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本編

-37- 破壊の代償と遡行

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「…アレックス、もう、いいよ」

どのくらい経ったのかな?
わからないけれど、アレックスが無理しているのが分かったから、思わず声をかけた。
そしたら、アレックスはちらりと僕を見やって小さく首を振ってきた。
その間も魔法を口ずさむのはやめない。

でも、アレックスのこめかみから頬に、そして、顎へと汗が伝ってる。
きっと僕には想像がつかないくらいの力を使ってるんだと思う。

アレックスには、僕のために無理してほしくない。

「無理しないで、アレックス」

身体を起こそうとしたけれど、アレックスの左手に力が入って、阻まれてしまった。
強い視線で制されて、その間も魔法を綴るのをやめないから、本当に視線を向けられただけだよ。
でも、その透明度の高く澄んだエメラルド色が、黙ってろって言われた気がして、僕はそれ以上なにも言えなくて口を閉ざしてしまう。


ピシッ

しばらくすると、小さい亀裂音が耳に入った。

ピシッ、ピシピシッ

まただ。
腰に巻き付いている魔道具からじゃなくて、空間から鳴り響いているような。

不安になる嫌な音だった。
よく、心霊現象とかである家鳴りの、あの映像から聞こえる音みたい。

ずっと鈍く発光していた魔道具は、発光が弱まるように不規則な鈍い点滅を繰り返して、発光がやむのが長くなっている。
お化け電球が切れる寸前みたいな、そんな感じだ。
きっと、アレックスの魔法が効いているんだと思う。

それでも、アレックスは表情を緩めることなく、とめることなく滑らかに魔法を口ずさんでいく。
アレックスの額に汗が浮かぶ。

その汗を拭うことも、今の僕には出来なくてもどかしい。

ピシッ、ピシピシッ、パシンッ

空間に亀裂が入るような嫌な音は、どんどん大きくなるし、途切れない。
もう無理しなくていいし、やめていい。
そう思うのに、アレックスの邪魔をしたくなくて、拒むことも出来ない。

じっと見つめていると、ツーと、アレックスの左の鼻穴から血が垂れるのがわかった。

「っ!?」

それでも、魔法をやめようとしないアレックスに、もう、僕の方が限界だ。
阻まれても無理やり身体を起こす。
魔法をやめないアレックスが、驚いたような目を僕に向けてくる。

なんで、そんなに頑張っちゃうんだろう?
頑張るって言ったけど、でも、そんなになるまでやるなんて聞いてないよ。
今やめたら、きっとまた前も後ろも中に入ってくと思う。
でも、もう、いい。
また別の方法を探すから、僕は大丈夫。
アレックスの頭を包み込むように腕を伸ばす。



次の瞬間、ガシャーンともダーンとも、バーンともつかない大きな音が響き渡り、僕の腕は空ぶって空を切った。
ベッドにいたはずのアレックスが、向かいの壁際まで吹っ飛んで強く背中を打ち付けて、そのまま壁を背に崩れる。
急いで、ベッドを降りて、アレックスの方に向かう。

窓ガラスがすべて割られて、扉も壊れて、カーテンも壁もズタズタに切り裂かれてる。

「…っ」
途中、ガラスを踏んだのか足の裏に痛みが走るけれど、関係ない。

「アレックス!」
汗と鼻血を拭って、胸に抱えるように頭を抱き寄せると、すぐ、反応はあった。

「取れたぞ、良かった……」
アレックスの右手に、干からびて茶色い色をした蔓のようなものが握られていて巻き付き、その指先から手首のあたりまでが同系色に染まっている。
満足そうに一度笑ってから、アレックスはゆっくりと意識を手放した。

「手が……っ」

巻き付いている蔓をはがすと、脆くボロボロと崩れて床に落ちる。
でも、アレックスの手の色は変わらず、指から手首までが枯れ木でできた棒切れみたいになっていた。
その手をそっととる。
アレックスの、大きくて、あたたかくて優しい手が、指先が、こんなふうになるなんて。

嫌だ。

魔法なんてどうやって使うのかわからない。
でも、僕は魔力が強いはずだ。

ここは、異世界。
僕のいたところとは違う。
魔力が強いなら魔法が使えるはずだって言ってたじゃないか。
神器とは、魔力が多いから、おじいさんになっても重宝されるって言ってた。

僕は、アレックスの神器なんだ。
治れ、、、ううん、治るんじゃだめだ、言葉が弱い。
行動を起こす言葉の一つ一つで、意味が違えば思いも伝わり方も変わってくる。
元の状態にだよ。
元に、そう、元に戻れ。

アレックスの指は、少し節の目立つ、それでも綺麗で長い指だ。
アレックスの掌は、大きくて優しい、ぼくより厚みのある掌だ。

戻れ、戻れ、元に戻れ。

元通りになって、また僕の頭を、髪を、頬を優しく撫でてほしい。
その手で優しく抱き寄せてほしい。
アレックスの右手を握りしめる。

「いかがされましたか!?……これは、、、一体、、、」

慌ててセバスさんが壊れた扉から部屋に入ってくるなり、息を飲んだ。


僕の手の中にあるアレックスの枯れ木のような右手。
その右手が、僕の思いの大きさと強さと同じくらい、眩しいほどまでに虹色に光った。
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