【完結】推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常

日夏

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二章

-10- 可愛い嫌がらせ

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「片付きすぎてないところが良いんだよなあ」

ソファに座らずにソファとテーブルの間に腰をおろしていたなっちゃんは、呟きにしては大きな声を上げて頭をソファに預けた。
そのまま天井を仰ぎ見てから、視線をこちらへと向けてくる。

顔が少しばかり赤い。
量は少なめだったが日本酒だったからか、ほろ酔い状態なのだろう。
壮絶美人のほろ酔い姿は、とてつもなく可愛い。

褒めているのだかけなしているのだか分からない感想だ。
まあ、だが遠慮せずに寛げている場所なのだから、これは誉め言葉なのだろう。
その壮絶美人な生き物の横に、壮絶イケメンな生き物が座っているが、こちらはきちんとソファに腰かけている。
二人掛けのソファと足の長さが全くもって釣り合っていないので、申し訳ない気持ちになった。

怜司君が、呆れたようなため息を一つ吐き出すと同時、なっちゃんのおでこをぺちんと指で弾く。

「痛っ……何だよ、怜司!」
「十分片付いてるだろ」
「や、そうなんだけど。適度に物があるじゃん?怜司の部屋と違って散らかしても許されるっつーか」
「お前の部屋はこれ以上散らかしようがないほど散らかってるけどな」
「うっせ」

対して痛くもないだろうおでこを痛がるなっちゃんと、呆れ気味の怜司君。
うん、私にはただイチャイチャしてるだけに見える、なんとも美味しい光景だ。

「お寿司もう良いの?」
「うん、あ、待った、他はまだ食べる。これ美味い」

姿勢を起こして、箸で一つ漬物を摘まんでポリポリと笑顔で頬張る。
そうか、美味いか、好きなだけ食べるがいい。
お寿司をタッパーへと移し、お茶を入れようと続きのダイニングへと足を向けた。



火曜日に遊びに来たなっちゃんは、本日金曜日の夜にも遊びに来た。
ただし、今度はちゃんと予約を入れて、だ。
火曜日日付を回ってから帰ったなっちゃんは、帰り際に金曜日の来訪を告げてきた。
『飯はこっちで用意する』と言われていたが、金曜日のお昼になって、『寿司の気分』と連絡が入った。
なんでも、出張中の怜司君が美味しいものを食べているので悔しくなった、との理由だった。
それなら、お吸い物とサラダ、それからお酒とおつまみくらいはと提供したところ、いたく気に入ってくれたのだ。

サラダはイカリングを載せたなんちゃってな海鮮サラダだったが、そこにポテトチップスをぶち込んできたのはなっちゃんだ。
高カロリーだとか栄養だとか、そもそもサラダの定義から外れていて邪道だろうが、そんなことはこれぽっちも気にしないようだ。

まあ、『美味いだろ?』と聞かれたら、『美味い』と答えるしかない。
油と糖分と塩分が過剰に加わるものほど美味いのだ。



先ほどなっちゃんが『これ美味い』と言った漬物は、大根のべったら漬けもどきだ。
短冊切りの大根を塩麹に漬けただけである。
市販のべったら漬けよりマイルドな甘さで、身体にも優しく仕上がるので大根消費によく作る一品である。


怜司君は、私となっちゃんがお寿司を半分ほど食べ散らかしたころ、シャツとジーパンというラフな格好で家に尋ねてきた。
イケメンは何を着てもイケメンである。
箸とお皿を渡したところ、『今夜から調整するから』と断られたため、何も口をつけてはいなかった。
明後日の日曜日に撮影があるらしい。

そして、ご丁寧に出張のお土産をいただいた。
小倉のバターサンドクッキーで、お洒落なパッケージだった。
お洒落な人はお土産のチョイスもお洒落だなーなんて思ったが、なっちゃんが『名古屋行くなら買ってこい』と言いはった一つだという。
冷蔵だから、と言われて今は冷蔵庫に眠っている。
明日のおやつにでも早速いただこうと思う。


