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本編

-58- 腕の中で

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「わ、すごい!」
「げ、なんだこれ!?」

扉を開いて部屋に戻ると、その光景を目にした僕とアレックスは、驚きの声を同時にあげた。
ベッドの上にはたくさんの赤とピンクの花びらが散らばっていて、真ん中だけぽっかり空いたその場所に、リボンで結ばれた赤い箱と白いカードが置いてあった。
それに、サイドテーブルには、背の高くて美しいシャンパングラスが2本、シャンパンクーラーの中には氷とボトルが入っていて、花束も一緒においてある。

アニバーサリー仕様のベッドメイクみたいだ。
なんだこれってアレックスも驚いているから、アレックスが指示したわけじゃないみたい。

でも、そうだよね、さっき結婚しようってプロポーズを受けたばかりだし、これから初夜なわけだし。
僕たちにとっては今日は特別の日だもんね。
嬉しい演出だ。

カードを広げると、セオからだった。
『レン様、ご所望のお品です。がんばってくださいね。 セオ』って書いてある。
もしかして、手持ちのじゃなくて、わざわざ買ってきてくれたのかな?

「なんだって?…あー、てか、読めるか?」
「うん、セオからだった」

言われてみれば、文字がちゃんと読める。
なんていうか、元の文字をうっすら透過した上に、日本語で上書きされてるみたいな感じだ。
翻訳って言うより、もう少し強制的に思える。
読めるのと読めないのとじゃこの先の暮らしがずっと変わってくるだろうから読めてほっとしちゃう。

アレックスに答えながらリボンを解き、箱の蓋を持ちあげると、一本の綺麗な小瓶が入っていた。
アレックスが持ってたのとは違うみたいだけれど、これもすごく綺麗なガラス瓶だ。
ぱっと見は、ポーションって言うよりエジプトの香水瓶みたい。
母さんが集めて棚に飾っていたのと似てる。

よかった。お風呂に入って綺麗にしたし、ナイトポーションもある、準備は万端だ。
あとは、心構えだけだ。

「何が入ってたんだ?」
「ん?ナイトポーション」
「レンが、頼んだのか?」
「え?うん…アレックスもう持ってないって言ってたでしょ?
セオに聞いたら、はじめてならあったほうがいいかもって言ってたし。
お持ちしましょうか?って言ってくれたから、お願いしたんだけど、駄目だった?」

なんだか浮かない顔のアレックスに、急に不安になってくる。
何かまずかったかな?
こういうのって、僕が用意するのはマナー的に問題があったりするとか?
でも、それならセオが何か言うと思うし…。

「や、駄目じゃないんだが……、今夜はやんないぞ?」
「え!?」

やんないの?うそ、何で!?
今日が初夜だと疑わなかったよ。
中まで綺麗にしてもらったわけだし…えー、そんなあ。
あーでも…そっかー、プロポーズを受けたとはいえ、出会って1日目だ。

めちゃくちゃやる気だった僕が、すごくえっちな人間みたい。
はしたないとか、思われてないかな?
おそるおそる口を開く。

「…なんでか、聞いてもいい?」
「俺もそうしたいとこだが…、明日の朝食前に、家の者全員に、ちゃんとレンを紹介したい。
それに、午前中は屋敷を案内して、午後には仕立て屋がくるんだろ?」
「うん」
「このまま抱いたら絶対抱きつぶして予定を全て駄目にしそうだから、今夜はやれない」

抱きつぶし……うー、そ、そっか、そんな風に言葉にされると、なんか、とたんに恥ずかしくなっちゃうけど、アレックスもしたいとは思ってくれてるんだ。
紹介してもらうならしっかり挨拶したいし、万全でいたい。
なら……今夜はしょうがない。

「そっか…じゃあ、残念だけど仕方ないね」
「っ……」
「なら、明日?」
「あー…明日は……」
「明日も駄目なの?」

「…明後日の朝、孤児院に連れてってやりたいし、午後は帝都の別邸に連れていこうと思ってる。
明後日以降は、調整が難しくて…一日あけてやれることが出来ないかもしれない」
「孤児院…アレックスのお祖母さまがいるところ?」
「そうだ」

うーんそっか…それならちゃんとご挨拶したいし、へろへろになってたら失礼だ。
明後日旭さんに会えるのは楽しみだし、僕の体調面が悪くて予定がずれて延期になっちゃったら絶対後悔する。
それに、ただでさえアレックスは忙しい人だ。
あまりわがままを言って困らせたくない。
じゃあ明後日は?って言いたいところだけれど…『あー、明後日は…』って言われたら、より残念な気持ちになっちゃうし、それに、アレックスだって僕に責められてるように感じちゃったら嫌だな。

アレックスがいいよって思うまで待とう。
僕は、いつでもいいようにしておけばいいんだし。
とりあえず明後日の夜までに、その次の日の予定をセバスかセオに聞いておこう。

「わかった」

でも、ちょっと寂しいな…こんなに近くにいるのに。
寂しいなって思ったら、ちゅっとこめかみにキスが落ちてくる。
思わずアレックスを見上げると、困ったような顔をしてる。
困らせたくなかったんだけどな…うまくいかないみたいだ。

「口にして」

また困らせちゃうかもしれないけれど、キスくらい許してほしい。
アレックスが、困った顔にうっすら笑みを乗せた。
唇にそっと触れて、少し離れてからまた優しく口づけてくれる。
唇の感触を確かめるように触れ合う。

本当は、全部明け渡してしまいたい。
でも、それをやったら、折角の決意が無駄になっちゃう。
アレックスもわかってるからそれ以上してこないんだと思う。

だから、今日は、これで満足だ。
ふっと唇が離れて、アレックスが額と額をそろりと合わせてくる。

「明日…」
「ん?」
「明日は…途中まで。レンの負担がないところまでは、しような」
「途中まで?」
「ああ。たくさん触れたいし…それに、レンも触ってくれるだろ?」

かあっと顔が熱くなる。
何も、入れて抜き差しするだけがセックスじゃない。

「うん、もちろん」
「よかった。…じゃあ、今夜は、こうやって寝ようか」

アレックスがほっとしたように安堵の息をついて、嬉しい提案をしてくれた。
腕枕だ。
アレックスの心臓がとても近く感じるし、包まれる感じがしてすごく安心できる。
アレックスのオレンジみたいな香りもすごく近いし、あったかい。
愛されてるなーって感じる。
でも、これじゃアレックス疲れないかな?

「嬉しいけど、腕辛くない?」
「全然。こうやってレンを近くに感じられてよく眠れそうだ」
「僕も、アレックスを近くに感じられて安心して眠れそうだよ」

アレックスが嬉しそうに笑ってくれるから、僕も自然に笑みがこぼれた。
さっきまで寂しいと感じていた気持ちはどこにもなくなって、あたたかくて、ぽかぽかしてる。

「なら決まりだ。…おやすみ、レン、いい夢を」
「ありがとう。おやすみアレックス、いい夢を」

シャンパンも飲まなかったし、ナイトポーションも使わなかった。
色々とお膳立てしてくれたのに、ごめんね。
でも、僕はとても満たされて、ぐっすり眠ることが出来たよ。
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