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本編

-24- 八つ当たりと誤解

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「あ、じゃなくて、そうじゃなくて。母さんと父さんとそれと僕を応援してくれたファンの子たちとか。みんな、僕を支えてくれてたから、だから」
「そうか」

アレックスさんは、ため息をひとつ吐くと、髪を梳くように僕の頭を撫でてくれた。
繰り返されるその行為は、さっきの詰まっていたなにかまでほどくみたいに、呼吸をしやすくする。
うまく言葉にできなかったけれど、恋人がいたわけじゃないって、ちゃんと伝わったみたいで良かった。
アレックスさんには、誤解してほしくない。

「向こうで、レンはたくさんの人に支えられてたんだな」
「うん」
「レンが大切にしてるたくさんの人にはとても足りないだろうが、ここでは俺が支えるから、頼ってくれていい」
「っ……」

さっき、呼吸がしやすくなったばかりなのに、なんでかな?
また、詰まる感じがしてなんだか胸が苦しい。
鼻の奥が痛い。視界がぼやける。
泣きそうなって、堪える。
何か言葉にしたら、また涙がでると思う。

「それと、役者か…こっちにも役者、舞台はあるにはあるが……劇団は国中を旅してくのが基本だからな、レンには難しいかもしれない」
声にしたら、涙がでそうだから、うなずくことで答えた。

「けど、ピアノはここにもあるし、婆さんのとこ…領にある孤児院にいるんだが、そこにいけばでっかいのがある。
歌とダンスは…こっちのとは違うのかもしんないが、習いたきゃ講師を呼んでやる。
剣技は、あー正直あんまり勧めらんないけど、伝手はある。あとは、カンフーってのはこっちにないからよくわらないが、それも―――どうした?」
「っ……」
まだ、声にしてない、声にしてないのに。
目頭が熱を持つように痛い。
涙が、あとからあとから出てくる。
子役時代から、あんなに簡単にコントロールできていたのに。
アクション開始で秒で泣きたいときには瞬時に泣けてたのに。
こんな、泣きたくないときにどんどん出てくるなんて。
僕の涙腺はおかしくなっちゃったのかもしれない。

「泣くな……、あー、もう、ぼろぼろじゃねえか」
アレックスさんは困った顔をしながら、それでも優しく頬を包んで、親指でそっと拭ってくれる。

帰れないことが悲しいからじゃない。
役者ができないことが悲しいからでもない。
そうじゃないんだ、そうじゃなくて、この人が、あまりに優しいから、だから。

僕の頬を包んでいたアレックスさんの右手をとって、ぎゅっと握る。
うまく言葉にできない僕の今の感情ごと、全部伝わってくれたらいい。
「っありがとう……アレックスさん、ありがとうっ」
「さんは、いらないぞ、アレックスでいい」
「ありがとう、アレックス……っ」

アレックスさん、ううん、アレックスは、握っていた僕の手を握り返した後、左腕でそっと自分の胸に引き寄せてくれた。
ずっと背中を支えるように添えられていた左手だったけれど、もっと近くてあたたかくて安心する。
オレンジみたいな甘い香りが、いっぱいに広がる。
「ああ、俺を頼ってくれ」
「うん……」


「落ち着いたか?」
「うん…」
ぐずぐずと泣いている僕が、おさまるまでそのままでいてくれた。
引き寄せていた左腕も包んでいた右手もそっと離れていく。
名残惜しく感じてアレックスを見上げると、さっきと同じように左手で僕の背中に添えてくれた。
言わなくても通じてくれたみたいだ。
アレックスは、大人だな。

「とりあえず、これをどうにかしないとな」
そう言って、アレックスは僕の腰あたりにある貞操保護具の鎖を確かめるように摘まんだ。
貞操保護、って……これ、保護じゃなくて、禁制だよね。
性交や自慰どころか排泄もできないなんて。

「もういっそのこと壊しちまうか」
「え?出来るの?」

トイレの時、外れないって言っていたし、セバスさんだって、確認して自分には無理だって言っていたのに。
「ああ、術式が複雑すぎて解読して外すことは無理だけどな。壊すことなら出来ると思うぞ」
「そっか、なら―――」
「けど、壊すなら、前も後ろも先に外せるとこ外すことになるけど、それでもいいか?
万が一のことがあると危ないから、中に入ってるもんも周り囲んでる輪もはずしておきたい」
「う……、そっか、そうだよね」

でも、どっちみちこのままでいても、おしっことうんちするときにはまたアレックスに外してもらわないといけないんだし、おしっこはものすごく恥ずかしかったけど見られたあともなんとか乗り切った…でも、うんち?無理無理無理!

それに、神父さん…名前なんだっけ?忘れちゃったけれど、その人が来たって、先に外すことになるかもしれないし……
というか、外すことにならなくても、僕のこの状態をまた人に見せるのは、出来るだけしたくない。
それなら今すぐアレックスの手で壊してもらったほうがずっとマシだ。

「どうする?」
「お願い、アレックスが壊して」
「…っわかった。じゃ、先に外せるとこ外すぞ。このままもうちょいこっちに背預けてくれ」
アレックスが靴を脱いでベッドの上にしっかりと乗りあがり、右膝をついてしゃがみこみ、左腕を回してくる。
言われるがまま寄りかかると、僕の背をその左胸と左腿で支えてくれた。
「それじゃ首疲れるだろ、頭こっち」
「うん」
左肩にまで完全によりかかると、柑橘系の甘い香りが濃くなる。
甘くて良いにおいだなー、ずっとかいでいたいくらい。
そんな風に思っていると、お腹の下にあるゴム板みたいなところにアレックスの左手が触れた。
さっきと同じように、お腹が少しだけあたたかかった。
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