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本編

-187- オレンジと蜂蜜

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旭さんたちと一緒に美味しいご飯を食べながらの楽しい会話は、すぐに時間が経つ。
あっという間の時間だったけれど、またすぐ会えることに感謝する。
そりゃあ、元の世界のように簡単にSNSでやり取りは出来ないけれど、離れていてもこうやってぱっと行き来できるし、
これからもアレックスは10日に一回程度のペースで遊びに行くのは変わらず、そこに、僕も一緒に来られることになった。


「おかえりなさいませ」
「ああ」
「ただいま、セバス」

戻るときも僕は自分で転移するぞーと思ってたのに、アレックスはこのまま一緒に戻るぞって言うからアレックスに任せてしまった。
何となくだけれど、ちょっとずつアレックスの許容範囲がわかってきた気がする。
あの場に例えばセオがいたら、アレックスは違う判断をしたかもしれない。
過保護だなあって思うけれど、そんなところもまんざらでもなく、むしろ居心地よく感じちゃってる。

戻るとタイミングよくセバスが出迎えてくれる。
セバスは、アレックスがどこに帰ってきたのかがわかるみたいだ。
鑑定が得意だから、家の中の魔力感知も得意なんだって。
凄いなあ。


談話室のソファでアレックスと二人ゆっくりする。
セバスが紅茶と、お茶請けに、砂糖漬けの小さなお花を出してくれた。
黄色くて星の形をしていて、とても可愛い。
口に入れるとほんのりレモンのような爽やかな味がする。

ほっとする。
もう、ここは僕が帰る場所、なんだなあ。
しみじみ思ってると、アレックスがそういえば、と口を開いた。

「言いかけてたことがあっただろう?」
「ん?」

なんだっけ?
と首をかしげると、ほら、と優し気な笑顔で促してくれる。
覚えていないことを咎めることもない。

「ほら、オリバーとアサヒが結界の話をしてた時、あとで話すって言ってただろ?」
「あ、うん、そうだった」
「思い出したか?」
「うん」

そうだった。
旭さんとオリバーさんがちょっと深刻な話になっちゃったから、あの場では聞かなかったんだった。

「ねえ、アレックス。アレックスは、全部これから僕のやることを、僕から聞きたい?」
「全部って?なんでも、どんなことでも話してくれて構わないし、やりたいことがあるならレンから直接聞きたいと思ってるが?」

僕の頬をそっと包むように、アレックスの右手が添えられる。
心配かけちゃったかな?
うまく伝わらなかったみたいだ。

「うん、これから僕だけのことって増えてくるでしょ?
セバスやセオに相談しながら進めてくつもりだし、勿論アレックスにも相談するけれど、経緯とか考え方とかやり方?
そういうの、全部僕から聞きたいかなって思って。
セバスやセオは報告すると思うけれど、そういうの僕との間に必要なのかなって思って。
……僕の言いたいこと、伝わってる?」
「ああ、そういう意味か。大丈夫だ、伝わってる」

頬にあった手が、耳のあたりから首と肩を滑りそっと抱き寄せてくる。
こてんと頭をアレックスの肩口へと寄せると、ふんわりオレンジの香りが強くなる。

「そうだな……なんでも話して欲しいが、そのための時間をもつことはしたくないな。
それよりも、一緒に食事をしたり、こうやってのんびりしたりする中で、今日あった楽しかったことや嬉しかったことをレンから聞きたい。
勿論、嫌なことがあったら話して欲しいし、悲しいことがあったら聞かせて欲しい。
今後、レンの侯爵夫人としての仕事があると思うが、仕事の報告として、領主としての時間を取りたくはない。
勿論、仕事の話やレンの考え方を聞きたくないわけじゃないし、一切言わなくていいってわけじゃないんだ。
あー……上手く言えないが、レンと間に仕事とプライベートと分けて接したいとは思わない……てか、俺が出来ない。
答えになってるか?」
「うん、大丈夫。
僕も同じだったからよかった」
「そうか、ならよかった。本当に何でも聞いてくれ」
「うん……あ」
「ん?」

今なら匂いについて聞けるかもしれない。
なんだかんだで聞けなかった、アレックスの香りについてだ。

「アレックスからオレンジの香りがするの、なんでかわかる?」
「オレンジ?」
「うん。オレンジみたいな、甘くて爽やかな柑橘系のいい匂い。
最初から、初めて会った時からずっとだよ、洋服とかじゃなくてアレックスからしてるんだよ?
今もしてるよ」
「……言われたことないな」
「そっか」

やっぱりアレックスは知らないみたいだ。

「旭さんも、オリバーさんが良い匂いがしてるって言ってたんだけれど、オリバーさんは香水とか何もつけてないんだって。
僕もオリバーさんの香りはわからないし、旭さんはアレックスの香りがわからないんだ。
だから、なにかあるのかなって思って」
「そうか……逆なら聞いたことあるんだがな」
「逆?」

逆って何だろう?

「ああ。神器様は契約者にとって魅惑的な香りを放っていることがある、っていう話だ」
「僕は?」
「レンは、最初から貴重種の花で作られた蜂蜜みたいな、甘くてすげー良い匂いがしてた」
「そうなの?」
「ああ」
「今も?」
「ああ、今もだ」

僕は蜂蜜みたいな香りをしているみたいだ。
アレックスがすげー良い匂いって思う香りで良かった。
アレックスが幸せそうに笑ってくるから、僕はなんだかすごくいい気分になる。
香りの理由は分からないけれど、そういうものだって思えば、原因とかもう良いやってなるくらい、良い気分だ。


セバスから声がかかるまで、僕らはお茶の時間をゆっくりと楽しんだ。
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