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本編

-19- オリバーの事情

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「アサヒ、お茶を入れてもらいましたから、休憩にしましょう」

すこし後ろからやわらかく声をかけられて振り向けば、ウッディアンバーな香りがふんわりと香る。
晴れた冬空のような薄水色の髪に、琥珀の瞳を持つこの男。
名前は、オリバー=ワグナー。
28歳で、エリソン侯爵領にあるワグナー子爵の3男だ。
宮廷薬師だったらしいが2年前に退職し、現在はエリソン侯爵様のお抱え薬師となっているようだ。
とはいえ、エリソン侯爵に薬を渡しているわけでも、エリソン侯爵領に薬をおろしているわけでもない。
ただ、ここ、帝都にあるエリソン侯爵の別邸で、薬草の花や、植物を育てて研究をいるだけだ。

「わかった、今行く」
俺は、星形の可愛い花から手を放し、土いじりをやめて浄化の魔法を手にかけた。



俺がこの世界に来てから、3日が経った。

その間に、色々と話を聞いてわかったこともある。が、当たり前だが、まだわからないことの方が当然多い。
けれど、なんとかやっているし、元の世界のときより自分にはあっているかもしれないと思い始めた。

最初はこんな馬鹿高そうなところを借りずとも、と思ったが、聞けば、エリソン侯爵の領主は使わないこの別邸を手放そうとしていたらしい。
だが、侯爵領の使用が全員で止めに入り、だったら空にしておくのもと、オリバーに声がかかったそうだ。
温室も立ててやるから、エリソン侯爵領地にとって良い植物や薬草を自由に研究してくれ、と。
格安で借りている上に、建物等の補正なんかは領主持だというから、かなり甘えている環境だろう。

最初はボンボンの道楽か、なんて思ったが、植物と薬草に関しては抜きんでた才能の持ち主だった。
香りのいい特別な蜂蜜を作る新種の花をみつけ育てる環境をも作り上げたらしいし、薬草も貴重で珍しいものがたくさんあり、いくつかは量産に成功し領へと貢献している。
俺も一緒にそれを手伝っているわけだが、元の世界の薬剤師の資格や経験がそのままスキルというものになって、色々と役にたっている。
じっと薬草や液体なんかを見つめるだけで、名前や効能の文字が浮かぶんだぜ?びっくだろ?
因みに、俺の目の前に文字が浮かぶのは薬に関するものだけだ。

オリバーは植物や薬草関連なら何でも浮かぶらしい。
オリバーの属性は、木。
あの胸糞悪い貞操保護具とかいうのも、元が植物…植物といっても魔物に部類するものらしいが、だからこそ魔法で働きかけて解けた、という。

俺には、水と木と土があるようで、三属性持ちはかなり珍しいらしい。
これも研究する上で便利なものだ。
魔法は、想像力でだいたいなんとかなることが多かった。
使い方に関しては、オリバー先生と、それからこの屋敷にある本を参考にしたのもある。
本も気兼ねなく読めたのは良かった。
神器の全員が読めるわけじゃないらしいと聞いたが、文字が読めるだけで大分生活が楽になるはずだ。
だが、書けるかと言われたら書けない。
今のところ、自分の名前だけなら書けるようになったが、ゆくゆくは文字を書けるようにならないと使い物にならないだろうと、文字の勉強もしている。

MRとしての仕事も、交渉としてスキルに残った。
オリバーは研究に関してはずば抜けているが、説明や契約の交渉はさっぱりだった。
膨大な知識はあるのに、その効果や性能、副作用に関する事柄、安全性、利便性などを相手にわかりやすく説明することについては壊滅的に出来が悪い。
学生が説明した方がまだわかる、という感じで、宮廷薬師だったころも、それがネックで様々なトラブルを引き起こしていたらしい。
上司に研究結果を取られ、仕事の評価は最下位、貴族の位は低く、更に3男。
なのに、ルックスが良すぎて一部の男から言い寄られ、相手の爵位の高さでまたもめごとが起きるという悪循環。
心身ともに疲れて宮廷薬師をやめたそうだ。

今は、エリソン侯爵を通しエリソン領にしか薬草や植物をおろしていないが、出来ることなら、直接商会や薬局ギルドをも相手に売り買いをするのが望ましい。
そして、ゆくゆくは商会を立ち上げるなりして、きちんと独り立ちしてほしい。
それが、ワグナー子爵と長男からの願いで、くれぐれも、くれぐれも見捨てずによろしくやってくれ、と昨日頭を下げられた。
子爵と長男が仕事で帝都に来た際、俺を託されて慌ててここに運び込んだらしい。
昨日、仕事が片付いてすぐにこちらの様子を確かめに来たのだ。

流石にそんときは猫をかぶった、長年培った、所作が美しく、柔和で温厚な猫を。
最大限に自分を良く見せるためだ。
大抵の人間は、俺の本質は見抜けない。
本質っていっても、小さい時から両親に対しても猫をかぶってきたんだから、こっちだって本物の俺だ。
だが、それも崩れそうになるほどの笑えるやり取りで、吹き出しそうになるのをこらえるのに苦労した。

『ああ、本当によく、よく見つかったよ!
よかったね、オリバー!
オリバーが神器様の受け入れにたくさんの条件を出すから、兄は絶対無理なんじゃないかと諦めていたよ。
アサヒにとっては、その…オリバーはあんまりいい条件ではないかもしれないけれど、どうか見捨てないでやってくれ』
『っちょ、兄上!』
『見捨てるだなんて、そんな。
何もわからない私に、オリバー様はとてもよくしてくださっています』

『うちは子爵で貴族にしたらくらいが低い。だが、君に贅沢をしてやれるだけの資産はある!』
『父上、本当のことですがその言い方は悪質です!』
『そ、そうか?そうだな、すまない。ああ、何が言いたいかというと、くれぐれもよろしく頼む。
オリバーは妻に似ていてな、このように見てくれだけはいい男なんだ』
『父上……』
『いいえ、オリバー様の薬草知識や研究成果には、敬服するばかりです。微力ながらお役に立ちたいと思っております』
『ア、アサヒ……っ!』

笑いをこらえ、さらにオリバーの感激のハグに耐えた俺は偉いと思う。
子爵によく似た長男は、言動もよく似ていた。
気のいいところがとても好感が持てるが、貴族相手にしたらあまりにも率直過ぎないか…と少々不安はある。
が、普段は領地で花卉栽培の農家を取りまとめる仕事をしているようだから、好かれる体質だろう。
領地にいる次男の兄とオリバーの母は、父と兄の言葉をいつも周りにフォローしている、と聞いたから、うまくやっているに違いない。
君に贅沢をしてやれるだけの資産はある、っつーくらいだし、本当のことですが…というくらいだ、金はあるんだろうなあ。

まあ、言葉の選びはともかく、俺も本当のことしか言ってない。
これからも、猫は必要時には出し惜しみせず被っていく、そう決めた。
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