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本編

-100- エリソン侯爵邸のピアノ

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アレックスを送り出した後、セバスに案内されて談話室に向かう。
少し前にピアノの調律師さんがきて、調律を行ってくれているみたいだ。
浄化ボタンで毎日掃除はされているから埃はないにしろ、20年くらいずっとそのままだったらしいから、調律の他に修理も必要となるかもしれない、とは聞いている。

隅の方に追いやられてインテリアと同化していたピアノだけれど、レースのカバーを外すと照りが綺麗な茶色のピアノが顔を出していた。
しかも、グランドピアノだ。
ホールにあるようなグランドピアノに比べたら、小ぶりかもしれないけれど、グランドピアノはグランドピアノだ。
ペダルは2つある。
アレックスが小さいが、って言っていたからてっきりアップライトかと思ってたんだよ、嬉しい誤算だ。

それに、普通のピアノと違って装飾があって美しいアンティーク調だ。
天板にはたくさんの薔薇が描かれていて、すごく高そうで、弾くのにはいろんな意味で勇気がいりそうなピアノだった。


「20年程放置されていたとのことですが、劣化は見られませんでした。
さすが帝国一の名器であられますぞ」
「有名なピアノなの?」
「初期のヴィンテージですが、帝国一の作り手によるものですよ。このまま眠ってしまうのはさぞ惜しいピアノでした。
また弾かれるなら本望でしょうなあ。
調律いたしましたが、弾き手の方に合わせて整調いたします」
「レン様、試し弾きされますか?」
「はい、是非」

椅子に腰かけると、セバスが椅子の高さを調節してくれた。
椅子もアンティークでとても綺麗な椅子だ。
恐る恐る座ったのを許してほしい。

さて、何を弾こうか……と思ったけれど、こっちの曲なんて何一つ知らないから、好きに弾けばいいかと思い直し、向こうの世界では有名な曲、
エンターテイナーを弾くことにした。
好きな曲というのもあるけれど、指慣らしには丁度いいし、軽快な曲調で弾きなれているから音の響きやタッチも比べやすいと思ったからだ。

流石グランドピアノ。
音の響きが素晴らしく良い。
楽器というのは弾き手にもよるけれど、楽器そのものの素質にも大きく影響すると思う。
そういった意味では、このピアノは僕にはもったいないくらい良いピアノだ。
ただ、全体的にもう少しだけ甘めの方が好きかも。

「凄く良い音だね、僕にはもったいないくらいのピアノだよ。もう少しだけ甘めにできる?」
「お任せくだされ」
「うん」

ピアノを譲り、セバスに促されてソファに腰を下ろす。
じっと作業を見つめてしまうと、邪魔になっちゃうもんね。

「いい曲ですね。今の曲は、レン様の故郷の曲ですか?」
「ううん、故郷の曲ってわけじゃないけれど、有名な曲だよ。こっちの曲はわからないけれど、何か弾けたらいいなあ。楽譜があったりする?」
「少しでしたらございますよ、お持ちしましょう」
「うん、ありがとう、セバス」

モノクルの下で優しい笑みを返されてセバスが部屋を出ていくと、入れ違いにすぐセオが顔を出す。
調律師の人はかなりのお爺ちゃんで、僕との話にも子供相手にするみたいな、そんな印象だ。
けして変な感情は持たれていないのだけれど、テイラー商会のことがあったからか、僕のそばには誰かしらいてくれるみたいだ。
ありがたいし、優しいなって思う。

「あのピアノもちゃんと弾けるんですねー」
セオが感心したような声で話しかけてくる。
20年程って言っていたけれど、やっぱりセオが来たときにはすでに置物化してたんだろうなあ。

「ピアノがあるって聞いていたけれど、この部屋にあるって思わなかったよ」
「奥の方に追いやられてレースのカーテンかけられてましたし、インテリアの一部みたいになってましたからね」
「でも、有名な人が作ったピアノみたいだよ?音も凄く良い音だし。それにグランドピアノだなんて贅沢だね」
「孤児院にあるのと比べると大分小さく見えますけどねー」
「孤児院には立派なのがあるんだね?このピアノだって十分立派だよ」
「あー、無駄に高そうではありますね」

