異世界に召喚された二世俳優、うっかり本性晒しましたが精悍な侯爵様に溺愛されています(旧:神器な僕らの異世界恋愛事情)

日夏

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本編

-95- 欲しいもの

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「では先に祝賀会のブーツからお色を決めていきましょうか」

にこにこと笑うお爺さんに、はっとする。
踵の高さしか決めてないのに、借りるブーツを先に選んで、ダンスまでしちゃった。

「ごめんなさい!買ってもらう靴を何一つ選んでなかった」

慌てて脱ぎながら、元の靴に履き替えると、慌てると危ないからゆっくりでいいぞ、とアレックスの声がかかる。
お爺さんも全然気にしていないふうで、良いものを見せてもらいましたって言ってくれた。

普通のお店だったら、早く決めろーって思うだろうに、本心から言ってるみたい。
さっきのお店も、今も、貸し切りだもん。
多分そうしてくれたんだと思うんだけれど、あまり長居すると迷惑になるだろうに、表情に出ないところは流石だよね。

「ジェシカさんに、選んだ服の生地見本を借りてきたんだ。祝賀会のスーツは、この生地と…脇から下は、この生地。アレックスの髪の色だよ。
ブーツは、ボルドーで、ジャケットの裾や刺繍にも同じ色を使ってくれるって言ってたんだけれど、どうかな?」
「これはまた綺麗なお色ですね。ほお、ジャケットの裾は異素材ですか、斬新ですがとても素敵です。
だとすると、スウェードだと重いですな…この生地では、あまり照りのないオーソドックスな革素材が合うと思います。こちらはどうですか?」

そういって、見本のファイルをめくって、一枚の革を差し出してくる。
手に取ると、張りがあるのにとても柔らかだ。
色は、限りなく濃い薔薇のような茶色。けれど、派手さがなく上品だ。
茶色とも赤とも言えない、まさしくボルドーだ。

「うん、柔らかいし色も綺麗。これが良いと思う」

アレックスはどうかな?って目を向けると、笑顔で頷いてくれた。
良かった。
柔らかい革だから足に馴染むのも早そう。

「お貸しするブーツは前の革紐締めですが、帝都では後ろボタンで閉めるタイプも流行です。いかがしましょうか」
「うーん…前で紐締め方が良いかな。土踏まずあたりから閉めるほうが安定しそうだし、それに、万が一ダンスの時にボタンが取れちゃったら困るし」
「畏まりました」

ファスナーがないんだよね、不便なことに。
ゴムとファスナーがあれば、楽なんだけれどな…とは思うも、ないものはないんだからしょうがない。

「あとは、普段お履きになる靴と、外出用の靴ですな。いかがしましょうか?」
「アレックス、どんなのがいいかな?」

普段履く靴っていうのは革だよね?
見たところ革しか置いてないもん。
外出用と普段履きの靴の区別が僕にはいまいちわからないから、アレックスにも頼る。

「そうだな…外出用の靴は、夫人用だと少しヒールがあるほうが望ましいんだ。ただ、領内だとピンヒールは必要ないし、高さも必要ない」
「外出用って、どういう時を想定してるのか聞いていい?」
「領内で視察の時や、あと家に貴族を招くときにも、か。スーツを着る必要はないんだが、靴だけはフォーマルなものを履いて欲しい。この国では、ピアスとブローチを身に着けてヒールのある靴を履くのが、貴族夫人の一般的なスタイルだ」
「そうなんだ…わかった。高さは必要ないっていうのは、理想的にでも必要としないってことでいい?」
「ああ、必要としてない」

アレックスはそういうけれど、貴族間では本当かな?とお爺さんにも確認の視線をやる。
祝賀会のブーツの時みたいに僕を思いやっての言葉なら、高さは慎重に選びたい。

「そうですなあ。帝都で夜会や舞踏会に出られるのであれば、ピンヒールのブーツが必要でしょうが、領内で視察となれば、高さは必要ありません」
「領内の視察だと畑が殆どだからな。ヒールは高くなくていいんだが…そうだな、2番目のものがいいと思うが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ならそうするね」

