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本編

-92- 採寸待ち アレックス視点

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「とても美しい上に、素直で可愛らしいお方ですわね。領民にもさぞ好かれることでしょう。アレックス様、本当におめでとうございます」
「ああ、俺にはもったいないくらいいい子が来てくれた」

店主がにこにこと俺に声をかけてくる。
そう、レンは、本当に美しいし、素直で可愛い。
素直で可愛いというのは、誉め言葉なのだろうか…と一瞬邪念が働くが、どちらでも構わない。
この店主がどう思おうと、俺にはレンが大切で、唯一無二の存在だ。
だが、軽く見られても困る。

「店主の私に対し、教えてくれてありがとうとお言葉にされました。
私は服のことになるとつい、相手の間違いを訂正してしまうのですが、それが元でお客を無くすこともあるのです。
最近は、他領のお客様はあまり来られなくなりましたし、王都では悪いうわさも流されましたから。領内のお客様は変わらずですが、減ってしまって。
なので、本当にうちを選んでもらえて感謝するばかりです」
「プライドの高い貴族もいるからな…。だが、レンは生まれは貴族でないから、自然に礼を口にする。
あまり、領外に出したくはないが、祝賀会はどうしても同伴させたい」
「店の者総動員でかからせていただきますわ。必ず良いものをお届けいたします」

店主は商人というより職人に感覚が近いのかもしれないな。
腹芸は出来なさそうだ。
素直で可愛らしいというのも、そのまま思ったことばなのだろう。
疑い深くなってしまっているのは、周囲の環境がそうさせた、というのもあるがもう仕方ないことだ。
だが、せめて、領内では人を信じてみたいと思う。
疑うだけでは、人は動かない。
信じてこそ、だ。

「さて、肌着ですが。
やはり、お肌に優しいといいましたら、オーガニックコットンになります。ですが、貴族間では人気がありません。いかがなさいますか?」
「人気がないのは…素材が、か?」
「ええ、綿は庶民じみていると」
「そうか。だが、肌着なら尚更優しい素材でお願いしたい」
「畏まりました。では、オーガニックコットンで作らせていただきますわ。靴下はどうされますか?」
「白と黒、5足ずつお願いしたい。納品は、一度でなくても構わない」
「畏まりました。見積もりはいかがいたしましょう?急ぎお出ししますか?」
「いや、急ぐ必要はない。見積もりが出来たらエリソン侯爵邸へ送ってもらえるだろうか?
先に料金が必要な場合は今日この場で預けるし、必要があれば後日見積もりを取りに来てもいい。
見積もりの返事を待たずに作り始めてしまって構わない」
「それでは、ご郵送させていただきますわ。先払いは必要ございません」
「わかった」

「ないの!?」

奥からレンの驚いた声が聞こえてきた。
にぎやかだと思っていたが、何がないことに驚いたのか。

「にぎやかですわね」
「すまないな」
「いいえ、他にお客様もいらっしゃいませんし、構いませんよ」

先のことがあったから、固くなってしまっていたら可哀そうだと思っていたが、どうやらリラックスして採寸できているようだ。
あんなことがあった後だ。
相手が女性でも男性でも、他人に下着姿を晒すのは勇気がいるだろう。

セオに頼むのも不本意だったが、しょうがなく、だ。
だが、レンが耳打ちしてきた言葉は、少なからず納得いく答えだった。

『あのね、セオには大好きな恋人がいて、セオは抱かれる側だよ。
ね?だからセオに頼んだんだよ』

はじめて知ったが、セオには恋人がいたらしい。
あってますけど!といっていたセオは、真っ赤だったわけだから、あれは嘘ではないらしいな。

そうか、だからか。
セオに随分なついていると思っていたが、立場的なものもあるのかもしれない。
俺を頼ってほしいとは思うが、ナイトポーションを頼むくらいだ。
同じ立場での、性の悩みもあるのだろう。
ジュードとレオンよりは、そういった意味では安心して頼める、か。
全く何も思わないわけじゃないが。


