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本編

-148- デート オリバー視点

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先生の診療所へ到着すると、中から息子と思わしき男性が慌てて出てきました。
白衣を着ているので、この方が今はここを継いでいる医師なのでしょう。
私たちを見て、目を丸くしています。

アサヒはそちらに目を向けて、綺麗な笑みを浮かべて一度頭を軽く下げると、先生へ別れの声をかけました。
今回は、私もきちんと馬車を降りたので、余計驚いているのかもしれませんね。

ですが、先生にとっては、私たちも立派な顧客……顧客というのは語弊があるかもしれませんが、患者とのつながりがあり、往診だと誰が見てもわかるはずです。

良い宣伝になるのでしたら、多少入り口が目立っても、文句は言わないでしょう。
まあ、この方なら最初から文句など言わない、いい人、なのかも知れませんが。

「先生、今日はありがとう。来週もよろしくお願いします」
「了解じゃ。あの場所であれだけ回復してるんなら、来週にはすっかり良くなってるだろうよ」
「はい」


先生は、私にちらりと視線を移しうんうんと頷きながらそう返しました。
大銀貨5枚はアサヒには黙っていてくれるようです。

やましいことはしていないので伝えてもいいのですが、伝えるほどのことでもない、とも思うのです。
何となく黙っていたいのはただの見栄と言いますか……私がやりたくてやったことですし、なによりアサヒには“してやった”と思われたくないのが本音です。
何かシリル君側で言われることがあったら、その時に告げればいい、そう思います。

先生を出迎えた方は、何も言わずに深々と頭を下げて、後に続くように扉の中へと入って行きました。


さて、馬車に乗り込む前にアサヒをデートへ誘わねば。
寧ろ私にとっては今日のメインはこちらと言っても過言ではありません。
ついでにデート……というふうを装っていますが、デートの前にシリル君の診療を終えた、と私は思っています。


「折角だから少し寄り道をしましょう」
「え?」
「この後特に予定はないでしょう?急ぎの仕事もないですから、今日は少し街を歩いてみませんか?」

アサヒの手を取り、馬車へと足をかけたところでデートのお誘いを告げました。
私の申し出に、アサヒはぱちぱちと二度瞬きをして私を見上げます。
長い睫毛が音をたてそうですね……などと私が思っていると、その視線がマキシムの方へ流れました。

「急にじゃ迷惑じゃないか?」
「伺っておりますよ」

アサヒは自分の意思よりも、使用人の気持ちを尊重する優しさを持っています。
そんなアサヒに、マクシムは柔らかに聞いている旨を伝えてきました。
マクシムは長い間仕えている使用人ですが、以前は、常に一定の距離感のある者だったように思います。
あまり表情を変えない男だと思っていましたが、アサヒと一緒にいるととても笑顔が多い気がします。
そんなことで私の嫉妬心がまた少し灯るのを、自分自身でも感じてしまうのでした。

「この間は私のせいで行けなくなってしまいましたから、どうですか?アサヒの行きたいお店があれば寄りますよ?」
「なら、何が欲しいってわけじゃないけど、ぷらぷらするか。この服装で気軽に歩けるとこがいいな。治安が良くて、雑貨屋とか素材屋や薬屋が多いところが良い」
「畏まりました」

アサヒは色々と考えて行きたい場所を告げてくれましたが、私のためを思っての選択に思えました。
ここで任せる、と注げないのがアサヒです。
もしそう告げられても良いように、予め3か所ほど候補をマクシムに相談していました。
そのうちの一つに連れて行ってくれることでしょう。


着いた場所は、帝都にほど近い庶民街です。
カシェットとは場所が離れていますが、ここの客層も同じような客層です。
道が綺麗に整備されていて、比較的新しい街並みは、貴族街と比べるとややこじんまりしていますが明るく治安のよい場所なのが一目でわかります。
一本の広く長い道の両脇にお店が立ち並び、店の並びだけでなく道の中央にも魔道灯もあるので夜でも明るいのでしょう。
この街並みに親しみを感じるのは、エリソン侯爵領の領都に似ているからかも知れませんね。