電子ケトルのお湯が沸く間、簡単にテーブルの上を片付ける。
箸を持ったままのなっちゃんは、まだ残り物を摘まむ気でいるらしいので、空の物だけを流しへと運んだ。

その間にも、二人のイチャイチャ会話は実に魅力的だった。
いつもこうなのだろう。
怜司君が二つ年下とも、大学の後輩とも聞いているが、全くそんな感じはしないのは彼に包容力があるからだろうか。

「サラダにポテトチップス入れたのお前だろ」
「いーじゃん、美味いんだから」
「飯と菓子を一緒にすんなよ。これじゃ取っておけないだろ」
「食うから良いの。お前今日食わねーじゃん、文句言うな。あー美味」

『食わねーってか食えねーの間違いだろうけど』と笑いながら、サラダボウルから直箸でポテチまみれのトマトをすくい上げて口にする。
楽しそうに笑ってる顔が超絶可愛いが、本当に子供みたいだ。
そんな姿に眉を顰める怜司君は迫力が増してるが、なっちゃんは全然気にしていない。

「寿司とか嫌がらせか?」
「お前名古屋で美味いもん散々食ってたじゃん。ひつまぶしに、手羽先に、味噌カツもだろ?寿司くらい可愛いもんじゃん」

どうやら怜司君はお寿司が好きらしい。
食べ物の恨みは怖い……などと思うも、怜司君はそこまで食い意地がはってるわけではなさそうだ。
またもや盛大にため息をついて、仕方なさそうになっちゃんを眺めている。
怜司君は怜司君で、なっちゃんの食べる姿を見るのが好きらしい。
や、食べる姿に限らないのだろうけれど。


「明後日の夜寿司行こうぜ」
「良いのか?」
「別に良いけど?一人で行ったらぶっ殺す」

ぶっ殺すと言いながらぐーぱんを繰り出しているなっちゃんの拳を、怜司君は笑いながら受け止める。
仲が良いのは良いことだ。


「わ、ほうじ茶って懐かしい」
「そう?夜だからあんまりカフェイン取りたくなくて」
「ありがとう」
「どういたしまして」

「あ、なんか甘いの食いたくなってきた」

ほうじ茶を一口飲んだなっちゃんが、呟く。
遠慮のなさが逆に嬉しいが、生憎スイーツといえるものは、先ほどお土産で貰ったバターサンドくらいな気がする。

「お前……居酒屋じゃねえんだぞ?ごめんね、ゆっこさん、聞かなくていいから」
「ははっ甘いのかー。あ、アイスならあるけど食べる?」
「マジで?食べる食べる」

お菓子を買うとつい食べてしまうから、普段から甘いものは購入するのを避けていたが、そう言えばアイスがあったと思いだす。
この間遊香ちゃんが来た時に置いていったファミリーパックの高級アイスで、コンビニでも売っているメーカーのそれはちょっとだけリッチな気分になる。
見ると食べてしまうから、冷凍庫の奥に眠らせていた。

怜司君の『居酒屋じゃない』との言葉選びには思わず笑ってしまったが、居酒屋でなくてもできるだけ要望に答えてあげたい、そんな気に自然とさせてくる。
身近でひどく美しいこの生き物の顔を私が残念な顔に変えたくないのだ。

アイスはまだ3つ残っていたはずだ。
遊香ちゃんは来るたびに買ってくるから、消費してしまっていいものだった。

「いちごと、バニラと、クッキークリームがあるよ」
「いちごの気分」
「おっけー」

「はい」
「サンキュー、え、高いやつじゃん。いーのか?」
「貰ったものだから良いよ」
「なら遠慮なく」

なっちゃんは、一度躊躇するも嬉しそうに受け取ってくる。
その顔を見られただけで私はとても満足するのだった。
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