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本編

-177- お茶の時間

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「旭さんは、どこの養子に入るかとか、いつ籍を入れるのかとか、結婚式についてとかもう決まってるの?」

旭さんが紅茶とカップのトレイを、僕がクッキーの乗ったお皿のトレイを運ぶ。
その前を、来た時と同じようにおはぎが先導してくれている。

来た時も思ったのだけれど、コンサバトリーまでのこの道は、上の方に窓があって光が差し込んできて明るいし、とても暖かい。
道がてら、僕は旭さんに気になっていたことを問う。

僕らがこの世界に来てから、まだ4日間。
その間に、ふたりとも結婚することが決まってるんだ。
神器と契約者との結婚が異例中の異例みたいだし、僕の方は、アレックスが闇属性でありながら侯爵様っていう立場上、色々と急ぎたいみたいって聞いているけれど、オリバーさんと旭さんも色々と事情があるのかな?
それとも、もう旭さん以外考えられないからそうそう婚約だけした、とか?


「養子先は今朝決まったって教えてくれたな。オリバーの伯父さんでクリフォード子爵家だ。
エリソン侯爵領の一部でオリバーの実家からも近いらしい。
子爵家の三男って嫁側の優良物件っぽくて。断れない事態が起きないうちに、とにかく早く籍に入れたいつってた。
式はなんも聞いてないしやらねえんじゃないかな。蓮君は?アレックス様は領主だから結婚式は大々的にやんの?」

そっか。オリバーさんもオリバーさんで結婚を急ぐ事情があったみたいだ。
実力もあってルックスもいいのなら、やっぱり周りは騒がしくなってしまうのかもしれない。
例え、本人が望んでいなくとも。
更に、貴族階級がより面倒なことになるみたいだ。

「うん、年内には籍を入れたいって言ってた。
養子先はアレックスのお師匠様が受け入れてくれた。
お式は半年後とかになると思う。旭さん、呼ぶから来てね」
「もちろん」

こっちの世界の結婚式ってどういう感じなのかさっぱり分からない。
アレックスは、僕の要望を出来るだけ叶えてあげたいと思ってくれてるみたいだけれど、僕は、もう、アレックスと領の皆が喜ばしいものであれば、拘りはないんだよね。
アレックスの横で相応しくあれる姿でいられれば、それで。


コンサバトリーに到着すると、おはぎが扉を開けてくれた。

アレックスがすぐに笑顔を向けてくれる。
扉を背にソファに腰掛けていたオリバーさんが、振り向いてすぐに立ち上がり、一歩を踏み出した時だった。

「だー、待て!オリバー、ステイ!いつものようなことしたらぜってー零す!」

旭さんが、くわっと叫ぶ。
僕も旭さんの気持ちがわかる。
いつものようなこと……オリバーさんも、何もなくてもすぐにハグとかキスとかする人なんだろうな。
僕もそれをアレックスにされたら、お皿のクッキーは綺麗に雪崩を起こす可能性大だもん。
ピタッと停止したオリバーさんの顔が悲しそうだ。

「入れるから、おとなしく座っててくれよ」
「…わかりました」

クッキーのお皿を置くと、アレックスがクツクツと面白そうな笑い声を漏らした。

「蓮君ありがとうな、手伝ってくれて。座ってくれ」
「はーい」

僕がアレックスの隣に腰を下ろしたのを確認した旭さんは、アレックスのカップへと紅茶を注ぐ。
ふわっと、とってもいい香りが広がる。
それに綺麗な色!

それにしても、旭さんってきちんと意識すると、途端お手本のように綺麗な動きをする人だ。
さっきので、とても余裕はないっていうのはわかってるけど、全然そうは見えない。
ここで話しかけたらただの意地の悪い人か、察しの悪い人になるから黙って見守る。

「良い香りだ」
「うん」

アレックスが思わず呟くくらいだから、本当に良い紅茶なんだろうな。

そうそう、セバスの入れてくれる紅茶もとっても美味しいんだよ。
元の世界では、普段飲む紅茶っていったら、ペットボトルで、ホットならティーパックばかりだったけれど、こっちの世界に来てから、茶葉はちゃんと時間帯や一緒に出てくるデザートと合うのを選んでくれていて、美味しい紅茶を入れて貰ってる。
とっても贅沢だ。


