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本編

-148- 懸念 アレックス視点

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「やあ、アレックス様、本当に素敵な方を迎えられましたなあ」

ニックが感慨深く口にする。
ニコニコと良い笑顔だ。
だが、体格のせいかそれとも本来の性格のせいか…や、恐らくその両方だがセバスと同等の圧がある。
同等、とは言えないか、圧の質が違うからな。
だが、そう、セバスは故意にだが、ニックは無意識に良いように進める何かがある。
ただの体格の良い日に焼けた爺さんだったら、これほどまで経営が上手くいくはずがないんいだ。
本人の素質だ。

「ああ、俺にはもったいないくらいだ」
「何をおっしゃいますかあ、とてもお似合いですぞ。領民は皆レン様とアレックス様の話題で持ちきりだあ」
「念のために聞くが、気になるものはあったか?」

このマクマートリーが運営する牧場は、運送ギルドの休憩所となっている。
フィーテルの街から次の街までは、馬車で一時間ほどかかる。
途中乗換はないので、20分走り、20分休憩を入れ、更に20分走る。
栄えているといっても、帝都に比べれば人がずっと少ないわけで、そうすると必然的に運送も少ない。
これでも、少しずつ人口が増えているので運送の量も増えてきてはいる。
…と、話は戻るが、長閑なこの牧場でも一定数の客が毎日訪れる上に、店への配達もある。
世間話や話題に事欠かない上に、生産ギルド内の酪農の元代表でもある。

「いやあ、良い噂ばかりでしたぞ。
美しい上に笑顔がとても可愛らしいだとか、領民にも手を振って応えてくれた、店の扉前では警備隊の者にもお礼を告げられる優しい方だ、あとは、アレックス様もそれはそれはご執心だとかですな」
「そうか、ならよかった」

人にさらされることには役者だったことから慣れてはいるだろうし、エリソン侯爵邸の使用人が虜になるくらいだ、領民からは好かれる要素はあるだろうとは思っていた。
だが、闇属性で神器のレンが、どこまで受け入れてくれるかは、はっきり言って未知だった。
来て間もないのに、謂れのないことで悩ませたくはない。


「今年も、好調だったようだな」
「はい、好調も好調、絶好調でありますなあ。
バークレイ子爵も定期的に訪問してくださいますよ、昨日も来られましてなあ」

バークレイ子爵というのは、ここら一体を任せている子爵で、うちの領でも現在は潤いの多い地域だ。
フィーテルの街にマルシェが実現したのも、子爵の力があってこそで、孤児院もバークレイ子爵の地に隣接しているため、大変気にかけて貰っている。
ややこしくなるが、孤児院の運営はエリソン侯爵の下であり、その運営と土地はうちが直接管理を行っているものだ。
他にも、警備隊や学校もそれにあたる。
土地の大半は8つの貴族に任せているが、このようにうちが直接運営しているものもある。
直接…といっても、それぞれ人を雇っているので俺が直に行っているわけじゃないんだが。

バークレイ子爵の年は俺の一回り程上の方で、フットワークが軽い上に、性格は豪快にも強かで頼りがいのある方だ。
先を見通す力に長けているのは奥方で、手堅く、かなりのやり手である。
流石は元大商人の次男だ。
因みに子供は3人いて、出生はまちまちだが、全て養子である。
兄弟妹大変仲のいい兄弟で、兄が二十歳、弟は今年成人だったか。
妹は年が離れており、まだ10歳満たなかったはずだ。

「あの方は、奥方からの避難とチーズを買うのが目的じゃないのか?」
「ははっ!違いない!」

フットワークは軽い、仕事は出来るし、強かで頼りがいがあり信頼もあるが、家での生活がだらしないらしく奥方の怒りを良く買っているらしい。
怒られるとわかっていて馬を走らせるのだから、奥方の怒りは倍増だ。
奥方というのは、ときおり主人よりも強く手ごわい相手だ。
レンは…あのままでいて欲しい、切実に。


「と、まあ…冗談はさておき。ただ、ちいとばかし、絶好調すぎます」
「…何か問題があるか?」
「今年は全てにおいて豊作です。なんせ、気候がかなり良かったですからなあ」
「ああ、恵まれていた」
「うちだけじゃあない。ここ数年、帝国内の生産は豊作でした」

魔法具や魔道具を取り入れたとしても、良い肥料や薬を用意できたとしても、天候だけにはどうしても勝てない。
自然を相手にしているのだから当然だ。
だが、去年も一昨年もそのまた前も、ここ数年確かに気候は安定している。
おかげでうちは年々かなりの黒字をたたき出しているのだが。


「その中でも今年しゃあ格別です。『いささか良すぎて逆に懸念です』…と、バークレイ子爵夫人が呟いていたそうでしてなあ」
「……前はいつだったか覚えているか?」
「来年で丁度50年…嫌な年回りですなあ」
「生産ギルド内はどうだ?」
「まだ何も動いちゃあないです。それどころか実りが良かった分、勢いが良いようです」
「そうか」

なにが前がいつだったかというと、魔物化したバッタが大量発生した年から、だ。
50年前、まだ俺が生まれるよりずっと前だが、丁度復興し軌道に乗り始めたころだったためにエリソン侯爵領も多大なる被蓋を被ったらしい。
爺さまから聞いていた話をもとに、ここエリソン侯爵領では少しずつ対策に備え、被害を最小限に持ちこたえられるよう進めてきた。
だが、まだ足りていない。

50年が嫌な年回りというのは、その前もそのまた前も50年ごとだったために、帝国での蝗害は50年周期で起こる、という言い伝えがあるからだ。
だが、その蝗害も条件が揃わないと起こらないとされている。
その条件はいくつかあるんだが、それが該当するのか。
発生地はいずれも辺境の奥から、風に乗ってやってくるとされている。
だが、発生してからでは、対策は遅れる。
事前の準備が必要だ。

「まさか……黄色い悪魔?」

ぼそりと呟くジュードが青ざめている。
魔物化したバッタは、黄色い個体の大群で空を覆い尽くす為、黄色い悪魔とも呼ばれている。
壮絶だった話を、俺と一緒に聞いてきたから思い出しでもしてるのだろう。
対策のために、当時の話を爺さん婆さん連中に話を聞きに回った時期があったからな。

「ああ。バークレイ子爵夫人が、というのが、な」
「先を見据えるのが得意な方ですからね」
「ああ」

「まあ、実際来るとなってもまだあと半年以上先の話だあ」
「年度末の報告で話し合うことにしよう、情報感謝する。他には何かあるか?」
「あとは、うちの新商品の味を是非!」

暗い話は終わりだとばかり、ニックはにこにこと焼き菓子をよこしてきた。
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