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本編

-111- 食事の楽しみ方

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アレックスがびっくりしたような顔を向けて、ナフキンをどかして慌てて立ち上がると僕のそばまでくる。
一口以降、動いていなかったナイフとフォークをそっと置いてから、アレックスと向き合った。
アレックスが片膝をついてしゃがみこみ、僕の両手を優しく取ってくれる。

「すまない、レンのなにが駄目だったわけじゃない。
必要ないと言ったのは、今、俺の前で演技をする必要はないって言いたかっただけだ。
セバスが、可愛い顔をするなと言ったから、二回目は最初から演技をしてしただろ?」
「うん…、じゃないと、とっさの時にボロがでるって思って」
「分かってる。けど、それは本番だけでいい。
今から演技なんてしなくていい」
「でも……」

演技をしていないと、何かあった時に地が出ちゃう。
それは、表情に出ちゃうかもしれないし、所作に出るかもしれない。

「普通にレンとの食事を楽しみたい。
折角一緒に美味しい食事を食べているんだから、演じられてるより素のレンと過ごしたい。
これは、俺のわがままだ。
だけど、聞いてくれないか?」
「いいの?」

素の僕じゃ、会話の途中で運ばれてきたら、無意識にお礼を言っちゃうかもしれない。
美味しさに驚いちゃうかもしれないし、口元が緩んじゃうかもしれない。
そうなったら、アレックスが困るんじゃないかな?

「ああ、その方がずっといい。普段通りのそのままのレンが一番いい」
「うん」

困らないみたいだ。


「美味しかったら美味しいと言えばいいし、気になることがあったら訪ねていい。
いつもどおりのレンでいてくれ。それが一番嬉しい」
「わかった」
「傷つけてすまなかった」
「ううん」

片手を離して、僕の頬を優しく撫でてくれる。
アレックスは、優しい。
それに、素の僕を一番求めてくれる。
いつも通りの僕でいいんだって、それが一番嬉しいって。
僕も、凄く嬉しい。

「食事の続き、出来そうか?」
「うん」
「良かった」

それから席に着いたアレックスは、セバスから何度か肘の角度やら背筋やらを注意されていた。
その度に、ピタリと一瞬止まり、顰め面になってた。
そこまで気にならないのにな、ちょっと体勢を崩すとすかさずチェックが入ってくる。
セバスは厳しい。
そう思うも、食べ終わるとアレックスは、『やっぱり食事のマナーはせめて本番一週間前にしよう』と言い出した。

「基本的マナーを必要としていらっしゃるのは、レン様ではなくアレックス様の方ですが」
「わかっている」
「ならば、結構。日ごろから気を付けていただくだけでも違うでしょう」

アレックスは、大きくため息を吐いた後に、僕を抱き寄せてくる。
疲れちゃったかな?
食事で疲れさせちゃうのは良くないことだ、この後も仕事なのに。


戻るまでは、まだ少し時間がある。
お茶を一杯飲むくらい出来るから、談話室へと移動した。
ゆったりしたソファに一緒に腰かけたら、少しは休めるかな?

「疲れちゃった?」
「セバスが厳しすぎる」

運ばれてきた紅茶に口をつけながらアレックスは呟く。
紅茶を運んできたのは、勿論セバスだ。
セバスはというと、アレックスの呟きを聞いて、聞こえるように大きなため息を吐いた。

「ふふっ、頼りになるね」
「はあ……。戻りたくねえな」

戻りたくないみたいだ。
アレックスが僕を抱き寄せてくる。
柑橘系の少し甘い優しいオレンジの香りが香る。
僕もアレックスと一緒にいたいけれど、快く仕事を送り出すのが僕の役目だ。
勿論、こうやって甘えられて、ちょっとの弱音を吐かれて、嬉しくないわけない。

ああ、さっき、アレックスもそんな感じだったのかな。
素直でいて欲しいと望まれるなら、アレックスの前では極力素直でいたい。

「20時には戻ってくるって聞いてるよ。待ってるから、帰ったら一緒にお風呂に入ろう?」
「っ、わかった」
「約束したもんね?」
「ああ、そうだったな」
「忘れちゃった?」
「いや、忘れてない。………行ってくる」
「行ってらっしゃい」

合わせるだけの口づけの後、セバスからローブを受け取ったアレックスは魔法省に戻っていった。
アレックスが戻ってくるまで一時間。


「ねえ、セバス、マーティンはもう上がれた?」
「はい、先ほど厨房を上がったところです」
「そっか。果物とか栄養のあるものとか、ご家族分持たせてあげたいのだけど、出来る?」
「はい、ご用意致しましょう」
「僕も一緒に用意したい」
「レン様も、ですか?」
「うん」

セバスがちょっとびっくりしてる。
こういうのは、侯爵夫人のやることじゃないとかあるのかな?
でも、言い出したのは僕だから、少しだけ手伝いたい。

「かしこまりました。ならば一緒に厨房へ行ってみましょうか。イアンと相談して決めて頂きましょう」
「うん」
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