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本編

-74- 魔法省生活向上課 アレックス視点

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『いってらっしゃい、気を付けて』
可愛い笑顔の後に、背伸びで口づけを貰ってしまった。
レンから返事をもらったら自分からするつもりだったが、してくれるとは思わなかった。

朝から可愛すぎてどうかなりそうだった。
セバスが急かしたおかげですぐに余韻もなくなってしまったが、本当はあと三日…や、一週間くらいはレンとずっと過ごしたかった。

まあ、出来ないのはわかっている。
この机の上にある書類の山を目にしてしまったら、到底無理だ。

侯爵様は何になったの?と聞かれたら、宮廷魔法士。
どこに配属されてるの?と聞かれたら、魔法省生活向上課、課長。
課長、なんて名前がついているものの、生活向上課は俺しかいない。
しかも、どこの部署にも属していない、単独の課だ。
ユージーンがなんとか俺を引き込むために作り上げた課で、こじんまりとした部屋。

戸棚や机はさすがにしっかりしているし、値段は聞いていないが、かなりいいものだ。
物を入れ込む際に、普通のでいいなるべくシンプルなもので、とユージーンに伝えたがそれが裏目に出た。
無駄な装飾はないものの上流貴族出身の者が使うにふさわしい、貴重な木材らしい。
流石に木材には気が付かなかったが、継ぎ目のない板にまさかと裏を覗き込めば有名店の印が押してあったのだ。
どうも馴染みがあると思った、家の家具の殆どがそれだからだ。
通常何か月も待つところをどうやって短期間で入れ込んだのかは怖くて聞けなかった。

他には、入ってすぐに四人掛けのソファとテーブルがあり、一番奥、ついたての向こうに仮眠用のベッドがあるが、それらは他の部屋と変わりない作りだ。
用があればユージーンが直接訪ねてくるくらいで、他に来るものはほとんどいない。
ユージーンの補佐官が、ユージーンが来ていないか尋ねてくるくらいだ。

生活向上課、なんていいながらも、やっていることは簡単に言えばユージーンの下請けだ。
あいつの仕事が多岐にわたり、忙しすぎるっていうのは本当だし、俺の主な仕事は、他の魔法士がやって出来なかった、魔法陣修復や修正だ。
どうしても作動しない、誤作動が起きる、魔力消費を下げたいがどうやってもなにかが欠ける、等々がユージーンのもとに集まってくる。
ユージーンが俺に振り、それを俺が改善してユージーンに渡す、といった仕組みだ。
直接依頼が来ずユージーンを通すのが、俺にとっても相手にとっても楽な方法だ、精神的な問題で。

それと、『こんなのがあったら便利だと思わない?』というユージーンが思いついた魔法具や魔法陣の開発もしている。
こっちの方が面白い。
俺にとってはかなり好きな仕事だ。

魔法省には開発部があるが、そのほとんどが今ある魔法具の改良や、生活をする上で必要な魔法具の開発である。
副官とはいえ、ひとりの気まぐれで思いついたおもちゃを作るために、開発部の資金が動かせはしない。
そこで、生活向上課の出番だ。

俺は思いつくことより作ることの方が向いているし、よくできたものはすぐに家にも取り入れている。
よくもまあ、そう色々と思いつくな、とは思うが、確かに出来たら面白い、と思うものばかりだ。
ただ、世に広げてしまうと、他の生産性が落ちたり、労働者の大量解雇が起きるだとか、様々なところで問題が起きることが目に見えているため、
ユージーンの近辺と俺の近辺とで、こっそり試運転という形で使用しているものが多い。

それと、もう一つ。
捨てたいけれど捨てられないものの保管。
これなあ、他にどうにもならないのかって話だが、しょうがなく俺が空間に保管している。
その量は……考えたくないな、リストはユージーンが持っているが、これは一時しのぎじゃないのか?と思うが現段階では他にどうしようもない。
正直、一番の理由がこのために、俺を魔法省にひきこんだんじゃないかと思っている。

それでもいい。
正直、闇魔法に恐れられることはあっても、頼られることは非常に少ない。
こうやって頼られるほうがよっぽどいい。

他にも、色々とユージーンから相談を受けることがあるが、相談というより、七八割方、愚痴聞きだ。

因みにユージーンは伯爵家の長男だが、第二夫人と神器様との間に生まれ、家を継ぎたくないがために学園卒業後宮廷魔法士になった。
弟の方が領地経営に向いているし、僕には魔法士が向いている、と言っていたが…まあ、確かに、経営には向いていないだろうな、と友人の俺の目から見ても思う。
色々と愚痴を言いながらも、忙しそうにしながらも、それでも楽しそうに人生を謳歌しているように俺には見える。


とりあえず、机にある書類の山を、急ぎなものとそうでないものを振り分けていると、軽快な扉のノックの後にユージーンが顔を出してくる。
珍しく朝から満面の笑み……や、これは、覚えがある。
単なる徹夜明けのハイテンションに違いない。
そうとわかると、昨日俺があのまま抜けてしまったのは大分迷惑をかけたのかもしれない。

