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本編
-154- 黒いもや オリバー視点
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「っアサヒ、もっと弱くできますか?」
「え、もっと?」
薬師としての良し悪しが決まる一つの要因は、魔力調整だと言われています。
一般的に魔力調整は魔力が高ければ高いほど難しくなります。
調合というのは、とても繊細な作業であるのをアサヒも知っています。
アサヒも、見えないからこそ難しいと言っていましたね。
私とアサヒの魔力の相性はとてもいいのですが、アサヒの方がずっとずっと魔力が高いのです。
アサヒにとっては、少しずつ注いでいるつもりかもしれませんが、私からしたら一気に注いでいるようにしか思えません。
「もっとです。アサヒの方が魔力が高いのでアサヒが私に合わせていただかないと」
アサヒはびっくりしていますが、そうじゃないと私の魔力がすぐに尽きてしまいます。
魔力が倍ほど多いアサヒに、私に合わせろとは難しいことを言っているのは分かっています。
ですがそうする他は───……凄いですね。
そうする他はない、と思っている間に、アサヒがすぐに私に合わせてくれました。
「ああ、良いですね。アサヒは自分で言うよりずっと魔力調整が上手ですよ」
「そっか?目に見えないからよくわらねえんだよなあ」
それでも言ってすぐに合わせられるのですから、アサヒは魔法自体が上手い。
魔法のない世界からやってきたのにも関わらずです。
おはぎが毎回『アサヒはすごい!』と言っているのがわかります。
普通は一度で、石の槍は出来ませんし、出来たとしてそれを的に当てることなんて出来ません。
水を出すのも最初からソフィアと同じようにシャワーで綺麗に出していましたからね。
見よう見まねで同じように出来るのがまず凄いことですし、言われて、ハイ、と出来るのも凄いことなんですよ?
アサヒは、『言われないと出来ないのは、別に凄いことじゃねーだろ?』なんて言っていましたが。
「こればかりは感覚ですね。そろそろ止めますよ。さん、に、いち……はい、ストップ」
些か魔力を注ぎすぎじゃないかとも思いましたが、私が一人で調合した時よりも明らかに魔力の吸収率が良かったので、今のがベストなタイミングだったはずです。
しかし......今の時点で明らかに効果がいます。
効果が違うというよりも、物そのものが違うと言っても良いでしょう。
コンブ以外は全て陸の植物で7種を混じえるのですが、過程の段階でこうも違うとは。
「……なんかマズったか?」
私が何も言わなかったのでアサヒを心配させてしまったようです。
「いえ、大丈夫です。続けましょう」
そう告げると、アサヒはあからさまに安心した表情を私に向けて来ました。
予想通り、続く調合に関しても、都度魔力の吸収が良く、満タンだった私の魔力はかなりこの調合だけで消耗しました。
通常、二人で調合したのだから、魔力量もその半分で良いはずなのです。
にも関わらず、体感的にはその3倍ほど使った気がします。
これは......これではこのままクリームとしたら、逆に何らかの副作用が出そうです。
薬やポーションは強ければ良いというものではありません。
この薬、液体であっても、とんでもない効果を発揮する代物です。
鑑定結果の補足には、“効果は絶大です!どんな場所でもあら不思議、たちまちフサフサに!良質で健康な髪の毛がすぐに生えますよ。髪の長さは薬の量で調節してくださいね。”等と恐ろしい文面が見えます。
アサヒの鑑定と私の鑑定では私の方がその能力は上です。
アサヒの場合は、薬の名前、原材料とその割合、制作者、効果と副作用、その他持続時間等が数値として現れるのだと聞いています。
私の場合は、もう少し詳しく鑑定できます。
原材料そのものの品質や産地だけでなく、調合過程も見えますし、先ほどのような補足も見えます。
この補足は、学生時代に急に出てきました。
