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本編

-176- お茶の準備

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おはぎに続いて厨房に入ると、本邸とは違ってもっと庶民よりな作りだった。
庶民よりっていうよりはずっと立派なのだけれど、厨房っていうよりは、キッチンといったほうがあってるような場所。
全体的に木目調で、英国やフランスより、アメリカンカントリーみたいなキッチンだ。

ダイニングキッチンで、明るい。
本邸よりはもっと家庭的な感じだ。

旭さんが手を浄化して、上戸棚から、正方形のクッキー缶を取り出す。
慣れてるみたいだから、僕とは違って家事を手伝ってるのかな?
使用人は二人って聞いてるし。


「今、大皿出すから、蓮君はその皿に五人分のクッキーを並べてくれ」
「うん……わあ、可愛い!それにすごく美味しそう」

僕も両手を浄化して、クッキー缶の蓋をあける。
ふんわりと甘い香りが香ってくる。
バターとお砂糖の甘くていい香りだ。

大きな缶の中に、綺麗に一口サイズのクッキーが並んでいて、色合いもとても綺麗で可愛い。
黄色、緑、紅茶かな?あとジャムがまんなかにのってるのもあるし、ココアやナッツ、チョコもある。

缶の蓋をあけて僕が見とれてると、すっともふもふの腕がプレーンのクッキーに伸びる。
おはぎの手だ。
器用に一枚掴んで、口に運んで、もぐもぐしてる。
『ソフィアの手作り、どれも美味しい!』
「あ、おはぎー、盗み食いすんなよ」

お皿を僕に渡すと同時、旭さんの注意がおはぎに飛ぶけど、うん、遅かったみたいだ。
もぐもぐしてる姿が可愛い。
旭さんに言われて、ちらっと僕を見上げるその目が、見た?見てないよね?言っちゃ駄目……って言ってるみたい。
吹き出しそうになるのを我慢する。
一枚くらい見なかったことにしよう、うん。


『アサヒ、アレックスくるとき、タイラーいつもこれ使う』
「ありがとな、おはぎ。…うわーなんか高そうだな」
『オリバーは、コレ。アサヒとレンのも、おはぎが選ぶ。アサヒのコレ、レンのコレ』
「さんきゅ……」
『アサヒ、水出す』
「おー」

おはぎは旭さんと一緒にカップを取り出してお茶の準備をしていた。
旭さんも、おはぎのつまみ食いには気づいてるみたいだったけれど、一枚は見逃してあげたみたいだ。

その間、僕はお皿にクッキーを並べることに専念する。
こういうのってやったことないけれど、種類ごとに少しずつずらして重ねていくことにした。
見たことある並べ方が、それしかなかったから。
でも、クッキー自体が形や種類がまちまちだけれど、大きさがほぼ一緒だから、こうして並べるだけでも、とても綺麗で見栄えする……はず。


「蓮君は、帝都じゃなくて、侯爵領にいんの?」

旭さんに聞かれて、頷く。
そっか、ここは帝都。
最初に召喚されたのも、帝都だった。

「うん、そう。起きたら一日経っててびっくりした」
「けど、ぱっとこっちに来たよな?あれは?」
「うん、アレックスも、勿論僕もなんだけれど、属性が闇属性でね?
闇属性は、空間と時間を操作できる魔法なんだって。
だから、転移魔法で来たんだ。
僕はまだ、アレックスのいるところ限定でしか転移できないんだけれど、アレックスは、毎日領と仕事場、宮廷魔法士で魔法省に勤めてるんだ、行き来してるよ」
「へー、すげー便利な魔法じゃん。時間を操作って、過去に戻ったりできんの?」

