせっ……ああ、レン君は神器様だったね。あの悪趣味な魔道具か」
「俺が引っ張るより自分で力んで抜いた方が良いかと聞いたら涙目になった」
「っそりゃなるよ!あー……もう、そもそもあれは元々医療器具だろう?
普及したのは貴族間の男性が増えに増えたからで、狭い奴が少しずつならしてくのに利用するようになったんだ。
そもそもプレイで使うのが一般的な使い方じゃないんだよ。
あとね、力んで出すのは、排泄時と出産だけ!いいかい!?」
「……わかった」

さっきからわかった、としか言ってないが、それしか言えないからだ。
ユージーンの言い方からして、俺は随分なことをレンにしでかしたらしい。

「君も、レン君もお付き合い自体互いにはじめてなんだろ?」
「ああ」
「なら、極力優しく、無理強いしない、を心がけなよ。
最初はそれが出来てたら、十分だと思うよ、僕は」
「流石にそれはしている……といいたいが、次からより気を付ける」
「そうしてくれ。あーくっそコナーの奴……っ捕まえたら正座させてやる」

囂々と燃えだすユージーンを誰が止めようか。
すまんが、俺は無理だ。
俺がコナーに対して怒りがないのは、コナーはそれが本当に良いと思って語っていたからだ。
自分が良しとして俺に話をした、という事実だけは本当だったはずだ。
それが、例え一般的でなくとも、だ。
その一般的知識がなかった俺が悪い。

俺に偏った知識を与えた罰が必要ならば、ユージーンから受けてくれ。
時間はくったがこれでやっと集中できそうだと、ペンを手に魔法陣の修復に取り掛かった。
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