有難くも、偶にその口調にイラっとします。
どなたの口調なのかと疑問に思いましたが、友人たちはみな『テンションが高い時のオリバーの口調』だと言います。
納得は、していません。
ああ、そんなことは、今はどうでもいいですね。
「これはこのまま液体として完成としましょう」
「……やっぱ薬草抽出で俺の水魔法使ったのが原因か?」
「かもしれません。あと魔力の性質が変われば別のものが出来上がることは珍しくないので。
ただ、これはかなり効果がある……というか、ありすぎます。試しに、ラットで実験してみましょう」
今回の実験では、二匹の異なるラットを用意しました。
一匹は毛がうさぎのように生えており、短い尾にまで毛が生えているラットです。
このラットは、人懐こく育てるのが簡単で、種を頬に詰め込む習性があるラットです。
草や種の他、虫などなんでも食べるのですが、通常の白いラットよりも値が張るのが特徴です。
毛足が長いので用意しました。
そして、もう一匹は、グレーピンクの肌が寒々しいほどラットで、毛が全くない品種です。
毛がないというより、毛穴が退化してると言った方が正しいでしょうか。
偶然生まれた毛のないラット同士を掛け合わせて生まれたのが、このラットです。
私は、こちらのラットにも毛が生えるのではと予想しています。
「え、コレ、ハムスターじゃねえの?」
アサヒが、毛のあるラットをじっと見つめながら驚いた様子で聞いてきました。
ですが、ハムスターという動物は聞いたことがありません。
「ラットです」
「……ハムスターだろ、どう見ても」
アサヒがいた世界では、ハムスターというのかもしれませんが、少なくともこちらではラットです。
「これは、ラットですよ」
「そっちの、寒々しいのは?」
もう一方の毛のないラットを見て、アサヒが不思議そうに聞いてきます。
でも、答えは一緒です。
「こっちもラットです」
「マジか……」
「人間だって見た目が全く違っても人間でしょう?
毛の色や量、肌の色、体格、全く異なっても同じ“人間”です。それと一緒ですよ」
「あー……まあ、うん。それはそう、だよな」
アサヒは、無理やり納得したように頷きました。
全て納得は……していないのかもしれませんね。
マナト君も同じようなことを言っていましたし、アサヒのいた世界とは考え方が少しだけ異なるのかもしれません。
気を取り直してアサヒの両掌に毛のあるラットを乗せます。
「可愛いなー。ちゃんと元通りに毛が生えるといいんだけど」
「きっと大丈夫ですよ」
アサヒは、本当に動物が好きなようですね。
一応、実験用のラットなのですが。
このラットでは、生死に関わる実験は今後出来そうもありません。
可愛いと言っていますが、そんなことを言っているアサヒの方がよっぽど可愛らしい。
そう思いませんか?
ラットの背中部分をカミソリで少し剃り、スポイトで吸い上げた毛生え薬を2滴ほどその背に落とします。
すると瞬時に元の長さまで毛が生え、他の毛と馴染みました。
こころなしか、生えてきた毛の方が艶々しているようにも見えます。
良質というのは間違いなさそうです。
それにしても一瞬の出来事でした。
「やはり。これなら医療用として使えますね。頭を怪我した方のアフターケアが出来ます」
あ……つい、思ったことをそのまま口にしてしまいました。
医療用になんて……赤の他人へ薬を提供するなど、私にはまだ無理にきまっているのに。
それにしても───
「こいつはなんも気にしちゃいないから、痛いわけでも痒いわけでもなさそうだな」
ええ、アサヒの言う通りです。
このように瞬時に毛が伸びるわけですから、普通は地肌に負担が出るはずです。
かゆみや痛みが出て良いはずなんですが、本当に何ともなさそうです。
このラット自体、鈍感な種でもありません。
「皮膚の状態も変わりませんね。肌に負担はなさそうです。では、次はこちらへ」
そっとゲージに戻し、次は毛のないラットの方ですね。
こちらのラットは警戒心が強い品種です。
人にかみつくということはありませんが、人の手を嫌がります。
