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本編
-110- 必要とされたい
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「アレックス、お帰りなさい!」
今度はちゃんと出迎えられた。
アレックスが、今から帰る、とちゃんとセバスに連絡をくれたみたいだ。
セバスが、どこに戻るかを聞いてくれて、食堂じゃなくて一度ロビーに戻るって教えてくれたんだ。
「ただいま、レン」
アレックスが、僕を見て甘やかに笑う。
そうして流れるような自然な動作でそっと抱き寄せてからの、優しい口づけ。
特別だって思えて、また胸が高鳴る。
アレックスといるといつも胸が煩いというか、忙しい。
「随分可愛くしてもらったな、ブーツも履いたのか?」
「うん、ディナーの時はマナーをセバスから教えてもらうから、ブーツも履いた方が良いって言われて。髪も綺麗にしてもらったよ」
「ああ、凄く似合ってる」
「ありがとう。このまま向う?」
「ああ。…悪いな」
「ううん、全然だよ。一緒に食事が出来るの嬉しい」
「そうか。俺も嬉しい」
「うん」
席につく前、部屋に入るところからすでにマナー講義は始まってる。
アレックスは、着替える時間はないからと、今日はローブを脱いで上着は着たままだ。
それでも、完璧なエスコートで頼もしい。
エスコートをしたことはないわけじゃないようだけれど、学生以降は、お祖母様のみだという。
することなんてないからと言っても、それはわからないからと、毎回厳しい指導が入っていたみたいだ。
「ありがとう」
「ああ」
椅子まで案内されて、お礼を言うと、頬に口づけが落ちてくる。
思わず口が緩んじゃうと、すかさず、パンと手を叩く音が聞こえてきた。
セバスだ。
「…なんだ」
アレックスがむっとした顔でセバスに目を向ける。
「アレックス様、いくらレン様が可愛くても、そう簡単に外で口づけは行いませんよう…まあ、領内の店によっては、喜ばれるだけかもしれませんが、帝都であれば、祝賀会の席どころか店ですら今のは完全にマナー違反もいいところです」
「家なんだ、いいじゃないか」
「…マナーをお願いしたいとおっしゃったのは?」
「分かった、悪かった」
「それと、レン様」
う、僕も駄目っぽい。
「はい」
「帝都では、エスコートされた後のお礼は口に出す必要はありません」
「そうなの?」
「はい。当然のものと、受け取ってください。お礼は心の中でおっしゃってください。アレックス様に対しても、です。一度優雅に微笑むだけで結構です」
「わかった」
「あと、極力可愛らしいお顔はしないように」
「う……わかった」
「もうすでに可愛らしくなってますよ。では、もう一度部屋に入るところから」
厳しいなあ、これは地だとオッケーが貰えないかもしれない。
孤高な、少し高貴な侯爵夫人で、隙を見せないように。
差し出されたアレックスの手をそっと取って、見上げるとアレックスが少し驚いた表情をした。
うん、これでいいみたいだ。
歩くのにも、一歩一歩意識して踏み出す。
美しい所作で、アレックスの隣にいるにふさわしい夫人であるよう。
椅子に座り、セバスが言ったようにお礼は心の中でにとどめる。
優雅に微笑んでから、セバスに視線を移すと、頷かれる。
どうやら、合格のようだ。
飲み物と、前菜が運ばれてくる。
ここも、お礼は心の中で、だ。
いただきます、も心の中で、かな。
所作に気を付けて、ナイフとフォークで口へと運ぶ。
ふんわりとフルーツの香りと優しい酸味のあるソースが美味しい。
「うん、美味しい」
「あー……まった、たんま、ストップ」
「ん?」
なんだろう、アレックスが落ち着かないようにストップがかかった。
僕の態度があまりよくなかったのかもしれない。
アレックスは、どういった侯爵夫人が望ましいのかな?