「あとは…そうだな、レンの靴か……レナード、急だが、隣の靴屋に頼めるか?」
「お伝え済みです」
「そうか、助かる」

隣が靴屋になっていたはずだ、と思えば、すでに伝え済みだという。
移動距離がないなら、馬車の乗り降りをしないで済む。
レナードはこうやって本来先回りをして、気がきく奴だ。

採寸が終わったのだろう。
レンとセオがこちらに戻ってきた。
幾分不満げにセオを見ながら歩いていたレンだったが、俺を目に入れるととたん嬉しそうに笑ってくる。
可愛いな。
可愛い以外の感想を言える奴がいたら教えて欲しい。

「おかえり」

抱き寄せるようにソファに促すと、すっぽりと納まった。
ふんわりと極上な蜂蜜の香りが鼻を擽る。
このまま口づけてしまいたいほどに可愛いが、店の中ですることじゃないな。

「お待たせ、アレックス。セオ、付き合ってくれてありがとう」

レンがにこやかにセオに礼を言う。
分かっている、分かっているが、気に食わない…というか、面白くない。
付き合ってくれてありがとう、という言葉は、俺以外には言ってほしくなかった。

「いえいえ。いいんですよ、いつでも使ってください。
ただ、付き合ってくれてとかは言わなくていいですからね?わかってても誤解される方がすぐ隣にいるでしょ?ね?言い方、言い方気を付けてくださいね、レン様」
「そっか、ごめん。…ごめんね、アレックス。嫌な思いさせちゃったよね…ごめんなさい」

しゅんとして俺に謝ってくる姿は可愛い。
それだけで許してしまう。
許容範囲がレンのことになるととたんに狭まってしまう俺もいけない。

「いや、そうやって謝ってくれるならそれでいい」
「うん……」

まだ、しょんぼりしてるな。
可愛すぎるだろ。
口づけて慰めてやりたいが…店の中じゃな、どうしようもない。
形の良い頭を撫でてやることしかできない。

「レン、隣が靴屋になっているから、これから靴を作りに行こう」
「うん」

少し元気を取り戻しただろうか?
俺のことで一喜一憂する姿は本当に可愛い。

「あの、ジェシカさん、祝賀会の服に合うブーツの色でおすすめはある?
黒や白だと浮いちゃうし、ベージュも違う気がするし、茶色もちぐはぐになりそう」
「茶、といいましても色々ございますよ。そうですわね、ベージュよりではぼやけてしまいますから、このようなボルドーで。ジャケットの裾や刺繍に同じ色味を足しましょう。
アレックス様と合わせれば、より一体感が出ると思います。いかがですか?」
「うん、凄く綺麗にまとまりそう…ありがとう」

元気が出てきたようだ、良かった。
しょんぼりしているのも可愛いが、やっぱり笑顔が一番可愛いし、俺のそばでは笑っていて欲しい。
無理矢理じゃなくて、心からだ。

「こちらこそありがとうございました。念のため、ご購入された生地の見本を隣に持ち込みになられますか?
とある商家のお嬢様のおすすめで、お隣りへは生地の見本を持ち込み出来るよう対応させていただいてますのよ」

「ああ、是非そうしたい」

生地の見本をレナードが受け取り、セオが先に靴屋に伝えるため外に出ていく。
さくっと行けるのは、レナードよりセオだ。
風魔法以前の問題で、レナードが先に出ると、キャー!!と悲鳴があがるが、セオが出てもそうはならない。
セオも、顔は十分に整っていると思うんだが、レナードの金髪碧眼と比べると派手さが足りないのだろう。
夕日のような髪色をしているのにも関わらず、煌びやかさはないし、瞳は印象的だと思うが優し気で強さはない。
黙っていたら…美人な部類だと思うんだが。

俺の周りは、黙っていたら、の前置き美人が多いな。
だが、恋人がいるなら、逆に煩わしい思いをしなくていいのかもしれない。


セオが出ていけば、これから俺が出てくる合図になる。
開かれた扉から、領民の歓声が聞こえた。
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