ゲージの隙間からスポイトを差し入れ、隅で縮こまっているその背に数滴薬を垂らしました。
「なんも起こらな───うお……まじか」
先ほどより数秒遅れましたが、予想通り毛が生えました。
数本どころではなく、真っ白な毛にそこだけ覆われている状態です。
“どんな場所でもあら不思議”とありましたが、全くその通りです。
「このラットは、突然変異で毛のないラットが生まれたものを掛け合わせて作られたラットです。
つまり、生まれつき毛のないラットなのです。にも拘わらず、毛が生えてしまいました」
「これ……マズくないか?」
アサヒの言う通りです。
誤って指先に触れてしまったら、指先に毛が生えてしまいます。
さらにこれが出回れば、世の男性で禿を気にする者はいなくなります。
「ええ、正直ここまでとは……非常にマズいですね」
そうなると、打撃を受け、路頭に迷う店がいくつか出てくるでしょう。
一部に恨みを買うこと間違いなしです。
恐ろしい薬が出来上がってしまいました。
「……10倍に希釈してみましょう」
「ああ」
結局、10倍に希釈たものを、更に10倍に希釈し完成品としました。
補足としては、“朝晩2回、清潔な地肌に滴下しましょう。効果は5日目から。約一カ月で思い描いた通りふさふさになれますよ!汗や皮脂の量で効果は半減しますので注意が必要です。また手についた薬液はしっかりと洗い流しましょう”とのこと。
これならば不自然ではないでしょう。
「こっちは薬師ギルドでちゃんと治験を頼もうと思うが、いいか?」
ああ、そうなりますよね、当然。
先ほど私が、医療用に等と口にしたばかりに、アサヒはこれを伯父上だけでなく世に広める前提で話ているはずです。
それは、誰でもない“私のため”を思ってのこと。
今はアサヒが傍にいてくれますが、それでも私には難しいです。
殆どの薬の効果は、人によります。
この薬も、『汗や皮脂の量で効果は半減します』とあります。
副作用は特になしとありますが、肌の弱い方にはかぶれや湿疹等があるかもしれません。
そのための治験であることは分かっていますが、私はまだ他人の反応が怖い。
植物は、正直で素直です。
嘘をつきませんし、妬みや言いがかりを言いませんし、きちんと応えてくれます。
言葉は言いませんが、感謝されるのがわかります。
ですが、人間は平気で嘘をつきます。
本来入っていないものを混ぜて言いがかりをつけることもあります。
実際宮廷薬師時代には、効果があっても全くなかったと告げられたこともありますし、効果の半減する薬草を混ぜられて数度言いがかりをつけられたこともあります。
薬師ギルドでそのような言いがかりをつけられるとは思いたくありません。
ですが、独立してから私は以前よりずっと稼いでいますし、ギルド員の中には宮廷薬師になりたくてもなれずにギルド員になった者もいます。
宮廷薬師になったのにも関わらず、自分から辞めた私に対して妬む者がいるかもしれません。
それでなくとも、恋愛関係でどこかで恨みを買っているかもしれないのに。
「これは……色々な意味で出すのは早い気がします。とりあえず家の者に協力を仰ぎましょう。
特許の申請だけはしておくとして……商品化には時間をかけたいです」
色々な意味、なんて本当はありません。
ただ、私の意気地がないだけです。
「勿論、クリフォード子爵へお渡しする分には構いませんが、ギルドへの治験は待っていただけますか?
私に預からせてください」
「わかった」
アサヒが納得して快く頷いてくれることに、酷く安堵しました。
そんな安堵した自分に気が付き、心の中にじんわりと黒いもやの塊が生まれます。
蟠りという名の、黒いもやの塊です。
育てたくないと思っても、自分ではどうすることも出来ません。
今は、ただその存在を自覚することで精一杯でした。
++++++++++++
4700文字をこえて長くなりましたが、今回は切れずにこのまま一話更新としました。
うじうじしているオリバーに、若干作者がイラっとしてます^^;
もう少しでオリバー視点から抜けますので、お付き合いよろしくお願いします!
