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本編
-116- レンの演技力 アレックス視点
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『あの演技力は大したものですが』というセバスの言葉を思い出す。
『演技ではなく、きっと本心からだと思いましたので』というレオンの言葉。
美しく、隙のない、帝国に生きる貴族夫人として完璧な、お手本のような優雅なしぐさと微笑みで俺を見る。
ああ、レンは演技をしているのだ。
レンではなく、誰もが認める理想的な侯爵夫人という人物を演じているのだろう。
飲み物と、前菜が運ばれてくる。
まるで、宝石箱から零れ落ちたかのような、綺麗な前菜だ。
オレンジ色のソースが流れるように円を書き、その上を、丁寧に調理された色とりどりの自領の野菜が盛り付けられている。
更に、美しい食用花の花びらがふわりと彩りを添えていた。
今夜は、より気合が入っているようだ。
『わあ、凄く綺麗だね!』
『いただいてもいい?』
普段なら目を輝かせながら口にするだろう。
だが、驚いた様子も見せずに、そっとナイフとフォークを手にし、美しい所作でそれを口へと運んだ。
俺も、茫然としながらも自分の口へと一口運ぶ。
少し酸味のあるソースが複雑ながらも旨い。
フルーツの香りが漂うこの味は、きっとレンの好きな味だろう。
『これは何を使ってるの?』
『そっか、凄く好きな味』
いつものレンなら、色々と聞いて、感想を述べるはずだ。
にこにこと美味しそうに口へと運ぶレンを見ていると、一緒に食べていて俺までより旨く感じる。
それに、同じ美味しさを共有できていると実感できる。
だが、どうだ?
確かに味わってはいる、旨いと感じてはいるだろう。
だが、本当に食事を楽しめているだろうか?
…ないな、演技の方に集中してるはずだ、その余裕までないだろう。
これを夕食に毎回続けられるのか?
というか、続けさせるのか?
そんなん、すげー拷問だろ。
何やらせてんだろうか、俺は。
「うん、美味しい」
「あー……まった、たんま、ストップ」
「ん?」
「やっぱ、食事は普通に楽しみたい。ナイフやフォークの使い方や、姿勢だけにしてほしい」
「何か、アレックスに気に障ることがあった?」
「あー気に障るっつーか……」
気に障るんじゃなくて、こんなことを毎回夕食時に続けさせる必要があるか?
ねえだろ。
目の前にするのがキツい。
「んー…どういう感じが良い?アレックスの望むとおりに演じるよ」
俺の望む通りに演じる?
そんなことしなくていい、いつものレンが一番いい。
いらねえだろ、そんなん。
「や、いらない」
「え?」
「必要ない」
「…そっか」
普段通り、楽しく食事をしてほしい。
美味しいなら美味しいと、素直に言葉と態度でありのままのレンでいてほしい。
「アレックス様、言葉が圧倒的に足りませんよ」
「は?……レン、どうした?」
セバスが責めるような視線を俺に一度向けると、呆れかえるような口調で小言を言ってくる。
俺はそんなにどうしようもない主だろうか、そう思うも、レンに目を向けると戸惑いの色強く一口も進んでいない。
それどころか、手も動いていないようだ。
「うん、いらない、必要ないっていうから…どうしたらいいのかなって思って。
僕のなにが駄目だったのかなって分からなくて」
寂しそうに呟くレンは、いつものレンそのもので、もう演技などしていなかった。
だが、俺の言ったことは何一つ伝わっていなかった。
いや、確かに、そう言った。
『いらない、必要ない』と、俺は言った。
他でもないレンを傷つけてしまうなど、本当に俺は何をやってるんだろうか。
セバスが呆れ果てるのも当然だ。
自分で自分が嫌んなる。
急いで立ち上がり、レンの前へとしゃがみ込む。
食事中だろうが関係ない。
言い訳じゃない、弁解じゃない、自分を正当化させたいためじゃない。
傷つけてしまったことに、誠意をもって謝りたいだけだ。
俺が傍まで来ると、レンは、ナイフとフォークを置き、姿勢を変えて向き合ってくれた。
悲しそうな顔を向けるレンの両手を、出来るだけ優しく取る。
