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本編

-94- 靴屋にて

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「いらっしゃいませ、アレックス様、レン様、ようこそおいで下さいました」
「世話になる。レンの普段歩きやすい靴、外出用の靴、祝賀会の靴と3足をお願いしたい」

深々と頭を下げる店主らしきお爺さんに、アレックスが声をかける。

「畏まりました。ただ、うちは宝石をそろえていませんが宜しいですか?」

お爺さんが申し訳なさそうに口にするけれど、宝石?靴に?
要らなくない?

「レン、どうだ?」
「靴に宝石は必要ないよ?ドレスコードにはひっかかる?」
「いいえ、ドレスコードはブーツであることと、ヒールの細さ、高さとなっています」
「なら大丈夫。ジェシカさんから生地の見本も借りてきたんだ。お願いできる?」
「はい、お任せください」

足のサイズを専用の定規で測ってもらう。
足の甲の幅や高さも測ってもらった。
ブーツはショートブーツで、足首をしっかりと支えられるようなショートブーツだ。
足首の太さも測ってもらう。
足首のないブーティみたいなものも人気らしいけれど、ズボンに隠れて見えないし、踊るんだから足首はしっかり固定していたほうが安定するだろう。

「踵はピンヒールと決まっていますが…高さはいかがいたしましょう?」
「あまり高くなくていいぞ、ダンスもある」
「ブーツの高さは4段階あります。どれもドレスコードからは外れませんよ」

見本を見せてもらうと、一番高いヒールで拳一つかけるくらいだ。
7.5センチくらいかな、8センチはなさそう。
一番低いヒールが、1.5センチくらい。次が、3センチ、5センチ、7.5センチくらいの高さだ。

多分、どれもいけるはずだ。
日常生活でピンヒールを履いたことはないけれど、ミュージカル舞台でならある。
その時履いていたのは、10センチヒールのハイヒールだ。ブーツですらない。
3時間の長い舞台の内、2時間でずっばで、ダンスはジャズとバレエを軸に、タップや、タンゴやルンバなんかを曲によって色々と取り入れたような独自のもので、回転も多くステップも複雑だった。
更に1日3公演、西と東とホールを10日間ずつ、全20日間の舞台だ。
あれは、指名されて受けた舞台だったけれど、かなりハードだった。
ゲイバーが舞台の話で、脇役だったしあたり役の前だったから、ダンスが主で台詞も少なかった。
けれど、それなりに大きな舞台でベテランの人もいて、色々教えてくれて、学びの多い舞台だった。
その舞台を見に来ていた有名監督さんから映画の仕事をもらって、一般客できてたユニセックスなファッションブランドのデザイナーさんからモデルのオファーをもらった。受注生産のサブカル系ファッションブランドで、一部に根強い人気があったからSNSで話題にもなったっけ。次につながる仕事だった。

ハイヒールを舞台で履いたのは半年以上前だけれど、逆に言えば半年ちょっとしか経っていない。
ならせば、すぐに踊れるはずだ。
あの時は本当に大変だったけど、これ程あの舞台を経験して良かったと思ったことない。

「どういったものが理想なの?」
「お相手よりは高くならないこと、且つ高さがある方が理想とされてます」
「なら、一番高いので」

「レン、これを履いて踊るんだぞ?履いたこともないだろう?無理しなくていい」
「レン様ー、結構大変ですよ、ピンヒールって。下から2番目くらいにしておきましょー、レン様元々足が長いんだし、低くても綺麗に見えますって」
「最初の約45分間は、挨拶回りで座ることが出来ないと思います」

アレックスが焦って止めてくるし、セオもレナードすら止めに入る。

「普段履いたことはないけれど、舞台で履いたのはこれより高いヒールだったよ。3時間の舞台で2時間でずっばだったし、ダンスも勿論あった。
こっちのダンスとは違うかもしれないけれど、それが1日3公演、20日間やったんだ。半年以上前だけれど、今回はブーツだし、途中休憩も入るでしょう?ならせば大丈夫だと思う」
「え……これより高さのあるのを履かれたので?」
「うん、多分、女性用のと同じだと思うけれど」
「女性もこれ以上はこの国では履かれませんよ。女性でもヒールの高さはこの4つです」
「そうなの?アレックスは背が高いから、僕がこの一番高いのを履いたくらいが並んでもダンスをしても綺麗に見えると思うんだけれど」
「それは間違いないでしょう」
「なら、この一番高いのでお願い」

アレックスとセオとレナードがびっくりした目で僕を見てる。

「心配しなくても、ちゃんと履きこなすから大丈夫だよ。アレックスの隣に立つんだから恥じない…ううん、一番良く見せたい」
「けどな…」
「でしたら、貸出用のものがありますから、試しに履かれてみますか?ぴったりは難しいかも知れませんが、近いものでしたら今ご用意出来ます」

未だ渋るアレックスに、お爺さんが、良い提案をしてくれた。

「うん。なら、お願いしてもいい?新しいブーツが出来るまで、慣らしでダンスの練習につかいたいから、借りれると嬉しいな」
「もちろんです。いくつかお持ちします」
「アレックス、履いてみて歩けないくらいだったら、諦めて低くするから。それなら良い?」
「わかった」



「これが一番安定するし、大きさに合ってるかな」

3足履いた内、1足の黒いブーツを選ぶ。
大きさは一番合ってる。
ただ、足首は少し緩い。
ブーツだから、足首に多少ゆとりがあっても足の甲は安定してるから、ハイヒールよりはずっと歩きやすいはずだ。

「ここで歩いたり、ステップを踏んでみてもいい?」
「ええ、どうぞ」

歩いてみる…うん、大丈夫そうだ。
軽くステップを踏んで、うん、大丈夫そう。
舞台で踊った時の最初に踏んだ、軽やかで明るいタップを含むステップを踏んでみる。

案外いけそうだ。
回転を繰り返してみても軸はブレない。
それに意外と覚えてるもんだなあ、舞台の中で一番明るくて好きなダンスだったからかもしれないけれど。
鼻歌まじりにステップを繰り返す。
その時着ていたのはスリットロングのチャイナドレスと早着替えでAラインのひざ下ワンピースだったから足さばきは変わるだろうけれど。

そういえば、こっちに来てから柔軟もしていないから、明日から…ううん、今日の夜からでもだ、ちゃんと柔軟をしよう。

うん、これなら大丈夫そうだ。
ダンスと言ってもきっと、ワルツだと思うし、曲は3曲覚えれば十分だってセバスが言っていたし。

「うん、大丈夫そう。やっぱりヒールは1番高いものにするね。それと、これを今日から借りてもいい?」

にこやかに伝えると、シン、と静まり返って返事がない。
皆して僕をぽかんと見てくる。

「レン……それを履いてそんな複雑なステップと回転ができるのか?」
「こっちのダンスはわからないけれど、うん…だから、練習すれば大丈夫だと思う」

「これは…最初から上級ステップで問題なくいけそうですね」
「レン様に合わせたら、アレックス様の方が稽古を必要なのでは?」

セオとレナードがなんだか唸ってる。
アレックスは驚いた後に、頭を抱えてしまった。
なんだろう?心配事を増やしちゃったのかな?

「何か駄目だった?」
「いや、…俺は、ダンスが苦手なんだ。レンの足を引っ張るだろうな、と」
「じゃあ一緒に練習しよう?アレックスは忙しいから、ご飯の前にちょこちょこ毎日少しずつ。アレックスと練習できるなら嬉しいよ」
「わかった…ありがとうな、レン」
「うん」
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