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本編

-104- 文字とお金

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ピアノの調整も終わった後、アレックスが帰ってくる夕食までの間に時間がある。
書斎で、この国のことやエリソン侯爵領についてのお勉強だ。
最初は文字の勉強をしたんだけど、でもしようとしたら、出来なかった。
…というか、必要なかった。


「んー…どうしよう、セバス、文章が書けないよ」
「どういたしました?」
「一文字ならこうやって……真似て書けるんだけれど、意味を成す言葉にすると、書けないっていうか…文字自体がね、見えないんだ」

一文字一文字は、文字表で認識が出来る。アルファベットの筆記体のような文字で真似て書くことは出来た。
でも、やっぱりというか、単語でも見え方は本と変わらなかった。
意味を成す言葉になると、その上にフィルターがかかって日本語が浮き出る形で見えちゃう。
元の単語を見ようと目をこらしても、うっすらそこにあるのはわかっても、どの文字で構成されてるか全く見えない。

「レン様の目にはどのように映ってるのですか?」
「僕のいた世界の、日本っていう国にいたのだけれど、その文字に見えちゃうんだ。
元の単語は、うっすら、そこにある…っていうのはわかるんだけれど、日本語に見えるから、こっちの文字が見えない。
共通語の方もだよ。僕のいた世界の文字の英語に見えるから、共通語の本は読めるし、多分話せるけど、書けないよ。
どうしよう……」

「そうですね……試しに、その“ニホンゴ”というので、なにか書いてみてください」
「うん…わかった」

セバスが言うので、僕は貰った絵本の一文、『あるところに、がんばりやな3きょうだいがいました』というのを書いてみた。
実際には、『あるところに、頑張り屋な三兄弟がいました』と漢字も交えて書いた。

「やはり。レン様、大丈夫ですよ。心配せずともちゃんと書けています」
「え?」

セバスが、僕の文字を見ていう。
良く見ると、うっすら下にフィルターがかかったような文字が書いてある。
ん?どういう仕組みなんだろう?
でも、日本語を書いたら、こっちの世界の言葉で読めるってこと?

「因みに、これは?さっきと何か文章は違う?」

今度は、僕は、『あるところに、がんばりやなさんきょうだいがいました』とひらがなだけで書いてみた。

「いいえ、文章は同じですよ。レン様は先ほどとは違うように書いたのですか?」
「うん、僕のいた世界の日本語って言葉はね、ひらがなとカタカナと漢字で構成されていて。さっきはひらがなと漢字で、今のはひらがなだけで書いたんだ。
だから文章は一緒でも、文字の見た目は違うんだけれど、見た目も同じ?」
「はい、同じ文字で同じ文字数です。
若干筆の運びが変わっているところはありますが、文字としては先ほどと変わりございませんし、とても綺麗な文字でいらっしゃいますよ」
「じゃあ、僕が日本語で書いたら、こっちの、クライス帝国の文字になるってこと?」
「そのようでございますね。私の目にはこちらの国の文章でしか見えませんが、ちゃんと、あるところに、頑張り屋な三兄弟がいましたと、綺麗な文字で書いてありますよ」
「神器だと、読めないし書けない人もいるって聞いたんだけれど、そうなの?」
「はい、話せても読めないし書けない神器様はけして少なくないと聞いております」
「そうなんだ」

じゃあ、僕はとても運がいいんだろうけれど、なんでだろう?
この分だと、英語で書いたら共通語に見えて、英語で話したら共通語に聞こえるんだろうな。
あ、でも、そうだ、セバスはさっき、やはり、って言ってた。
やはりってことは、セバス的には思った通りだったってことだ。

「なんで、セバスは僕が日本語で書いたらこっちの文字になるって思ったの?」
「読み書きは、神器様のお生れとお育ち、そしてスキルと魔力量による、と聞いております。
魔力が高くても読み書きが出来ない神器様というのもいらっしゃいますし、育ちが良くても書けない、という方もいらっしゃるようです。
なので、神器様によって、こちらの文字の見え方は様々のようですよ。
共通語まで読み書きできる方は、聞いたことがありませんので、もしかすると、レン様が初めてかもしれません」
「そっか…不思議だけれど、書けるなら一から勉強しなくていいんだ。楽だし、良かった」
「それにしても、とても美しい文字ですよ」
「そうなの?」

ってことは、文字の綺麗さも反映されているのかな?
文字は綺麗に書けるようになりなさいって、小さい時に硬筆を少し習っていたから、大きくなってもペンや鉛筆はかなり綺麗だって褒められてたんだ。
文字が汚いとそれだけで損をするからって母さんが言ってたけれど、まあ、僕の見た目じゃあ、損になるだろうなあ。

「日本語はね、綺麗に文字が書けるようにって言われて小さい時に習ってたんだ。だから、それがそのまま影響されてるのかも」
「そうでしたか。レン様はお小さいころから努力家でいらっしゃったのですね」
「ふふっ、ありがとう。あ、じゃあ、文字が書けるなら、夕食まで何を教わろうかな」
「まだ来られたばかりですから、レン様が知りたいものからで大丈夫ですよ」
「なら、お金の種類と、物価について知りたいな」

買い物をして色々買ってもらったのに、お金の価値を全く知らないし、物価も知らない状態だ。
これは、ちょっとまずいよね。

「わかりました。実際お見せした方が分かりやすいと思いますので、今こちらに実物をお持ちしましょう。
そろそろ……ああ、来ましたか。
その間に、セオから種類や物価についてお聞きください。
それと、セオ、返事をしてから扉を開くようにと何度言えばあなたの頭に記憶が残るのでしょうね?」

そろそろ、とセバスが口にした後、ノック音がしたと思うとセオが顔を出してくる。
返事は…セオには必要ないのかもしれないな、中の声まで聞こえるみたいだもん。

「えー、爺さま、『ああ、来ましたか』って返事したじゃん」
「それは返事とは言いません」
「うそだー」

うーん、確かにセバスが呟いた方が早かったかな?でも、ほぼ同時に僕には見えた。
まあ、でもいっか。
公式的な場所だったり、あとは、その…アレックスとえっちしてるときとか、そういう時は困るけれどそれこそセオは出刃が目にはならないはずで。
……っていうか、え、セオってそういう声まで聞こえちゃうのかな?どうなんだろう?

「ちょっとレン様、なんでそんなえっちな顔してるんです?」
「え!?そんな顔してな……してる、かもしれないけれど。セオって、どのくらいの距離まで聞こえるのかなーって思っただけで」
「どのくらいって、声の大きさにもよりますよ?ロブ爺さんなんて、家のどこにいても聞こうと思えば聞こえますもん。
まあでも、常に全部が聞こえてるわけじゃないですよ?無意識もたまにはありますけど、聞こうとしないと聞こえないです。
それと!言っときますけど、おやすみになるときは、アレックス様はちゃんと人払いしてますからね?
お部屋は魔法が効いてますから、外からの侵入者もないので安心してください」
「うー…わかった」

僕が変な心配事をしている間に、セバスは書斎を出ていったみたい。
セバスが戻ってくるまでに、お金のことを聞いておかなくちゃ。
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