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本編

-175- 念を押されずとも オリバー視点

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さて、今日はいよいよネストレさんの訪問日となりました。
朝からタイラーに『よろしいですね?』と聞かれて、『アサヒの妊娠のことだろう?ちゃんと覚えているよ』と返すと『ならば結構です』と返される始末です。
私が忘れっぽいのは自他共に認めることですが、なんだか朝から疲れてしまいました。

とはいえ、こうしてアサヒと一緒ならば外に出かけるのも苦ではありません。
アサヒが楽しそうにしてくれるからです。
それをすぐ傍で見られるのが、とても楽しい。
傍にいるだけで、アサヒは私の気分を上げてくれます。
居心地が良すぎるのも普通の人ならば問題かもしれませんが、アサヒは私がこれだけ執着していても嫌がることはしないので問題ありません。
ああ、恥ずかしがることはありますよ?
それが、ますます可愛らしいと思わせるのです。

途中馬車の中で気分を悪くしたアサヒでしたが、おはぎの機転で直ぐに酔いは治りました。
馬車酔いは病気でもありませんし、毒でもありませんから例の腕輪の効果はないのでしょう。
酔い止めの薬は、万が一アサヒが妊娠している場合、避けたいものです。
おはぎには助けられましたが、ああいった他人の目に見える形でアサヒを助けるのは控えて貰いたいことです。
周りの人がびっくりしますし、せめてやるならやるで合図などが欲しい。
先生が相手ならまあ問題ないでしょうが、今度同じようなことがあった時に私が咄嗟に誤魔化せるか、自信がありません。
黙ることは出来ても、嘘が苦手なのです。

嘘には、良い嘘も悪い嘘もあるでしょう。
自分自身に嘘をつくのには慣れてしまいましたが、他人に対して嘘をつくのは本当に後ろめたいのです。
宮廷薬師時代、大丈夫でなくても大丈夫だと言い聞かせていた私は、実際問題大丈夫ではありませんでした。
壊れる寸前で辞めることが出来ました。
家族にも友人にもとても助けられたので、もっと頼って良いと口々に言われましたが、中々言いづらいこともあります。

それでも、アサヒが来てからは、少しずつ私も自分に対して正直になってきました。

最初は戸惑いが多かったです。
私の理想像……いいえ、他人が理想とする私、と言った方が正しいでしょう。
その理想像からは遥かにかけ離れたものですから、そうあろうと無理していた時期が長かった分、中々自分自身を受け入れられませんでした。

ずっと完璧を求められてきたので、本当に驚いたのです。
完璧じゃないからこそ好きだ、というようなことを言われて、アサヒは本当に珍しい人だと思いました。
ですが、同時に、今まで自分自身が一番言って欲しかったことだったと思い知らされもしたのです。
アサヒがいなくなれば、きっと私は生きてはいけないでしょう。

重すぎると自覚していますが、アサヒはいつも笑って受け止めてくれるので、今はそれに甘えることにします。



「兄ちゃんっ!」
「おう、シリル、元気にしてたか?」
「うん!」

シリル君の家に到着すると、すぐにシリル君がアサヒに満面の笑みで駆け寄っていきました。
アサヒもとても嬉しそうにシリル君の頭をわしゃわしゃと撫でています。
お人好しで面倒見がいいアサヒに、純粋なシリル君が心を許し、とても懐いているのがわかります。
そこに一ミリも恋愛感情は乗っていないので、なんとか大人な対応が出来ます。
シリル君がまだ小さいということも大きな理由でしょう。

「お待ちしていました」

扉を開いて出迎えたネストレさんも、大分体調が良くなったようですね。

「随分良くなった。ちゃんと食べてるようじゃな」
「はい。ご心配をおかけしてすみません。このように回復して自分でも信じられないほどです」
「うむ。ちゃんと目標が出来たことは良いことじゃ」
「はい。本当にありがとうございます。何もありませんが、どうぞ───」

ネストレさんと先生とが挨拶を交わす中、アサヒはシリル君と一緒にそれを眺めている様です。
心身ともに、今日は一緒でも問題なさそうです。
ですが、私には先生との時間が少しだけ欲しい。
そう、アサヒのいないところで聞く必要があるのです。

「アサヒ、シリル君と先にお庭に行ってください」
「わかった。じゃあプリン持ってく」
「私も後でそちらで食べるので、このままお渡ししますね。先生の目の前で差し出すのは、少し気が引けます」
「わかった」

先生を理由に出せば、アサヒは疑うことなくプリンを受け取ってくれました。

「兄ちゃん、プリンってなあに?」

シリル君が不思議そうにアサヒを見上げて問いました。
食べたことがない、ならわかりますが、プリン自体を知らないことに衝撃を受けてしまいました。
ですが、そうですね……このようなところに住んでいたら、プリンなど話題にもされないのでしょう。
アサヒも一瞬言葉に詰まってしまったようでした。

「あー…プリンってのは、甘くてプルンとしててたまごで出来てるおやつだ。美味いぞ。ちゃんとの分もある」
「ありがとう!」

キラキラした瞳でお礼を言うシリル君と、その小さな手に惹かれながらお庭へと足を向けるアサヒを背中越しに見送り、私は先生の後を追うのでした。
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