「すまない、レンのなにが駄目だったわけじゃない。
必要ないと言ったのは、今、俺の前で演技をする必要はないって言いたかっただけだ。
セバスが、可愛い顔をするなと言ったから、二回目は最初から演技をしてしただろ?」
「うん…、じゃないと、とっさの時にボロがでるって思って」
やっぱりか。
まるで別人のようだった。
レンは、他でもない。
ただ、俺のためだけに演じてくれたのだ。
それを思えば、嬉しい。
けど、俺は、そんなことさせたくない。
少なくとも、ここにいる限りは、自由にレンらしく過ごしてほしい。
「分かってる。けど、それは本番だけでいい。
今から演技なんてしなくていい」
「でも……」
悩んでるようだ。
極力可愛らしいお顔はしないように、というのが効いているんだろう。
まあ、確かに普段のレンを他領の貴族には見せたくはない。
それもこれも、俺を敵視している貴族が多いからだ。
勿論、他領であっても、懇意にしている貴族もある。
だが、それは俺が新しく築いたものではなく、祖父さまの代から、もしくはその前からの付き合いばかりだった。
こんなことをさせてしまうのは、ずっと一人だろうからと、新しい繋がりを作らなかった俺の落ち度だ。
「普通にレンとの食事を楽しみたい。
折角一緒に美味しい食事を食べているんだから、演じられてるより素のレンと過ごしたい。
これは、俺のわがままだ。
だけど、聞いてくれないか?」
「いいの?」
「ああ、その方がずっといい。普段通りのそのままのレンが一番いい」
「うん」
嬉しそうに笑うレンが可愛い。
ああ、レンはすげー可愛い。
誰にも見せたくない、いや、皆に見せびらかしたい。
対局にある二つの感情が大きく揺れ、行ったり来たりする。
「美味しかったら美味しいと言えばいいし、気になることがあったら訪ねていい。
いつもどおりのレンでいてくれ。それが一番嬉しい」
「わかった」
「傷つけてすまなかった」
「ううん」
「食事の続き、出来そうか?」
「うん」
「良かった」
ああこれでやっとレンと食事を楽しめるだろう。
そう思った俺は、セバスを甘く見ていた。
『演技ではなく、きっと本心からだと思いましたので』というレオンの言葉。
美しく、隙のない、帝国に生きる貴族夫人として完璧な、お手本のような優雅なしぐさと微笑みで俺を見る。
ああ、レンは演技をしているのだ。
レンではなく、誰もが認める理想的な侯爵夫人という人物を演じているのだろう。
飲み物と、前菜が運ばれてくる。
まるで、宝石箱から零れ落ちたかのような、綺麗な前菜だ。
オレンジ色のソースが流れるように円を書き、その上を、丁寧に調理された色とりどりの自領の野菜が盛り付けられている。
更に、美しい食用花の花びらがふわりと彩りを添えていた。
今夜は、より気合が入っているようだ。
『わあ、凄く綺麗だね!』
『いただいてもいい?』
普段なら目を輝かせながら口にするだろう。
だが、驚いた様子も見せずに、そっとナイフとフォークを手にし、美しい所作でそれを口へと運んだ。
俺も、茫然としながらも自分の口へと一口運ぶ。
少し酸味のあるソースが複雑ながらも旨い。
フルーツの香りが漂うこの味は、きっとレンの好きな味だろう。
『これは何を使ってるの?』
『そっか、凄く好きな味』
いつものレンなら、色々と聞いて、感想を述べるはずだ。
にこにこと美味しそうに口へと運ぶレンを見ていると、一緒に食べていて俺までより旨く感じる。
それに、同じ美味しさを共有できていると実感できる。
だが、どうだ?
確かに味わってはいる、旨いと感じてはいるだろう。
だが、本当に食事を楽しめているだろうか?
…ないな、演技の方に集中してるはずだ、その余裕までないだろう。
これを夕食に毎回続けられるのか?
というか、続けさせるのか?
そんなん、すげー拷問だろ。
何やらせてんだろうか、俺は。
「うん、美味しい」
「あー……まった、たんま、ストップ」
「ん?」
「やっぱ、食事は普通に楽しみたい。ナイフやフォークの使い方や、姿勢だけにしてほしい」
「何か、アレックスに気に障ることがあった?」
「あー気に障るっつーか……」
気に障るんじゃなくて、こんなことを毎回夕食時に続けさせる必要があるか?