「おはよう、アレックス!今日はすがすがしい朝だね、君にとっては今日から見違えるほど毎日が楽しいものになるだろうけれど、申し訳ない、先に謝っておくよ。
残念ながら僕のところには仕事が次から次へとやってきてきりがない!
今年も残すところ後二ヶ月もないからね、焦った連中の駆け込みも多いんだ。
すると、どうだろう、君の所へも次から次へとやってくる、わかってくれるかい?」

キラキラ笑顔を振りまいているように見えるが、もう、これは一旦仮眠を取らせるべきだな。

「ああ、昨日は悪かった。ユージーン、寝てないだろ、少し寝たらどうだ?」
「寝たら朝どころか夜がやってくるよね、確実に!ああ、もう朝はやってきてるか」
「いいから、二時間経ったら起こすから、あっちで寝てろ」
「ああ、優しくなったね、アレックス。やっぱり大切な人が出来ると違うのかい?僕にも可愛い可愛い恋人が欲しいよ、忙しくても去っていかない恋人がね!
仕事が恋人?そんなはずないだろう?あー、やだやだ、年は待っててくれないんだ!」

また振られたのか…それとも、浮気されて破局したのか。
ユージーンをむりやりベッドに押し込むと、それまで騒がしかったのが嘘のようで、気絶するように眠りにつく。

ここに直接くるのは、補佐官くらいだ。
二時間…とはいかないかもしれないが、一時間半は静かに眠れるだろう。

魔法士ですら、や、だからこそ、闇属性の俺と出来るだけ距離を置いておきたい、そう思うんだろう。
今に始まったことではないし、今となったら煩わしいことからも距離を置けるのだから、メリットもあるというものだ。
ユージーンを見ていると、そう思う。


まずは、急ぎの魔法陣の修復からだ。
一枚目は…ああ、一分もかからないどころか、十数秒だ。
二枚目は……これも、だ。
ほころびがどこかなんてすぐわかるだろうに……けど、わからないらしい。
こんな簡単なものも出来ないのか?と今でも疑問に思うこともあるが、ユージーン曰く、それは君の基準にすぎない、だそうだ。
一度、単に面倒で丸投げされてないか?と聞き返したことがある。
『うーん…や、多分、わからないんじゃないかな、本気で。僕でもひとつひとつ見てたら時間がかかる』
真面目にそう返されて、『そうか、面倒見のいいお前が逆手に取られてなきゃいいんだ』と、返事をした。

学生時代に、同じようなことで『なんでこんな簡単なものも出来ないんだ?』とポロっと呟いてしまったことがある。
そしたら、真横にいたユージーンが、『エリソン様、それは絶対僕以外に言ったら駄目ですよ』そう言われたのが最初だ。
なぜだかわからず、なぜ?と聞き返した。
『あなたにも得意不得意あるでしょう?あなたが簡単に出来るからといって誰しもが簡単に出来ると思わないことです』と。
俺にはダンスが苦手だったから、それに置き換えればなんてことはない、人を馬鹿にしている言葉だとわかった。

『そうか、確かにそうだな、教えてくれてありがとう』そう言ったときのユージーンの顔は、今でも忘れられないくらい心底驚いた顔だった。
あれは…あの時は、きっとユージーンは怒っていたに違いないが、俺相手に怒れるという人間も貴重だ。
周りが真っ青に引いていたからな、今じゃ、互いに遠慮のいらない相手だが。

集中すること一時間、急ぎの魔法陣の修復についてほとんど終えたところだった。
控えめなノックの後、そっと扉が開かれる。
返事を待たないのは、俺が集中してしまうと気が付かないことがあるから返事を聞かなくていい、と言っていたからだ。

「ユージーンさん、見かけましたか?」

控えめにそっと尋ねてきたのは副官補佐だった。
つい先週変わったんだっけか。
忙しすぎるのと、やんわり言うくせに厳しいユージーンに根を上げて、補佐官はコロコロとよく変わる。
そもそも魔法省が『魔法に関すること(軍を除く)』というあいまいさがいけない。
が、国の制度に文句をいっても変わらないのでしかたない。

魔法士にしては体格の良いやつだ、今度は少しは持ってほしい、根性と体力で。

ユージーンが奥で寝てる可能性もあるのを知ってるから、そっと聞いてきたのだろう。
が、そっとやそっとじゃ起きないのを知ってるから、俺は普通に話す。

「奥で寝かせた。まだ一時間くらいしか経ってないから、もうあと一時間は寝かせてやりたいところだ」
「そうですか、良かった。私が何度言っても意地になって寝ないものですから…」
「あいつはベッドに押し込めないと寝ないぞ。次から力ずくで押し込め、そしたら気絶したように寝るから。
あと、一度寝るとたたき起こさない限り起きないからそっちのほうが大変かもしれないが、今は普通に話して大丈夫だ。
それと、こっちの束、出来たから持って行ってくれ」

魔法陣の描かれた書類の束を見て、補佐官が驚いて数枚目を通し、確かに、と呟く。
呟いた後、一瞬悔しそうに顔をゆがめるのを見逃さない。
こういう反応も、初めてじゃない。

「書類お預かりします。
また、一時間後に迎えにきますので、それまでよろしくお願いします」
「ああ」

さて、一度家に戻る昼までに、この書類の束を全て終わらせておきたい。
どうせ、三時過ぎに戻ったら、結局山積みになってるんだ。
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