「ここの街並みはエリソン侯爵領の領都に似ているんですよ」
「へえ、そうなのか」
「はい。領都の方が花が多く壁の色が明るいですし、人の歩みはゆっくりですが」

それに、エリソン侯爵領では、私の顔は知れ渡っていますから、来たとなれば色々と話しかけられるでしょう。
エリソン侯爵領ほど、貴族と平民の垣根が低いところはそうないと思います。
未だに私は“ぼっちゃん”かも知れませんね。
アレックスとレン君の婚姻もあり、きっと領内はより明るくあたたかな雰囲気になっていることでしょう。

「帰郷した際には、一緒に行ってみましょうね」
「ああ」
「どこか気になる店があれば入りましょう。この格好なら必ず買わないといけないこともないでしょうから」
「おう……あ、待った、ここ見たい」

通り過ぎそうになる私の腕をくいと引き寄せてアサヒが止まり、そのまま入口に足を踏み入れました。
どうやら、アクセサリーやそのパーツを売っているお店のようですね。
ですが、ここで売っているのは、おもちゃのような安いものです。
石もクズ石と言われているもので、価値の低い石ばかり。
アサヒには、もっとちゃんとした価値のあるものを贈りたい。

「アサヒ、アクセサリーが欲しいなら、このような安ものでなくきちんとしたお店で買いますよ?」
「お前、言い方っ!失礼だろうが!」

顔を寄せて小声で注意してくるアサヒが、ただの照れ隠しにしか見えないのは、私の気の所為でしょうか?
こんな可愛らしい顔をしてくれるのならば、本当に贈りたくなってしまいます。

「いーんだよ、魔法付与の練習用なんだから」
「ああ、なるほど」

アサヒは、土属性を持っています。
三属性ある内で、土魔法を一番使っているので、宝石への付与も造作ないことでしょう。
私には到底出来ませんので、付与についてはおはぎが教えるようですね。
おはぎとの時間が日に日に増えていくような気がするのですが……。
眷属であるおはぎは、アサヒに忠実かと言えば、そうではありません。
アサヒを叱ることがあったようですし、おやつに関しては一歩も譲りません。
それに、理に反することもしないようです。
ケットシーなんておはぎしか見たことがありませんから、比べることなど出来ません。
しかし、本当に並外れた能力と知識を持っているのは確かです。


「はじめからバカ高い石なんか使えねーって。このくらい手軽な方が試しやすいだろ?クズ石ったって、天然の宝石なんだからさ。結構綺麗じゃん」

確かに、こうも大量に山積みされてると、色とりどりの山は綺麗に見えます。

「ブレスレット……は、調合に影響すっかな?髪紐でいいか?」
「私に、ですか?」

私に作ってくれるとは思っていませんでしたが、アサヒは更に嬉しいことを言ってくれました。

「せっかくだし揃いにしようと思ってさ。俺もタイラーから髪伸ばせって言われてるし。最初から上手くいくかはわかんねーけ、ど……っちょい待て、ここ店ん中っ!」
「ああ、すみません、つい」

嬉しくて、つい、アサヒを抱き寄せてそのまま口付けしようとしてしまいました。
人目を気にしていたら、私の場合どこへも行けなくなってしまいますので、なるべくアサヒ以外を視界に入れないようにしていたのが良くなかったですね。

アサヒに言われてから、気がつきましたが、奥の方から、複数の女性から歓声があがったのは、確実に私のせいでしょう。
赤い顔のアサヒは、恥ずかしいだけで、行為そのものは嫌がっていない様子です。
人がいなければ許してくれたかもしれませ……いえ、“場所考えろ”とまた言われてしまうでしょうか。
誰かと買い物をするのが、こんなに楽しいと思ったのもアサヒが初めてです。

「お前も選んでくれよ」
「互いのを選びましょう。ね?私はアサヒが付けるものを選びますから」
「おー……別に構わねえけど?革紐の両端に3つずつつけようと思う」
「わかりました」

私ではなくて、アサヒがつけるものです。
出かける時にはスーツによって合う合わないあるかと思いますが、普段使いなら全く問題ありません。

なるべく私の目の色に近いものを探さなくては。
たとえクズ石と言えども、石選びに気合いが入るのでした。
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