ねえだろ。
目の前にするのがキツい。
「んー…どういう感じが良い?アレックスの望むとおりに演じるよ」
俺の望む通りに演じる?
そんなことしなくていい、いつものレンが一番いい。
いらねえだろ、そんなん。
「や、いらない」
「え?」
「必要ない」
「…そっか」
普段通り、楽しく食事をしてほしい。
美味しいなら美味しいと、素直に言葉と態度でありのままのレンでいてほしい。
「アレックス様、言葉が圧倒的に足りませんよ」
「は?……レン、どうした?」
セバスが責めるような視線を俺に一度向けると、呆れかえるような口調で小言を言ってくる。
俺はそんなにどうしようもない主だろうか、そう思うも、レンに目を向けると戸惑いの色強く一口も進んでいない。
それどころか、手も動いていないようだ。
「うん、いらない、必要ないっていうから…どうしたらいいのかなって思って。
僕のなにが駄目だったのかなって分からなくて」
寂しそうに呟くレンは、いつものレンそのもので、もう演技などしていなかった。
だが、俺の言ったことは何一つ伝わっていなかった。
いや、確かに、そう言った。
『いらない、必要ない』と、俺は言った。
他でもないレンを傷つけてしまうなど、本当に俺は何をやってるんだろうか。
セバスが呆れ果てるのも当然だ。
自分で自分が嫌んなる。
急いで立ち上がり、レンの前へとしゃがみ込む。
食事中だろうが関係ない。
言い訳じゃない、弁解じゃない、自分を正当化させたいためじゃない。
傷つけてしまったことに、誠意をもって謝りたいだけだ。
俺が傍まで来ると、レンは、ナイフとフォークを置き、姿勢を変えて向き合ってくれた。
悲しそうな顔を向けるレンの両手を、出来るだけ優しく取る。
「すまない、レンのなにが駄目だったわけじゃない。
必要ないと言ったのは、今、俺の前で演技をする必要はないって言いたかっただけだ。
セバスが、可愛い顔をするなと言ったから、二回目は最初から演技をしてしただろ?」
「うん…、じゃないと、とっさの時にボロがでるって思って」
やっぱりか。
まるで別人のようだった。
レンは、他でもない。
ただ、俺のためだけに演じてくれたのだ。
それを思えば、嬉しい。
けど、俺は、そんなことさせたくない。
少なくとも、ここにいる限りは、自由にレンらしく過ごしてほしい。
「分かってる。けど、それは本番だけでいい。
今から演技なんてしなくていい」
「でも……」
悩んでるようだ。
極力可愛らしいお顔はしないように、というのが効いているんだろう。
まあ、確かに普段のレンを他領の貴族には見せたくはない。
それもこれも、俺を敵視している貴族が多いからだ。
勿論、他領であっても、懇意にしている貴族もある。
だが、それは俺が新しく築いたものではなく、祖父さまの代から、もしくはその前からの付き合いばかりだった。
こんなことをさせてしまうのは、ずっと一人だろうからと、新しい繋がりを作らなかった俺の落ち度だ。
「普通にレンとの食事を楽しみたい。
折角一緒に美味しい食事を食べているんだから、演じられてるより素のレンと過ごしたい。
これは、俺のわがままだ。
だけど、聞いてくれないか?」
「いいの?」
「ああ、その方がずっといい。普段通りのそのままのレンが一番いい」
「うん」
嬉しそうに笑うレンが可愛い。
ああ、レンはすげー可愛い。
誰にも見せたくない、いや、皆に見せびらかしたい。
対局にある二つの感情が大きく揺れ、行ったり来たりする。
「美味しかったら美味しいと言えばいいし、気になることがあったら訪ねていい。
いつもどおりのレンでいてくれ。それが一番嬉しい」
「わかった」
「傷つけてすまなかった」
「ううん」
「食事の続き、出来そうか?」
「うん」
「良かった」
ああこれでやっとレンと食事を楽しめるだろう。
そう思った俺は、セバスを甘く見ていた。
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