「やっぱ、食事は普通に楽しみたい。ナイフやフォークの使い方や、姿勢だけにしてほしい」
「何か、アレックスに気に障ることがあった?」
「あー気に障るっつーか……」
「んー…どういう感じが良い?アレックスの望むとおりに演じるよ」
アレックスに恥をかかせるわけにはいかないし、最大限良く見せたい。
そのためには、今から出来ることをして、本番に臨みたい。
「や、いらない」
「え?」
「必要ない」
そう言って、アレックスは静かにナイフとフォークを進めた。
「…そっか」
必要ないって言われちゃうと、どうしたらいいか分からない。
アレックスにとって、僕のなにが駄目だったのかが分からない。
ナイフとフォークも止まっちゃう。
折角美味しい料理だ、無理やり口に運びたくはない。
もっと違う感じに、そうじゃない、としか言わない監督もいた。
だから、そういう人だって知ったときは、あらかじめ何パターンかを用意したり、最初はあたりを探ることから始めたりした。
でも、アレックスに対してはそう何度も駄目だしされたくない。
アレックスが望む通りの僕でありたい。
「アレックス様、言葉が圧倒的に足りませんよ」
「は?……レン、どうした?」
セバスが心底呆れたように言うと、アレックスは機嫌悪そうに一言返してから僕を見やる。
僕の手と口が進んでいないことに、心配そうに訊ねてきた。
怒ってはいないみたいだ。
「うん、いらない、必要ないっていうから…どうしたらいいのかなって思って。
僕のなにが駄目だったのかなって分からなくて」
言っててなんだか悲しくなってきちゃう。
必要だって思われていたいんだ、どんな時でも。
今度はちゃんと出迎えられた。
アレックスが、今から帰る、とちゃんとセバスに連絡をくれたみたいだ。
セバスが、どこに戻るかを聞いてくれて、食堂じゃなくて一度ロビーに戻るって教えてくれたんだ。
「ただいま、レン」
アレックスが、僕を見て甘やかに笑う。
そうして流れるような自然な動作でそっと抱き寄せてからの、優しい口づけ。
特別だって思えて、また胸が高鳴る。
アレックスといるといつも胸が煩いというか、忙しい。
「随分可愛くしてもらったな、ブーツも履いたのか?」
「うん、ディナーの時はマナーをセバスから教えてもらうから、ブーツも履いた方が良いって言われて。髪も綺麗にしてもらったよ」
「ああ、凄く似合ってる」
「ありがとう。このまま向う?」
「ああ。…悪いな」
「ううん、全然だよ。一緒に食事が出来るの嬉しい」
「そうか。俺も嬉しい」
「うん」
席につく前、部屋に入るところからすでにマナー講義は始まってる。
アレックスは、着替える時間はないからと、今日はローブを脱いで上着は着たままだ。
それでも、完璧なエスコートで頼もしい。
エスコートをしたことはないわけじゃないようだけれど、学生以降は、お祖母様のみだという。
することなんてないからと言っても、それはわからないからと、毎回厳しい指導が入っていたみたいだ。
「ありがとう」
「ああ」
椅子まで案内されて、お礼を言うと、頬に口づけが落ちてくる。
思わず口が緩んじゃうと、すかさず、パンと手を叩く音が聞こえてきた。
セバスだ。
「…なんだ」
アレックスがむっとした顔でセバスに目を向ける。
「アレックス様、いくらレン様が可愛くても、そう簡単に外で口づけは行いませんよう…まあ、領内の店によっては、喜ばれるだけかもしれませんが、帝都であれば、祝賀会の席どころか店ですら今のは完全にマナー違反もいいところです」
「家なんだ、いいじゃないか」
「…マナーをお願いしたいとおっしゃったのは?」
「分かった、悪かった」
「それと、レン様」
う、僕も駄目っぽい。
「はい」
「帝都では、エスコートされた後のお礼は口に出す必要はありません」
「そうなの?」
「はい。当然のものと、受け取ってください。お礼は心の中でおっしゃってください。アレックス様に対しても、です。一度優雅に微笑むだけで結構です」
「わかった」
「あと、極力可愛らしいお顔はしないように」
「う……わかった」
「もうすでに可愛らしくなってますよ。では、もう一度部屋に入るところから」
厳しいなあ、これは地だとオッケーが貰えないかもしれない。
孤高な、少し高貴な侯爵夫人で、隙を見せないように。
差し出されたアレックスの手をそっと取って、見上げるとアレックスが少し驚いた表情をした。
うん、これでいいみたいだ。
歩くのにも、一歩一歩意識して踏み出す。
美しい所作で、アレックスの隣にいるにふさわしい夫人であるよう。
椅子に座り、セバスが言ったようにお礼は心の中でにとどめる。
優雅に微笑んでから、セバスに視線を移すと、頷かれる。
どうやら、合格のようだ。
飲み物と、前菜が運ばれてくる。
ここも、お礼は心の中で、だ。
いただきます、も心の中で、かな。
所作に気を付けて、ナイフとフォークで口へと運ぶ。
ふんわりとフルーツの香りと優しい酸味のあるソースが美味しい。
「うん、美味しい」
「あー……まった、たんま、ストップ」
「ん?」
なんだろう、アレックスが落ち着かないようにストップがかかった。
僕の態度があまりよくなかったのかもしれない。
アレックスは、どういった侯爵夫人が望ましいのかな?
「やっぱ、食事は普通に楽しみたい。ナイフやフォークの使い方や、姿勢だけにしてほしい」
「何か、アレックスに気に障ることがあった?」
「あー気に障るっつーか……」
「んー…どういう感じが良い?アレックスの望むとおりに演じるよ」
アレックスに恥をかかせるわけにはいかないし、最大限良く見せたい。
そのためには、今から出来ることをして、本番に臨みたい。
「や、いらない」
「え?」
「必要ない」
そう言って、アレックスは静かにナイフとフォークを進めた。
「…そっか」
必要ないって言われちゃうと、どうしたらいいか分からない。
アレックスにとって、僕のなにが駄目だったのかが分からない。
ナイフとフォークも止まっちゃう。
折角美味しい料理だ、無理やり口に運びたくはない。
もっと違う感じに、そうじゃない、としか言わない監督もいた。
だから、そういう人だって知ったときは、あらかじめ何パターンかを用意したり、最初はあたりを探ることから始めたりした。
でも、アレックスに対してはそう何度も駄目だしされたくない。
アレックスが望む通りの僕でありたい。
「アレックス様、言葉が圧倒的に足りませんよ」
「は?……レン、どうした?」
セバスが心底呆れたように言うと、アレックスは機嫌悪そうに一言返してから僕を見やる。
僕の手と口が進んでいないことに、心配そうに訊ねてきた。
怒ってはいないみたいだ。
「うん、いらない、必要ないっていうから…どうしたらいいのかなって思って。
僕のなにが駄目だったのかなって分からなくて」
言っててなんだか悲しくなってきちゃう。
必要だって思われていたいんだ、どんな時でも。
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