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本編

-30- 胴慾を隠す アレックス視点

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「あ、じゃなくて、そうじゃなくて。母さんと父さんとそれと僕を応援してくれたファンの子たちとか。
みんな、僕を支えてくれてたから、だから」
レンが焦ったように、訴えてきた。

そうじゃない?母親と父親とファン。
やばい、それだけで一瞬喜びで頭の中に鐘が鳴り響いた。
恋人がいないと知っただけで、これだ。
自分がおかしい人間になった気がする、や、もうさっきからというか出会ってから俺はおかしい。

けど、もう一度頭を撫でるくらいなら、欲を悟られずに、自分を許してやれそうだ。
支えてくれていたものを、全てなくしたレンを、俺が支えてやりたい。
今なら、名前を口に出来そうだ。

「そうか……向こうで、レンはたくさんの人に支えられてたんだな」
「うん」
「レンが大切にしてるたくさんの人にはとても足りないだろうが、ここでは俺が支えるから、頼ってくれていい」
「っ……」

頼ってくれていい、か。
あー、くっそ、まじでヘタレだって自分でも思う。
けど、今までの俺が生きてきて、好きになってもらえる自信なんて、塵ほどにもない。
育ての親である祖父母からの愛情、そして少なくも固くありがたい友情は、疑うすべもない。
けれど、恋愛方面はさっぱりだ。
それに、闇属性の俺自身を受け入れてくれる人は今までいなかった。
心ももちろん、身体もだ。
まぁ、下手したら死ぬわけだから、命かけてまで俺とセックスしてもいいなんていう阿呆はいない。
親に金をつまれて売られそうになったやつがいたが、そんな恐怖で震えながら俺を見る目をしてるやつを買うわけがない。
そこまでしてやる意味もないし、趣味もない。
属性が闇なだけで、おとぎ話の悪魔でも魔王でもないんだぜ、俺は。
そんなわけで、俺はいまだに童貞だ。
28歳にして、童貞。ヘタレにもなるだろ。

「それと、役者か…こっちにも役者、舞台はあるにはあるが……劇団は国中を旅してくのが基本だからな、レンには難しいかもしれない」

難しいかもしれない、じゃねえだろうと口にしてから脳内でツッコミを入れる。
神器であったとしても絶対出来ないことじゃない、じゃないが、やらせたくないだけだ。
自分のそばから離れてほしくないだけだ。
この浅ましい心を知られたくなくて、こんなふうに卑怯な言い方しかできない。
あー、また泣きそうになってる。
酷なことを言ってるのはわかってる。
けど、他のことなら。

「けど、ピアノはここにもあるし、婆さんのとこ…領にある孤児院にいるんだが、そこにいけばでっかいのがある。
歌とダンスは…こっちのとは違うのかもしんないが、習いたきゃ講師を呼んでやる。
剣技は、あー正直あんまり勧めらんないけど、伝手はある。あとは、カンフーってのはこっちにないからよくわらないが、それも―――どうした?」
「っ……」

結局泣かせちまった。
甘くて瑞々しい花からつくられた蜂蜜みたいな香りが一層濃くなる。
吸ったらきっと甘いだろう。
そんなことは出来ない。
涙をぬぐうことしかできないもどかしさを感じるが、選択を間違えちゃ欲しいものも手に入らない。

「泣くな……、あー、もう、ぼろぼろじゃねえか」

出来ないことがあっても、これから出来ることに目を向けてほしい。
願わくば、隣で笑っていてほしい。

待ち焦がれていたもんがようやく手に入る。
神器なんて必要ねー、そう言っていたし本気でそう思っていた。
だが、ふたを開けてみたらどうだ?
自分が滑稽なくらいに渇望している。

神器なら誰でもよかったわけじゃない、そう思いたい。
自分には神器なんて必要ない、そう思っていた。
けど、闇の属性を持ち、俺自身の全てを受け入れてくれるかもしれない、っていう存在は、自分が思っていた以上に欲していたようだ。

そういう存在が、この国では神器でしか見つからないのもわかっていた。
わかっていたが、そんな神器なんて不道徳なもんを、金と権力で手に入れたいとは思わなかった。
この国に対象がないなら、しょうがない。
この先、今ある全てを手放してもどうしても欲しいと思う時がもしもあったなら、その時は国境を越えるリスクを冒して伴侶を見つける旅に出るのもいい。
この国は、ひどく自分勝手で身勝手で、強い力で守られているから。

そう思っていたが、目の前に欲しいものが突然降ってわいたんだ。
俺は、もう、絶対手放してやれない。

こんな醜い心を晒してはいけない、少しも、欠片もだ。

レンが、俺の右手を両手でぎゅっと握りしめてくる。
可愛いくて綺麗で、、、どうしようもなく可愛い。

「っありがとう……アレックスさん、ありがとうっ」
「さんは、いらないぞ、アレックスでいい」
「ありがとう、アレックス……っ」

ああ、俺はなんて汚い大人なんだろうか、と思う。
可愛い声で自分の名前を呼ばれることに、満足感を覚えてる。
自分の欲求を見せないように、それでも少しずつ埋めていく。
胸に引き寄せると、嫌がりもせずおとなしく収まった。

今なら言えるだろう、さっき言いたかった本当の言葉が。

「ああ、俺を頼ってくれ」
「うん……」

俺の服を握りしめて答えるレンを、俺の全てで支えてやりたい。
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