無駄に高そう、確かに。
楽器としての価値というより、ピアノそのものの見た目に価値を見出しているかのような楽器ではあるよね。
楽器としてだけなら、こんなに装飾いらないもの。
セオの言い分も分かる。
けれど、それだけじゃなくてちゃんと楽器としての価値もあるピアノだ。

「最初に弾くときにちょっと勇気がいったよ。天板に薔薇の絵が描かれてるんだよ、凄いよね」
「三代前の侯爵様は無駄にお金をかけていたみたいですからねー、煌びやかなのが好きだったんでしょうね」

セオが相容れなさそうな顔して告げてくる。
アレックスの趣味からは外れていそうだ。
アレックスの服は、もちろんアレックスだけが決めているんじゃないだろうけれど、装飾は最低限で上品だ。
見た目はシンプルなのが好きなのかな?
でも、アレックスの作る魔法具はちょっと遊び心のある見た目をしていることが多いから、可愛いものも意外と好きかもしれない。

「レン様は、あのピアノ、気に入ったんですか?」
「ん?うん。見た目は確かに煌びやかだけれどね、それは別にいいんだ。それより、凄く良い音のするピアノだし、楽器としてのポテンシャルは凄く高いピアノだよ」
「あー、なるほど」

僕の言葉に、セオは一瞬きょとんとした表情を見せた後、ばつの悪そうに笑った。



「レン様ー、なんか弾いてください」

整調が済んだとの合図に、もう一度試し弾きをすることになった。
丁度セバスからの楽譜もいくつか手元に届く。
楽譜は、ちゃんと読めた。
同じ表記じゃなかったんだけれど、本や手紙と同じように、ちゃんと楽譜として浮かび上がって見える。

「セオはどの曲が好きなの?」
「え?こっちの曲が弾けるんですか?」
「うん、楽譜があるし、どれもそんなに難しくなさそうだもん」
「あ、なら、これが良いです、これ」

セオが選んだ曲は、とても可愛らしい感じの曲だ。
猫ふんじゃったに似てる。
題名は、『シャンティの大冒険』と書いてある。
冒険というより、散歩じゃないのかなあ。
壮大さなんてなくて、軽快で軽やかな、可愛らしい曲だもん。
短い同じフレーズを繰り返すようだから、3回目のフレーズでアレンジを加えて好き勝手弾くと、セオが楽しそうに笑う。


「おー!レン様凄ーいっ!」
「実に良い演奏でしたぞ」
「ありがとう。大冒険っていうより、なんだか可愛らしくて散歩みたいな曲だね?」
「あー、これは、初めて一人でおつかいにいくっていう曲らしいんですよ、あながち間違ってないです」
「そうなんだ?歌はあるの?」
「や、歌はないんですけど、絵本にはなってますよ」
「じゃあ有名な曲なんだね?」
「子供でも皆知ってる曲ですね。庶民的な曲なので貴族のお子様はわからないですけど」
「セオだって貴族出身でしょ?」
「まーそうなんですけどねー」
「ふふっ」

貴族らしくないって言われれば、確かにセオは偉ぶったところはない。
でも、色々セバスに言われながらも所作は綺麗だから貴族なんだなって思うんだよね。

「ピアノもとても弾きやすくなったよ、ありがとう」
「私こそ良い演奏がきけて調律した甲斐がありましたぞ」
「これから孤児院のピアノを調律をするときには、こちらのピアノも一緒にお願いします」
「はい、お任せください」

にこにこ笑顔の調律師のお爺さんに、セバスが声をかけると快く引き受けてくれた。
今日も、孤児院のピアノを調律した後に、こっちに寄ってもらったんだって。
今日行った街の一角に楽器のメンテナンスを行う工房があって、そこの店主さんらしい。
長男がピアノのメンテナンスを、奥さんと次男が弦楽器のメンテナンスを、末の息子さんはバイオリニストとして帝都の楽団に所属しているという。
お孫さんは調律師に興味があるみたいで、修行中なのだとか。
楽器が身近に感じる暮らしをしているんだろうなあ。

街に行くことがあったら、工房を見学させてもらう約束をしたよ。



++++++++++
100話まで来ました!

未だ旭さん達とも出会ってませんが、気長に見守ってやってくださいm(_ _)m
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