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本編

-29- 胴慾を隠す アレックス視点

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「っ?!どうした?大丈夫か?…何やってんだ、爺」

抜いた後にしっかり浄化もしたし、爺にはばれたとしても、あの美しく可愛い少年にはばれないはずだ、そう思って急いで空間を移動し部屋に戻ったが、
その肝心の彼は、ボロボロと涙をこぼして泣いていた。
は?いやいや、あれからまだ5分も経ってないだろ?なんでこんなに泣いてるんだ。

甘い蜂蜜のような香りが、涙で濃く香ってくるのがわかる。
けど、こんな姿を見せられたら匂いに気を取られている場合じゃない。
可愛そうなくらい痛々しいほどの泣き方に、こっちまで心が痛んでくる。
薄い背中を手で支え、できるかぎり優しく涙をふき取ってやる。
黒くてデカい瞳が俺を捉えて、その長いまつ毛が震える。
まつ毛にも涙の粒が乗っていて、口付けて慰めてやりたいが、そんなことは相手が望んでいないだろう。
今許されるのは、その粒もそっと指で拭うだけだ。

「申し訳ありません、言葉と配慮が足たらず。アレックス様、少しこの場をお任せても?」
「あぁ、わかった」
「レン様、申し訳ありませんでした」

扉が静かに閉まった。
爺が…セバスがあんな顔をしてるの、久しぶりに見たな。
ってことは、本当にあいつ自身、自分が悪かったって思ってるってことだ。

てか、レン様、か。
…や、俺が名前を呼ぶ前に何呼んでるんだとか嫉妬してる場合じゃない、そうじゃないだろ。
そうじゃないだろって思うが、あー、なんだこれ、すげー納得いかなくてもやもやする。
や、俺も名前を呼べばいいだけだろうけど、でも、、、
なんだ、こんな感覚……28年間生きててなかったことだ。

俺にまっすぐに目を向けながらも、未だに静かに涙を流す可愛い生き物。
俺に出来ることがあるなら、なんでもしてやりたい。

「どうした?もう泣くな……や、こんなんされたらそれもしょうがないよな」

泣くなといったが、そうだ、こんなクソな魔道具までつけられて知らない場所にひとり。
泣きたくもなるよな。

だから、悟られちゃならない、とぐっと自身を戒めて欲を隠す。
性欲だけじゃなくて、この焦がれるような強い慕情をも、俺自身の欲の全てを隠せ。

「八つ当たりしちゃった……」
「ん?」
小さくて可愛い唇が震えて、言葉を紡いだが、よく聞き取れなかった。
聞き返すと、少しだけ目を伏せて、素直に白状してくる。
「セバスさんが悪いわけじゃないのに、八つ当たりしちゃったんだ。元の世界に帰りたいって帰してって、そんなのできないこと知ってるのに」

本音をさらせば、口づけて慰めてやりたい。
その可愛い目元に、きめ細やかな頬に、すっと伸びる綺麗な鼻筋と鼻先に、薄くて可愛い艶やかな唇に。
帰してやれない、帰せない、帰したくない、俺のものだ。
醜く、もどかしく、やるせない気持ちをも、全て抑える。
この美しく可愛い生き物、レンのためじゃない。
自分のためだ。
俺自身が、レンに嫌われたくないがためだ。

帰りたいっていう気持ちを、ここにいたいって思わせるだけの力が俺にはまだない。
けれど、傍にいてやりたいし、いてほしい。
…今そんなん言ったら、逆効果だってことくらいはわかる。

普段、俺は、気持ちを抑えない。
通常運転で発散型だ、それをやめる気もない。
他人にどう思われても良かったし、わかってくれない人間に取り繕う時間を費やすだけ無駄だ。
顔にすぐに苛立ちが乗るから、貴族には向いていないってのは十分にわかっているが、
俺の周りがそれを許してくれたし、必要性を感じたことなどなかった。

欲を感じさせないように細心の注意を払いながら、頭を撫でてやる。
俺はずるくて汚い大人だと、心底思う。
聞いたらきっと、呆れるだろうな。

「セバスは、あいつがあんな顔してるときは自分に非があるって認めてるからだ。気にしなくていいぞ?」
「…でも」
「どうしても気になんなら、あとで謝ればいい。でも、そうか…帰りたいのか。なんか、帰りたい理由があるのか?」

もう、帰せる手段があったとしても、帰してやれねえけど。
帰りたいっていう理由を聞いて、俺ができることがあるならそこから埋めていくしかないだろ?

「僕は、向こうの世界で俳優をやってて。あ、俳優ってこっちにもあるのかな?役者のことだよ、舞台上で演技をしたり、テレビや映画…はないよね、うん。
その、子供のころから役者をやっていてね?母さんが女優で、その影響からなんだけど。長いこと休んじゃったけど、やっとこれからだって時だったんだ」

俳優だったのか。母親が女優っていうんなら、レンはきっと母親似なんだろう。
てれびとか、えいがってのはよくわからないが、舞台にかわる別のもんがあったんだろうな。
子供の頃から目指している何かがあって、それを横からかっさわれたわけか、酷えな、それは。
「そうか」

「それにね?ピアノも、歌も、ダンスも習っていてね?あと、殺陣も。殺陣っていうのはね、舞台上の剣技って言えばいいのかな、そういうのも習っていてね?
筋がいいねって褒められてたんだ。あとは、カンフーも習っていたよ。すごくかっこいい俳優さんがいてね、その人がカンフーをしていて。僕もあんなふうに出来たらいいなって思って始めたんだ。最近は先生に褒められることが増えたんだ」

ピアノに歌にダンス?すげーな、俺には全部苦手なものじゃねえか。
たてってのは盾じゃないのか、剣技ならわかる。
けど、こんな細腕で筋がいいってのもすごいことだ。
カンフーってのがどんなものか知らないが、話の流れから体術らしいのは分かった。
こんな細い身体で?
けど、今までにないくらいキラキラして可愛い顔して自然に笑顔まで浮かべてる。
ってことは、レンは、自分のやりたいことに一生懸命で、やりがいを感じていたんだろう。

「そうか…頑張ってたんだな」
「うん…向こうには大切な人がいたから、だから」

衝撃に、手が止まった。
大切な人、大切な人か、まぁ、、、そりゃそうか、そうだよなあ。
こんだけ可愛いんだ、恋人がいないほうがおかしいだろ。
わかるが、わかりたくない、わかってやれない。
あんなにエロくて可愛い姿を俺より先に見たやつがいるのか。

なんだか頭を撫でている行為が、とたんに心の内を見透かせてしまいそうで手を放す。

「付き合ってるやつがいたのか」
「え?」
「大切な人、恋人がいたんだろ?」
いてもおかしくない、だがいてほしくない。
もしいても、いたとしても、、、なんだ、俺はそれ以上になってやりたい、や、なるから。
覚悟を決めたようにレンの瞳を見つめると、その大きな瞳が応えるように揺らいで見えた。
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