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本編

-172- お土産と差し入れ

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同じ舞台を作っていく仲間だから、変に亀裂を入れたくない。
勇者と王子は聖女を取り合う役柄だけれど、役としてだけじゃなくて勇者役のたける君とずっとギスギスしてる。
役柄それでもいいと監督が考えてるから放っているみたいだけれど、緩和剤として個人的に僕にお願いしてくるのはずるいと思った。


『武のやつヘタクソすぎてイライラするわ。蓮君よく嫌な顔せずダメ出しに付き合ってられるね?それとも顔に出ないタイプ?』

そんな風に玲治君に言われた。
玲治君は、武君に監督からの駄目だしが入る度、苛立ちは隠していなかった。
聖女役の美紅ちゃんはミュージカル女優だったから実力のある子だったし、確かに足を引っ張ってるのは勇者役の武君だった。

でも、武君は、モデル出身で今回の舞台が初舞台だ。
事務所のスクールや、ワークショップに通っているとはいえ、経験は他の役者に比べたら圧倒的に足りなかった。
それでもこの舞台は、大手事務所に所属する彼の初公演のために作られたようなもの、というのもあった。
だから、同年代でも他の役者がそこそこ実力と経験のある者が揃っていたし、武君の同じ事務所のベテラン役者が王様役でついていた。

それに、彼はとても吸収力が高いと思う。
モデルなだけあって、背が高くて綺麗に筋肉がついているし、同じ男としては羨ましい限りだ。
なにより、その場に立っているだけで存在感があった。
あの存在感は、役者として素晴らしいことだと思うし、勇者役はぴったりだと思うんだよね。

『武君は今回が初めての舞台でしょ?
他は舞台慣れした役者ばかりだし、きっとプレッシャーは相当だと思う。
それに素直に受け止めてくれるし、投げ出さない人だからダメ出しもいくらでも付き合えるよ。
時々はっとするような返しがきてさ、そういうのが新鮮だし、僕自身プラスになってると思う』
『優しいなー蓮君は。事務所の力で出てきた奴にも好意的でさあ』
『確かに事務所の力は大きいと思う。
でも、あの存在感は誰でも出せるものじゃないと思うよ。勇者役は彼だなって思ったよ』
『………』

思い当たることがあるんだろう、玲治君が黙る。
あの存在感は男として悔しい部分がある。
僕が悔しいくらいだから、負けん気の強い玲治君にとったらかなり悔しいだろう。

勇者と王子の二人だけの掛け合いも、うまくハマった時があった。
ともすれば、引きずられていた、そのくらい存在感と思いが勇者に強く出ていた。
あの瞬間には、みんなが惹きこまれてた。

それにあの監督と脚本家のタッグなら、事務所の力だけで大役当てないんだよね、絶対。
良いものを作れるっていう確信があって当てたと思う。

実際、本番は大成功を収めた。
めきめきと成長した勇者役の武君は、本番を重ねるごとにも成長を遂げていた。
舞台評論家の意見も様々だったけれど、空いた時間でかけつけてくれた同業者の人たちは、皆、勇者役の武君を絶賛していた。
勿論、母さんもだ。

『彼、良いわね、武君。勇者役ぴったりだったわ』
『僕もそう思う。僕には逆立ちしてもなれないな』
『何言ってるの、蓮が一番良かったわよ?当然じゃない』
『もー…親バカだなあ』
『そんなことないわ。使い方がもったいないくらいよ』

それから、僕を褒めちぎる母は、もういいから!って言うまで続いたっけ。
殺陣でお世話になってるアクション事務所の人たちも来てくれたし、ダンスの先生も来てくれた。

僕にとっても、転機となった舞台だったけど、そんな舞台のファンタジーの世界みたいな場所に、僕は今いるんだよね。

人生、何が起こるか分からない。



「レン様、アレックス様がお戻りになりました」

セバスに声をかけられて、はっとする。

いけない、みんなが仕事に戻ってくのを見送ってから、過去のことを思い出しちゃって、ぼーっとしてたかも。

セバスの後ろに、アレックスの姿があった。
制服のローブ姿のままだったけれど、僕に向ける表情は穏やかだ。

「待たせたな」
「ううん。…手紙、大丈夫だった?」
「ああ。今日向こうに行くことが使用人まで伝わっていないみたいだった。
行って対処できるものだったから、大丈夫だ」
「そっか」

本当に大丈夫そうにアレックスが言うから、そこまで難しいことじゃなかったみたいだ。

「もう行けるか?」
「うん。アレックスは?着替えなくていいの?」
「あー…そうだな……。や、このままでいい」

少し考えるそぶりをみせたから、制服姿が必要な用件なのかな?
帝都の別邸には僕とアレックスと二人だけで転移で行くと聞いていた。
それなら、僕も自分の力で転移してみたい。
部屋だけの移動じゃなくて、外への、距離のある移動は初めてだ。
それでも出来る確信がある。


「俺が転移して30秒数えたら来てくれるか?
万が一失敗してもひぱってやるから安心してくれ」
「わかった」
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