「え、もっと?」
薬師としての良し悪しが決まる一つの要因は、魔力調整だと言われています。
一般的に魔力調整は魔力が高ければ高いほど難しくなります。
調合というのは、とても繊細な作業であるのをアサヒも知っています。
アサヒも、見えないからこそ難しいと言っていましたね。
私とアサヒの魔力の相性はとてもいいのですが、アサヒの方がずっとずっと魔力が高いのです。
アサヒにとっては、少しずつ注いでいるつもりかもしれませんが、私からしたら一気に注いでいるようにしか思えません。
「もっとです。アサヒの方が魔力が高いのでアサヒが私に合わせていただかないと」
アサヒはびっくりしていますが、そうじゃないと私の魔力がすぐに尽きてしまいます。
魔力が倍ほど多いアサヒに、私に合わせろとは難しいことを言っているのは分かっています。
ですがそうする他は───……凄いですね。
そうする他はない、と思っている間に、アサヒがすぐに私に合わせてくれました。
「ああ、良いですね。アサヒは自分で言うよりずっと魔力調整が上手ですよ」
「そっか?目に見えないからよくわらねえんだよなあ」
それでも言ってすぐに合わせられるのですから、アサヒは魔法自体が上手い。
魔法のない世界からやってきたのにも関わらずです。
おはぎが毎回『アサヒはすごい!』と言っているのがわかります。
普通は一度で、石の槍は出来ませんし、出来たとしてそれを的に当てることなんて出来ません。
水を出すのも最初からソフィアと同じようにシャワーで綺麗に出していましたからね。
見よう見まねで同じように出来るのがまず凄いことですし、言われて、ハイ、と出来るのも凄いことなんですよ?
アサヒは、『言われないと出来ないのは、別に凄いことじゃねーだろ?』なんて言っていましたが。
「こればかりは感覚ですね。そろそろ止めますよ。さん、に、いち……はい、ストップ」
些か魔力を注ぎすぎじゃないかとも思いましたが、私が一人で調合した時よりも明らかに魔力の吸収率が良かったので、今のがベストなタイミングだったはずです。
しかし......今の時点で明らかに効果がいます。
効果が違うというよりも、物そのものが違うと言っても良いでしょう。
コンブ以外は全て陸の植物で7種を混じえるのですが、過程の段階でこうも違うとは。
「……なんかマズったか?」
私が何も言わなかったのでアサヒを心配させてしまったようです。
「いえ、大丈夫です。続けましょう」
そう告げると、アサヒはあからさまに安心した表情を私に向けて来ました。
予想通り、続く調合に関しても、都度魔力の吸収が良く、満タンだった私の魔力はかなりこの調合だけで消耗しました。
通常、二人で調合したのだから、魔力量もその半分で良いはずなのです。
にも関わらず、体感的にはその3倍ほど使った気がします。
これは......これではこのままクリームとしたら、逆に何らかの副作用が出そうです。
薬やポーションは強ければ良いというものではありません。
この薬、液体であっても、とんでもない効果を発揮する代物です。
鑑定結果の補足には、“効果は絶大です!どんな場所でもあら不思議、たちまちフサフサに!良質で健康な髪の毛がすぐに生えますよ。髪の長さは薬の量で調節してくださいね。”等と恐ろしい文面が見えます。
アサヒの鑑定と私の鑑定では私の方がその能力は上です。
アサヒの場合は、薬の名前、原材料とその割合、制作者、効果と副作用、その他持続時間等が数値として現れるのだと聞いています。
私の場合は、もう少し詳しく鑑定できます。
原材料そのものの品質や産地だけでなく、調合過程も見えますし、先ほどのような補足も見えます。
この補足は、学生時代に急に出てきました。
有難くも、偶にその口調にイラっとします。
どなたの口調なのかと疑問に思いましたが、友人たちはみな『テンションが高い時のオリバーの口調』だと言います。
納得は、していません。
ああ、そんなことは、今はどうでもいいですね。
「これはこのまま液体として完成としましょう」
