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本編

-132- 出発

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「おはよートム爺さん」
「おはよう、セオ」
「ちょ、エラッ!扉齧っちゃダメだろー」

トムへの挨拶もそこそこ、セオがむっとした声をあげて、エラの方に近づいていく。
エラだけおやつを貰えなかったから可哀そうなことをしちゃった。

「エラだけ先におやつをあげられませんでしたから、すねてるのかもしれませんね」
「あー……なるほど」

トムから切り分けられたりんごをうけとりながら、セオは僕とテンを目にして仕方なさそうに笑った。
馬装はトムじゃなくて、騎乗する主が行うようだ。
手入れは全てトムがしてるそうなのだけれど、乗る前に鞍や鐙をつけながらの最終点検は、実際に乗る主が行うそうだ。
信頼関係を築く大切な作業なんだね。

アレックスの横で僕も一緒にその様子を眺める。
きれいな蹄だ。
平らで、割れてもいないし凹凸もない。

「蹄に蹄鉄は打たないの?」

乗馬の馬には蹄鉄が打たれてるものっていうのが僕の勝手なイメージだ。
アクセサリーや縁起のいいモチーフとして有名だったからだ。

「ん?ああ、長時間馬車を引かせるときや帝都に出るときは打つが、うちの領内では基本打たないな。
芝生や土が多いし、石畳でも道の凹凸が少ない」
「そうなんだ」
「鞍には軽量化の魔法がかかっているから、負担も少ないんだ」
「そっか、僕が乗ってもテンの負担になりにくいなら良かった」
「そこは気にしなくて大丈夫だぞ?…よし、今日も綺麗な蹄だ」

魔物であっても馬は馬。
生き物だ。
感情はちゃんとある。
それに、蹄が痛めば傷も出来るし、血も出るし、病気になることもある。

おとなしく鞍を取り付けられながらも、僕が気になるようで、テンはちらちらと僕を見てくる。
可愛いのでそのたびに撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めるんだ。
僕をちゃんと認めてくれるようで嬉しい。

「なんだ、随分好かれてるな」
「うん、アレックスに似たんだね」
「ははっ、そうだな。……さて、どうやって乗ろうか」

ジュードもセオもアレックスも、鞍を手に軽々と飛び乗ることができるようだ。
うーん…運動神経は良い方だし、テンは高いけれど僕も練習すれば乗れるだろうけれど、初めてだから重心が傾くとテンの負担になるかもしれない。
かと言って、足場を組むのは避けたい。
馬の二人乗りでどうやるのが一番いい乗り方なのか全く分からない。
そもそも僕は後ろに乗るのかな?前に乗るのかな?


「出発しますか?」

エラの鞍付けが終わったセオが手綱を手にこちらに来る。

「ああ。…セオ、恋人同士が相乗りの時はどっちが先に乗るんだ?」
「へ?どっちが?あ、あー、前に乗る方が先ですかね。初めてですし、レン様は前に乗せるでしょ?」
「ああ」

一瞬セオが顔を赤くしてうろたえる。
相乗りすることもあるって、彼氏さんと乗ることもあるってことだったのかな?
セオが恥ずかしがる要因っていうのが、自分と彼氏さんのことに限ってみたいだと分かってきた。

それと、僕は前に乗るみたいだ。
前に乗る方が景色が楽しめそうだし、何より後ろにアレックスがいてくれる方が安心する。


「最初は補助があった方が良いですね。
俺が下から持ち上げますんで、体勢が崩れそうならアレックス様が横で支えてあげてください。
多分、それが一番いいと思います」
「………」
「お顔が怖いですー、持ち上げるって言ったって、腕で足の裏を持ち上げるだけですよ?土台になるだけです土台、補助ですよ?」
「………」
「俺がレン様の真横で背中やお尻を支えるよりマシでしょー?レン様運動神経良いですし身軽ですしバランスもいいですから、一回やって上手に乗れるようでしたら次からアレックス様が同じように乗せてあげればいいじゃないですか」
「なるほど、わかった」

僕のことになるとアレックスは妥協しない。
セオは、線引きはすれども、元々あまり遠慮しない性格なのか、アレックスに対しても言う時は言うし、軽口もたたく。
不躾ではないし、そこには信頼があるからこそなんだろうけれど、アレックスが、使用人との近い関係を築いてるのが、いいなって思う。
お祖父さんの時からもそうだったのかなあ。

それにしても、セオの腕を土台にか。
セオは、長袖だし、左腕だけ手首の上から肘の上くらいまでの薄くて短いプロテクターのようなのをしてるけど、このブーツを履いたまま踏むのにはちょっとだけ抵抗あるかも。

「どんな想像したんですかーもー…んー先に見本を見せたほうが良いですね。ジュード、補助するから見本見せてあげてー」
「了解。レン様、セオは俺ですら持ちあげられるんですから、遠慮せずに安心して体重かけてくださいね」
「そーそ、馬の負担や怪我の原因になりますからね」

ジュードは、僕の性格がだんだん分かってきたのかも。
僕の懸念してることを先に言ってくれた。
気持ちを察するのは、案外聡いのかもしれない。

「うん、わかった」

乗り方は、見る分には簡単だった。
鞍に手を添えて、セオの足場に左足をかけて、持ち上げて貰ったら右足で跨いで乗るだけだ。
最初からテンを撫でるときに左側だったからあまり気にしてなかったけれど、乗り降りするときは毎回左側にいるものらしい。

僕の鐙はないから、跨ってそのまま鞍の前を持つだけで良いみたい。
手綱はアレックスが持ってくれるし、アレックスが乗ったら、安全用に二人用のベルトをするようだ。
鞍は、二人乗り用の鞍になってるみたいで、言われてみればエラやランディのものと違って長さのあるもので、前がつかみやすくなってる。

「こんな感じです。出来そうですか?」
「うん、大丈夫だと思う」
「じゃあ、やってみましょう」
「うん、お願いします」

万が一体勢を崩した時には真横にいるアレックスが支えてくれるって思うと、安心して出来た。
イメージ通りに乗ることが出来たし、アレックスの支えもなく大丈夫だった。

「乗れた!」
「初めてなのに随分綺麗に乗れましたね」
「身軽ですね、練習すればすぐに一人でも飛び乗り出来ますよ」
「そうだな。とりあえず、今日はこの後、俺の補助だけで大丈夫そうだな」

アレックスがテンに飛び乗り、ベルトを締める。
まだアレックスが乗馬に不慣れな時に、使っていたベルトみたい。
初めての乗馬でドキドキする。

「背中は俺に預けるようにして、まっすぐ前を向いていれば大丈夫だ。
変に体に力が入っているとテンも緊張が伝わるし、なにより疲れてしまうから、出来るだけリラックスして乗ってくれ」
「そっか、わかった」
「じゃ、いくぞ。今日はレンが一緒だからな、ゆっくり行こう」
「エラ、ゆっくりだぞー」

エラは早掛けが得意って言っていたけれど、駆けるのが好きなのかもしれないなあ。
セオがエラの首元を軽く叩いて宥めてる。
セオとエラが先頭に、僕らが真ん中、ジュードとランディが後ろにと続いていくみたいだ。

テンが、エラに続いて一歩を踏み出した。
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