「悪いな、3人とも」
「ありがとうございます。アサヒもこちらに座ってください。っちょ、おはぎは私の隣じゃなくて向こうに座ってください」

おはぎがマグカップを手に旭さんとオリバーさんの間にちょこんと座わろうとしたところで、オリバーさんがおはぎに向かって一人がけのソファを指さす。
おはぎがすんごい顔でオリバーさんを見てる!
やり取りも表情も可愛くて笑いをこらえる。
笑っちゃ失礼だ。

「いーよ、おはぎ、俺の隣で。こっち座りな。クッキーはとってやるから」

どっちも譲らない雰囲気だったけど、旭さんがおはぎを逆側に促した。
そっか、おはぎは、クッキーの近くに座りたかったみたいだ。
旭さんの言葉に納得したのか、おはぎは旭さんの隣、僕の前に座った。

いつもこんな感じなのかな、マグカップを器用に持ってこくこくと美味しそうに飲んでる、可愛いなあ。

僕も貰おうかな、と旭さんに目を向けると、旭さんはまだ口をつけずにアレックスを気にしていた。
緊張してるみたいだ。
そりゃあそっか。
旭さんからしたら、アレックスはオリバーさんの親友だけれど、侯爵様で、更に最初にやらかしちゃった経緯がある。
いくら気にしないで、状況からしかたない、って言われても、無理な話かも。

僕も思わずアレックスを見る。

アレックスが、笑いながらも慣れた様子で紅茶に口をつけた。
高級なカップでも、アレックスにとってはいつもの飲み慣れてるカップだ。
普段通り、様になってる。

なんか、僕まで緊張感が伝わってきちゃう。
アレックスは、一口飲んだ後、ちょっと驚いて旭さんを見て、紅茶を見てる。
どうしたんだろ?

「美味くてびっくりした」
「なら、良かったです」

旭さんが、ほっと一息ついたのを合図に僕も一息ついて、カップに口をつける。
うん、とっても美味しい!
アレックスが驚くのもわかる。

美味しさで思わず笑顔になる。
アレックスと目が合うと、ふんわり優しい笑顔で微笑まれた。
オリバーさんたちのやり取りで面白おかしく笑ってる顔と全然違う。
特別な笑顔を向けられると、ちょっと恥ずかしい。

乳牛ケーキを食べたばかりだけれど、折角だから少しだけいただこうかな?
おはぎはさっそく旭さんに催促して、黄色いクッキーを満足そうに食べてるし、アレックスも旭さんに勧められて、緑色のクッキーを手に取る。

僕も、気になっていたクッキーを手に取る。
真ん中に、赤いジャムがのってる可愛いクッキーだ。
甘酸っぱいジャムの香りとバターの香りが口に広がる。

美味しい!

「いつもより美味しい気がしますが…」

唸るように、オリバーさんが紅茶絶賛してる。
確かに美味しいよね、それに、人に入れてもらうと紅茶ってより美味しく感じる気がする。
旭さんがいれた紅茶だから、 一入美味しいのかなあ。

「そりゃ、お前は俺が入れたから、変に美味く感じてるだけじゃねーの?」
「いや、そういうわけじゃないと思うが?」

ん?アレックスも?
旭さんのツッコミに、アレックスが笑いながら否定してる。
ってことは……やっぱり、おはぎの仕上げの魔法かな?

「俺が手から水を出したのと、あと、仕上げにおはぎが美味しくなる魔法をかけたのが、タイラーとは違うと思いますが」

旭さんが、いつもとの違いをアレックスに告げる。
そうそう、美味しくなる魔法。

「美味しくなる魔法?」

『ん。美味しい?』
「ああ、美味い」
『ん』

アレックスもびっくりしてるけれど、美味しくなる魔法ってやっぱり特別な魔法なのかな?
おはぎは、満足そうに頷いてから苺ミルクを飲んでる。
時々しっぽと後ろ足がちろちろ揺れてる。
ソファに足がついていないところも、本当に可愛いなあ。


「さて、どうするかな」
「どうしましょうか?」

アレックスが、カップをソーサーに戻して幾分真剣に呟いた。
オリバーさんも困ったようにアレックスに答えを求めてる。


ふたりの視線の先には、クッキーと苺ミルクを交互に頬張るおはぎがあった。
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