「……やっぱ薬草抽出で俺の水魔法使ったのが原因か?」
「かもしれません。あと魔力の性質が変われば別のものが出来上がることは珍しくないので。
ただ、これはかなり効果がある……というか、ありすぎます。試しに、ラットで実験してみましょう」
今回の実験では、二匹の異なるラットを用意しました。
一匹は毛がうさぎのように生えており、短い尾にまで毛が生えているラットです。
このラットは、人懐こく育てるのが簡単で、種を頬に詰め込む習性があるラットです。
草や種の他、虫などなんでも食べるのですが、通常の白いラットよりも値が張るのが特徴です。
毛足が長いので用意しました。
そして、もう一匹は、グレーピンクの肌が寒々しいほどラットで、毛が全くない品種です。
毛がないというより、毛穴が退化してると言った方が正しいでしょうか。
偶然生まれた毛のないラット同士を掛け合わせて生まれたのが、このラットです。
私は、こちらのラットにも毛が生えるのではと予想しています。
「え、コレ、ハムスターじゃねえの?」
アサヒが、毛のあるラットをじっと見つめながら驚いた様子で聞いてきました。
ですが、ハムスターという動物は聞いたことがありません。
「ラットです」
「……ハムスターだろ、どう見ても」
アサヒがいた世界では、ハムスターというのかもしれませんが、少なくともこちらではラットです。
「これは、ラットですよ」
「そっちの、寒々しいのは?」
もう一方の毛のないラットを見て、アサヒが不思議そうに聞いてきます。
でも、答えは一緒です。
「こっちもラットです」
「マジか……」
「人間だって見た目が全く違っても人間でしょう?
毛の色や量、肌の色、体格、全く異なっても同じ“人間”です。それと一緒ですよ」
「あー……まあ、うん。それはそう、だよな」
アサヒは、無理やり納得したように頷きました。
全て納得は……していないのかもしれませんね。
マナト君も同じようなことを言っていましたし、アサヒのいた世界とは考え方が少しだけ異なるのかもしれません。
気を取り直してアサヒの両掌に毛のあるラットを乗せます。
「可愛いなー。ちゃんと元通りに毛が生えるといいんだけど」
「きっと大丈夫ですよ」
アサヒは、本当に動物が好きなようですね。
一応、実験用のラットなのですが。
このラットでは、生死に関わる実験は今後出来そうもありません。
可愛いと言っていますが、そんなことを言っているアサヒの方がよっぽど可愛らしい。
そう思いませんか?
ラットの背中部分をカミソリで少し剃り、スポイトで吸い上げた毛生え薬を2滴ほどその背に落とします。
すると瞬時に元の長さまで毛が生え、他の毛と馴染みました。
こころなしか、生えてきた毛の方が艶々しているようにも見えます。
良質というのは間違いなさそうです。
それにしても一瞬の出来事でした。
「やはり。これなら医療用として使えますね。頭を怪我した方のアフターケアが出来ます」
あ……つい、思ったことをそのまま口にしてしまいました。
医療用になんて……赤の他人へ薬を提供するなど、私にはまだ無理にきまっているのに。
それにしても───
「こいつはなんも気にしちゃいないから、痛いわけでも痒いわけでもなさそうだな」
ええ、アサヒの言う通りです。
このように瞬時に毛が伸びるわけですから、普通は地肌に負担が出るはずです。
かゆみや痛みが出て良いはずなんですが、本当に何ともなさそうです。
このラット自体、鈍感な種でもありません。
「皮膚の状態も変わりませんね。肌に負担はなさそうです。では、次はこちらへ」
そっとゲージに戻し、次は毛のないラットの方ですね。
こちらのラットは警戒心が強い品種です。
人にかみつくということはありませんが、人の手を嫌がります。
ゲージの隙間からスポイトを差し入れ、隅で縮こまっているその背に数滴薬を垂らしました。
「なんも起こらな───うお……まじか」
先ほどより数秒遅れましたが、予想通り毛が生えました。
数本どころではなく、真っ白な毛にそこだけ覆われている状態です。
“どんな場所でもあら不思議”とありましたが、全くその通りです。