過去に戻ったり、だよね、僕も最初はそう思った。
時間を操作するっていうと、漫画やアニメ、映画の影響でどうしてもそっちの方に考えがいっちゃうよね。

「ううん、時間の干渉は広範囲には出来ないみたい。
対象物が必要なんだって。
例えばカップを割っちゃったら割る前にもどすとか、お茶をこぼしちゃったらこぼす前にもどすとか、そういうのは簡単に出来るよ」
「お、いいね!じゃあ、もしもの時も安心だ」

旭さんがほっと笑みをひく。
カップもお茶も高そうだし、僕もだけれど旭さんも平然とは扱えないみたいだ。
本邸のも繊細なカップとソーサーでとても綺麗で一目で良いものなんだろうなって思ったけれど、ここのも負けないくらいに綺麗なカップだもん。

でも、旭さん、魔法の属性のことはまだ詳しく聞いてはいないのかな?

「うん、任せて。…でも、闇属性で魔力が高い人ってものすごく珍しいみたいでね?それこそ、帝国には殆ど居ないくらいに。それに、属性の相性が同属性しかないんだって。
加えて、帝国唯一のアリアナ教では、光は善、闇は悪なんだ。
だから、アレックスは今までずっと一人だったんだって」
「え、マジか」

あ、やっぱり詳しくは聞いてなかったみたいだ。

「属性の相性の良し悪しは聞いたが、光は光、闇は闇ってだけで、教会云々は聞いてなかったわ。
悪い、不謹慎なこと言っちまったな」
「ううん、いいんだ。闇だって言っても、旭さん、便利でいいねって言ってくれたでしょ?
領民の人たちもね、殆ど偏見のない人が多いんだ。だから、アレックスは領では暮らしやすいみたい。
僕もみんな親切だし、豊かで暮らしやすいところだと思ってる。
でも、アリアナ教の教えが強い場所、帝都、や、一部の地域では、とても生きづらい。
初めて両思いになった人から、『お前は闇属性だから』って真っ青な顔でキスを拒まれたら…辛いよね」
「それは…辛いな」

旭さんの眉がきゅっと寄る。
魔力のない世界からきた僕たちには、到底理解できない拒まれ方だよね。

「キスくらいじゃどうとなることじゃないんだけど、そのくらい闇属性ってだけで拒まれてきたみたい。
だから、アレックスは侯爵様だけど、結婚してなかったし、婚約者どころか恋人もいなかったんだって。
僕にとっては幸運だったけどね、アレックスはとてもかっこいいから……」

見た目だけじゃなくて、あんなにかっこよくて領民にも好かれてるんだから、闇属性じゃなかったら、きっとモッテモテで引く手あまただったと思う。
しかも、若くして侯爵様だ、独り身じゃなかったはず。
子供がいなくても、結婚はしていただろうし、そうなったら神器の僕と結婚なんてしなかっただろうなあ。
アレックスにとっては、闇属性なことが生きづらくて一言で言えないくらいには大変だったと思う。
けど、僕にとってはアレックスが闇属性で良かったって思うんだ。
今も少なからず苦しんでるだろうアレックス本人には、とても言えないけれど。

「アレックス様にとっても、蓮君は幸運だって思うよ」
「うん。そうなれるよう頑張りたい」

変えられない属性を嘆くより、することがあるよね。
僕が出来ることはまだ少ないけれど、だからこそ出来ることがあるはずだ。
闇属性特有の魔法も練習しよう。
それに、いつか、闇属性で良かったってアレックスが思ってくれるときがくるかもしれない。

全種類のクッキーを並べ終わった。
うん、良い感じだ。
綺麗でおいしそう。


お茶はどうかな?と旭さんの方へ目を向けると、ティーポット目がけて、おはぎが小枝を振っていた。
ふわっとちょっとだけティーポットが光る。
魔法?
えー!おはぎって魔法も使えるの!?
凄くない?

『ん。美味しくなる魔法』

美味しくなる魔法?そんなのがあるの?
うーん、美味しくなる魔法かー、なんか、うん、本当に絵本の中の世界みたい、凄くファンタジーだ。
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