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本編

-143- 牛舎の見学

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「レン様、その…汚れてしまうかもしれませんが大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。今日は孤児院の子供たちと遊ぶから、元々汚れても良い服だし、浄化魔法をかければ汚れは落ちるから気にしないよ」

少し心配そうに言うお婆さんはニックの奥さんで、ベネッタさんだ。
細身で物腰が柔らかで、きっと若い時はとても美人だったんじゃないかなあ。
今も日に焼けてはいるんだけれど、とても綺麗な人だ。
広いつばの麦わら帽子と、花柄のエプロンが良く似合ってる。
ニックとは違って、僕といることで緊張してる気がするし、今まですれ違った人たちより遠慮がちだ。

「ベネッタさんは、もしかして出身はエリソン侯爵領とは別のところで貴族の生まれだったりする?」
「…はい。アンダーソン公爵領の生まれです。貴族…とは少し異なりますが、父が一代限りの男爵でした」
「そっか。所作が綺麗だからそうかなって思って。
僕のいたところは貴族とか庶民とかなかったんだ、昔はあったんだけれどね。
だから、今はアレックスの傍で色々勉強中なのだけれど、帝国貴族って感じは難しくて」
「レン様は凄く庶民的ですよー、こんなに綺麗な顔してますけど、フィーテルのマルシェのサンドを原っぱに座って、満足そうに食べる方です」
「まあ…」

僕の言葉の後に、セオが面白そうにベネッタさんに声をかける。
ベネッタさんは、びっくり顔で呟いて、僕を見てきた。
本当にびっくりしてるみたいだ。

うん、僕がアレックスの神器だってことは知ってるだろうし、となると、どんな性格かっていうのを誤解されても仕方ない。
お父さんが男爵だったのなら、貴族のお付き合いもあったかもしれないし。
僕に対して嫌悪感が無いだけずっとマシだよね。
セバスから聞いた話だと、神器様って、皆気高い感じだもん。
僕も黙ってれば孤高な感じって言われるし、演技すれば気高く出来るけど、地はかけ離れてるって自覚してる。

「乳牛を見るのは初めてだし、乳しぼりをさせてくれるっていうから楽しみにしてるんだ」
「そうでしたの?ごめんなさい、てっきりニックがごり押ししたのかとばかり…」
「あー、ニックさんは笑顔で押しが強いですもんねえ」

「本人自覚なしなのが問題ですのよ?それでうちは上手くいってるのですからあのままで良いのかと思って咎めずにいるのですが、時折、相手の方のご迷惑になっていないかと心配になりますの」
「エリソン侯爵領なら皆良い人たちばかりだから大丈夫そうだけれどなあ。
アレックスだって、気に入ってなければ、きっとふらっと立ち寄ったりなんてしないよ?」
「そう、ですわね、ええ、そうですね!心配事ばかりいって本当にごめんなさい」
「ううん、緊張させてしまってたら申し訳ないなって思って。良かった」

ベネッタさんがにこやかな笑顔を見せてくれたところで、牛舎に到着だ。
まずは牛舎に案内してもらう。

思った感じと違うのは、広いスペースが大きく8個に区切られているだけで、スペースごとに鍵もない。
一頭ずつ鍵がかかるわけじゃないみたいだ。
歩く道と、休む場所の土の色が違う。
スペースの土は、ふわふわでさらっとしているように見える。
更に、奥にも扉があって、他にもスペースがありそうだ。

「触ってみてもいい?」
「ええ、どうぞ」

やっぱり、さらっとしてるし、ふわふわしてる。
それに、少し温かい。
歩いている地面を触ってみる。
うん、温度差がある。

「温かいし、ふわふわしてるね?夏は涼しいの?」
「はい、温度は居心地の良いよう冬は暖かく、夏は涼しく魔法具で調整されています。
この土の下にプレートがあって、土の温度を調整してるのです。
土も3層で、体に優しく居心地が良いようになっています。
それに、寝床や水場を清潔に保てるよう工夫しております」
「部屋ごとに鍵もないんだね?」
「はい。ですが、家族ごとに決まったスペースに戻るのです。戻りたがらない牛は奥のスペースに行かせます。
恋人が欲しくなったり、出来たりすると、自然とそうなるんですよ」
「人間と一緒だね」
「ええ」

魔物の乳牛は、一夫一婦で、死ぬまで一緒のスペースで暮らすらしい。
元の世界の牛たちがそうなのかまでは知らないけれど、ここにいる乳牛は家族ごとに一つのスペースを使うし、縄張り闘いもない。
子牛は、一生のうちに3~4頭生まれるみたいだ。
子牛と一緒にいる牛もいれば、夫婦だけの牛もいる。
勿論、雄は乳が出ないけれど、エリソン侯爵領では自然に任せているから雄もちゃんと育てられて、商品を運ぶ為に牛車を引いたり、お見合いのために牧場を離れていくこともある。
場合によっては領外に出ることもあるみたい。

ちゃんと血が濃くならないように、子供が生まれたり家族が出来たらギルドに報告してるし、一頭一頭ピアスタグをして、名前と記号番号が振られて場所が移ってもちゃんと分かるようになってるらしい。

それに、乳牛の雄雌の比率は、確率的には雌の方がほんの少しだけ多いんだとか。
大きくなってもスペースを移りたがらない雌もいるみたいだ。
けれど、乳牛たちのお見合いは、雄が移動するだけで、雌は移動しないんだって。
まあ、そうだよね、妊娠しなくたって牛乳がとれるんだし、親元離れたくない牛を放すわけにはいかない。
離れたがらなくてもお見合いに来た雄とまた新たな家族を作ることも珍しくないようだ。

「お乳が出なくなった牛たちはどうなるの?」
「高齢でお乳が取れなくなったら、乳牛たちは約一年後に寿命を迎えて亡くなります。
雄の方が短命であるため、雄が寿命で亡くなるころに雌はお乳が出づらくなります。
療養してもらうために一番奥のスペースに移動したり、子供や孫の代がいれば一緒のスペースに招かれることもあります。
そうして空いたスペースを整えて、新しい家族を迎える準備をはじめなければなりません」

役目を終えたからと言って、エリソン侯爵領では殺されることがないようだ。
牛たちは大体20年間お乳を出してくれるらしい。
生まれて1年が経過したころからお乳が取れて、そこから20年程毎日だ。
マクマートリーさんのところでは、30頭前後を飼育できるように体制を整えてるらしいし、エリソン侯爵領の3つの酪農で協力して雄雌偏りがないように調整されてるようだ。

因みに寿命で亡くなってしまった牛たちは、肉は勿論、革や骨なども加工して商品となる。
命を無駄にしない、凄く大切にされてるんだなあ。
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