「このラットは、突然変異で毛のないラットが生まれたものを掛け合わせて作られたラットです。
つまり、生まれつき毛のないラットなのです。にも拘わらず、毛が生えてしまいました」
「これ……マズくないか?」
アサヒの言う通りです。
誤って指先に触れてしまったら、指先に毛が生えてしまいます。
さらにこれが出回れば、世の男性で禿を気にする者はいなくなります。
「ええ、正直ここまでとは……非常にマズいですね」
そうなると、打撃を受け、路頭に迷う店がいくつか出てくるでしょう。
一部に恨みを買うこと間違いなしです。
恐ろしい薬が出来上がってしまいました。
「……10倍に希釈してみましょう」
「ああ」
結局、10倍に希釈たものを、更に10倍に希釈し完成品としました。
補足としては、“朝晩2回、清潔な地肌に滴下しましょう。効果は5日目から。約一カ月で思い描いた通りふさふさになれますよ!汗や皮脂の量で効果は半減しますので注意が必要です。また手についた薬液はしっかりと洗い流しましょう”とのこと。
これならば不自然ではないでしょう。
「こっちは薬師ギルドでちゃんと治験を頼もうと思うが、いいか?」
ああ、そうなりますよね、当然。
先ほど私が、医療用に等と口にしたばかりに、アサヒはこれを伯父上だけでなく世に広める前提で話ているはずです。
それは、誰でもない“私のため”を思ってのこと。
今はアサヒが傍にいてくれますが、それでも私には難しいです。
殆どの薬の効果は、人によります。
この薬も、『汗や皮脂の量で効果は半減します』とあります。
副作用は特になしとありますが、肌の弱い方にはかぶれや湿疹等があるかもしれません。
そのための治験であることは分かっていますが、私はまだ他人の反応が怖い。
植物は、正直で素直です。
嘘をつきませんし、妬みや言いがかりを言いませんし、きちんと応えてくれます。
言葉は言いませんが、感謝されるのがわかります。
ですが、人間は平気で嘘をつきます。
本来入っていないものを混ぜて言いがかりをつけることもあります。
実際宮廷薬師時代には、効果があっても全くなかったと告げられたこともありますし、効果の半減する薬草を混ぜられて数度言いがかりをつけられたこともあります。
薬師ギルドでそのような言いがかりをつけられるとは思いたくありません。
ですが、独立してから私は以前よりずっと稼いでいますし、ギルド員の中には宮廷薬師になりたくてもなれずにギルド員になった者もいます。
宮廷薬師になったのにも関わらず、自分から辞めた私に対して妬む者がいるかもしれません。
それでなくとも、恋愛関係でどこかで恨みを買っているかもしれないのに。
「これは……色々な意味で出すのは早い気がします。とりあえず家の者に協力を仰ぎましょう。
特許の申請だけはしておくとして……商品化には時間をかけたいです」
色々な意味、なんて本当はありません。
ただ、私の意気地がないだけです。
「勿論、クリフォード子爵へお渡しする分には構いませんが、ギルドへの治験は待っていただけますか?
私に預からせてください」
「わかった」
アサヒが納得して快く頷いてくれることに、酷く安堵しました。
そんな安堵した自分に気が付き、心の中にじんわりと黒いもやの塊が生まれます。
蟠りという名の、黒いもやの塊です。
育てたくないと思っても、自分ではどうすることも出来ません。
今は、ただその存在を自覚することで精一杯でした。
++++++++++++
4700文字をこえて長くなりましたが、今回は切れずにこのまま一話更新としました。
うじうじしているオリバーに、若干作者がイラっとしてます^^;
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「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
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