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本編

-170- 急ぎの手紙 アレックス視点

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「おかえりなさいませ、アレックス様。ユージーン様から帰宅後一度職場に戻るように、とご連絡いただきました」
「…他に言伝はあるか?」

帰って早々セバスに言われた言葉に、は?と聞き返さなかっただけマシだと思ってほしい。
今日は休みをもぎ取った。
それをあいつも知っているし、孤児院訪問の日だということも知っているはずだ。
レンがとても喜んでくれて、いつになくいい気分で帰宅したはずだった。
皆へレンからの土産を渡して、その返事がこれ、だ。
ため息をつきたくなる。

「帝都別邸のタイラーさんからアレックス様宛で、急ぎの手紙が届いている、と」
「タイラーから?…そうか、わかった。ならば、手紙の確認だけしてくる。どうせこの後直接行くんだ」
「直接お聞きしても良いのでは?」
「や、オリバーを通していない上に急ぎだろ?家の修復……や、貴族関係のトラブルかもしれない。
行く前に手紙を確認して、今日処理して欲しいことかもしれないから確認してくる」
「畏まりました」

急ぎの手紙で、それが、タイラーなら仕方ない。
タイラーは、帝都別邸に住んでいる友人のオリバー、その家令である。
家令と言ったって、あの別邸に住んでるのは、オリバーの他に、タイラー、そしてソフィアという家政婦だけだ。
どちらもワグナー子爵家の元使用人で、60を超えている。
今は神器様も一緒だろうが、その家令から俺に直接手紙が来るのは、家のどこかが修復が必要な時か、もしくはタイラーが対処できない貴族がらみのトラブルが発生した時だ。

友人のオリバーは見目がすこぶる良いせいで、色々とトラブルが多い。
元宮廷薬師で天才的な研究結果を残していたオリバーだったが、人とのトラブルが多すぎてストレスで退職した。
宮廷を離れた後にもいくつも成果を残しているし、なにより宮廷薬師時代に未発表としている研究結果もいくつかあるため、トラブルも少なからずある。

だが、辞めた後のトラブルについて、タイラーは出来るだけ本人の知らないところで処理をしているようだ。
立場上、処理できないものは俺に回してくる。
俺がそうしていいと許可しているからだ。

優しすぎるオリバーが毎回心を痛めるくらいなら、俺が処理した方が面倒ないだろう。
今までにいくつかあったが、帝都と言う場所は貴族の上下関係が物を言う場合が多い。
どちらが正しいか正しくないかが明らかでも、貴族の上下関係で覆ることは珍しくもなんともない。

俺の立場から言えば、ほぼオリバーと他家の貴族間によるトラブルは優位で処理できる。
同じ侯爵家だとしても、直接領地を賜っているのはうちだけだし、第一侯爵家はまだ親世代が現役だ。
宮廷薬師であれば、せいぜい伯爵家の者だ。
それも、当主として継いだものも次期当主もいない。
トラブルがあったとすれば、謝罪を受ける側だ。
まあ、よくもそう懲りなく手を回してくるな、とは思うが。

それに、宮廷薬師のときと同じように薬や研究結果を相手に譲って、不利益になることは絶対に避けたい。
もう俺たちはいい大人だし、友人としては過保護かもしれない。
けど、友人としてだけでなく領主としての立場からも買って出てるわけだから、まるまる善意とは言えないのも事実だ。


「手紙は、帝都の別邸からで急ぎだというから、とりあえず手紙だけ確認してすぐ戻る。
約束まではまだ少し時間があるし、レンもたくさん移動して子供たちと遊んで疲れただろうから、休んでいてくれ」

心配そうな顔を向けるレンに、なるべく穏やかに告げると、ほっとしたような顔になる。
セバスも俺も顔が厳しすぎたか……裏でやればよかった、と思ったが見せてしまったのだから仕方ない。
次からは気をつけたい。

「うん、わかった。皆にお土産渡して待ってるね」

…しまった、レンが買ってきたものだ。
直接手渡したかったのだろう。
配慮が足りなかった。

かすめるようにキスを落としたのは、誤魔化したかったからじゃない。
待ってるね、と言われて可愛かったからだ。
まあ、なんのいいわけにもならないのはわかってる。

「ああそうか…すまない、先にセバスに渡してしまったから、直接渡したいならセバスから受け取ってくれ。…行ってくる」
「行ってらっしゃい」



可愛い“言ってらっしゃい”の後に最初に目にするのが、笑顔のユージーンと書類の山というのは、本当に気持ちがだだ下がる。
うんざりした顔でユージーンを見やると、わざとらしく肩をすくめて一通の手紙をよこしてきた。
何を言われたってこの仕事の山は明日に回すぞ、というのは言わなくても分かってるからだろう。

「やあ、アレックス。…そんな顔しなくてもいいじゃないか、急ぎの手紙を知らせてあげた僕に感謝の一言でも欲しいくらいだよ」
「ああ…助かるよ、ありがとう」
「誠意がこもってないよ。っていうか、今日これから行くんだろう?その時でもいいと思うけれどねえ。君もあの使用人も過保護だねえ」

笑いながら口にするユージーンだって、結局オリバー相手に俺と変わらないくらいには過保護だ。
オリバーへの取次は、絶対にしない。
手紙もつっかえしているのを知っている。
相手の年齢が上であっても、立場が上であっても、引かない。
それを、煩わしく思っても、オリバーへ一切伝えていないわけだから、似たり寄ったりだろう。

手紙を確認すると、家の結界が弱まっていることと、昨夜に侵入者が三人いたこと、うち一人が伯爵家の者であること、現在地下牢にいることが書かれており、できるだけ早いうちに対処してもらえないかと書かれている。
できるだけ早いうちにって今日行くんだが……あ、またか。

「オリバーのやつ、今日俺が行くこと、少なくともこの手紙を出す時点では、誰にも言っていないんだろうな」
「またかい?」
「急にふらっと行くこともあるから、いつもならいいんだが。
これを貰った後だと、タイラーがいないとちょっと面倒かもしれない」
「まあ少なくとも夕飯までにはいつも帰ってくるのだろう?」
「ああ。…どちらにしても、先に確認出来て良かった。
言わなくてもわかるだろうが、その書類の山は明日にしてくれ」
「勿論そのつもりさ。ああ、言わなくても分かるだろうけれど、この山が二倍になっても三倍になっても文句は言わないでくれ?」
「わかったわかった」

手紙を空間へとしまい込むと、ひらひらと片手を振られる。
今日は機嫌がまだいい方だ、お互いに。
今日は、だが。

「オリバーによろしく」
「ああ」

笑顔で手を振られても、あんな台詞を返された後じゃ全く嬉しくない。
早くレンのところへ帰って、癒しが欲しい。

ため息を吐くのを我慢し、その場を後にした。
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