2番目ってことは3センチくらいだ。
3センチくらいなら、元の世界でも仕事で履いたことがある。
スニーカーほど馴染みがあるわけじゃないけれど、全く抵抗なく履ける。

「普段履くのはどういったものが好まれるの?違いはヒールがないだけ?」
「普段履かれるのならば着脱がしやすく、柔らかいスウェードの革なんかが良いかと思いますな。こういった、ローファータイプの物がおすすめです」
「あ、この形は僕も履いたことがあるし、これなら楽そう!」

元の世界のローファーと大差ないから、楽そうだ。
アレックスを見上げると、小さく頷いてくる。

「とりあえずどちらも黒で作ってもらえるか?普段履きのほうは柔らかめのスウェードで、外出用のものは少し照りのある革が望ましい」
「こちらでどうでしょう」
「ああ、いいと思う」
「では、こちらでお作りしましょう」

良かった、どちらも良いものを作ってもらえそうだ。
既製品のブーツだって凄く丁寧な作りだったし、靴を一から作ってもらえるなんて初めてだ。

「ありがとうアレックス。靴を一から作ってもらうなんて初めてだよ」
「そうか」
「うん」

「とりあえず急ぎの3足だが、他に欲しいものはあるか?少しずつ服に合わせて買い足していくつもりだが」
「ううん、今は大丈夫」

出来れば、スニーカーが欲しいけれどゴムがないんだもんね。
ゴムがあったら、是非お願いしたいなって思うんだけど。

「レン様ー、欲しいのがあるならちゃんと言った方が良いですよ?アレックス様はここの領主様なんですから、どんなに高くても靴くらい買ってもらえますからね?」
「ああ、ちゃんと言ってくれ」

表情に出ちゃったかな、セオが横から助言してくれる。
アレックスが少し心配そうに僕を見てくる。
我慢してるわけじゃないんだけれど、ない素材はないだろうし……でも、一応、言ってみようかな。

「ゴムはこの国にはないでしょう?もし、ゴムがあったら、ゴム底で布製の靴、スニーカーが欲しいなって。僕がここに来た時に履いていたものなんだけれど、なくなっちゃったから」
「そうか……」

なくなったんじゃなくて、教会に取られたんだけれど。
あのスニーカーは、もうないよね、きっと。
アレックスもそれがわかってるから、憐れむような表情で僕を見てくる。

「ゴムというのは、どういったものなんだ?」
「えーと、伸縮する素材。滑り止めにも使われていたし、洋服の腰回りにも。あとは、車輪の周りのタイヤとか。他にも水漏れしないから色々な用途があったよ。
原油とかゴムの木の樹液に、薬剤を混ぜて作ってるんだと思うんだけれど…詳しくはわからないや」

真っ先に思うのはコンドーム。
けど、今話すことじゃない。

「わかった。すぐには難しいが、少しとはいえ伸縮する布が作れているんだ。近いものがないか、あるいは作れないか探してみるから時間をくれるか?」
「うん、ありがとう」

ないから無理だって思うのに、ないものは作れないって言わないんだよ?
探してみるから時間をくれるか?だって。
やっぱりアレックスは凄く優しい。
好きだって言われたわけじゃないのに、琴線に触れて、胸が熱くなる。

アレックスと一緒にいると、どんどん好きが積もっていく。
僕もアレックスにそう思ってもらえるようになりたい。
なりたい、だけじゃない。
頑張って、なるんだ。

努力したら好きになってもらえるわけじゃないけれど、好きを続けてもらうには努力が必要だって母さんが言ってた。
『誠実に向き合うとともに、ちゃんと言葉にして伝えてあげなさい。
思ってるだけじゃ駄目なのよ、表に出さないと伝わらないんだから』
恋愛じゃなくて役者として言ってくれた言葉かもしれないけれど、大差ないと思う。

ずっとアレックスの唯一でいられるために、なにより僕のために頑張ろう。
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