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本編

-143- 思惑 オリバー視点

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「まだ、起きていられますか?」
「ん……へーきだけど」

ひとしきり愛を確かめ合った後に、名残惜しくも抱擁を緩めて問うと、アサヒは気怠そうに返事を返してくれました。
ならば、このまま休むことなく先に洗浄したほうが良いでしょう。

「なら、中、綺麗にしましょうね」
「……わかった。任せる」
「ええ、喜んで」

アサヒを背にし、私は洗浄薬を手に取りました。


実は、洗浄のことまで最初は意識が向きませんでした。
中は、自然に任せればいいと思い浄化をかけずにいました。
浄化してしまうと、妊娠しない可能性が高まるとされています。

検証されたわけではありません。
ですが、浄化魔法の理論上そうだろう、と言われているのです。

今まで私がお付き合いしてきた中に、女性はいませんでした。
貴族男性の方々ばかりでしたので、妊娠の可能性など全くなく、相手が貴族ということもあり自身で浄化されていました。
情交後は互いに身体を浄化し終了、留まることなく明日の仕事を理由に寮へ帰宅、というのが今までの流れでした。


アサヒが浄化魔法を覚えてから、情事後に中を浄化していると知り慌てました。
慌てた矢先に母上から届いたのが、洗浄薬でした。


『オリバー様、シャーロット様からこちらが届きました』
『え?母上から……』

一緒に届けられた手紙は分厚く、読む前から気合が必要でした。
くれぐれもアサヒを気遣い大切にすることの他、神器様と通常の人との違いについての心理的身体的特徴が程細かに記載されてありました。

私もそれなりに神器様の特徴は以前学んだつもりでしたが……その、悪い意味で宮廷では目についたので気になりましたので。
彼らはどういった者なのかを知るために一通りのことは学んだつもりだったのです。
が、所詮、つもり、だったようですね。
アサヒと一緒にいることの覚悟を、改めて心に刻みました。


手紙には、妊娠した場合はすぐに知らせることも書かれてあり、乳母の選定と教育もしているので安心しろとも書かれていました。

乳母。
ソフィアがいれば問題ないと思いましたが、それも見透かされていました。
ソフィアも良い年ですし、全ての家事を任せているところに赤ん坊まで任せるのは酷である、と。
私の見た目に絆されず、母上と同年代な女性で既婚者を数名雇い入れ、母上の目で選定するとも書かれてありました。
手配の早さには尊敬を通り越し、いっそ呆れるほどです。

それから、来年になっても妊娠しなかった場合には、偏食を直せとも。
偏食と妊娠とどう関係があるのかと思いましたが、食べ物によって男性機能の低下が見られるらしいとも手紙に書かれてありました。
アサヒが妊娠しない場合は、100パーセント私の非であることくらい分かります。
なので、その場合は私の体質によるものだと理解ができます。
できますが……文面に、緩やかなプレッシャーと圧を感じます。
私だけで良かった。

早く孫を、と望む気持ちもわからなくもありませんが、出来れば心内に隠しておいて欲しかったと思います。
到底アサヒには見せられない手紙ですね。


洗浄薬の必要性はわかりましたし、有難く使わせていただきます。
ちなみに洗浄薬は、神器様専用の商品ではなく、本来女性用として売られているもので特別そう珍しい商品ではありません。

感謝する気持ちもありますが……お節介が過ぎる、とも思えなくも───いえ、お礼の手紙は面倒がらずに私自身で書きましょう。


『タイラー、面倒かもしれないけれど全文目を通しておいて貰えるかい?』
『よろしいのですか?』
『うん。母上からの静かな圧を感じる手紙だったよ』

『……遠回しに、孫を望まれていますね、切実に』
『言葉の端々から、圧を感じないかい?』
『オリバー様───』
『いや、状況は嫌でもわかっているつもりだよ』

母上は貴族的な考えをお持ちの方です。
優しいのですが、時に厳しい。
育てられた環境にもよると思いますが、血に関しては、ワグナー家の誰よりも大切にされていると思います。
それを表立って口にされることは一度としてありませんでしたし、父上の考えを否定することもありませんでした。

父上は、自身が恋愛結婚であるが故に、子供たちにもそれを一番優先してくれています。
血などどうでもよいと考えていて、全く頓着されていません。
ですが、裏を返せば“血などどうでもいいが、ワグナー家の存続は重視している”とも言えます。

兄上ともに、恋愛結婚です。
兄上も馬鹿ではありませんから、恋愛でありながら人脈作りも兼ねた間柄です。
必要ならば養子を取ればいいと思っていることでしょう。
ワグナー家の遠縁からでも、それが難しいならば孤児院からでも。
方法はいくらでもあります。

でも、私とアサヒの間に子供が産まれたら、いやでも望まれることでしょう。
勿論、本人の意思に任せる、と言ってくれるはずです。


ですが、母上にかかれば、そそのかされる……いえ、言葉が過ぎました。
その気にさせることなど他愛もないことです。
叔父上にも子供がいないのですから、母上は少なくとも二人以上を望まれているはず。

私としては、複雑な思いです。


『アサヒには余計なことだから言わなくていい』
『畏まりました』

タイラーから返された言葉はいつも通り変わらないものでした。
ですが私にはまるで“よくできました“と言われたような、そんな気さえする返事でした。
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