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二章

-9- 愚痴吐き

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「わあ……どうしよう、凄く嬉しい!ありがとうございます!家宝にします!」

なっちゃんからサインを貰った一縁君は、キラキラした目をよりキラキラさせてなっちゃんを見てから、サインの書かれた本を胸に抱いている。
少し人見知り気味だった一縁君は、なっちゃんが好きな小説家だと知ってからはすっかり払しょくされたようだ。
持ち歩いていた新刊にサインを貰ってとても嬉しそうな顔をしている。
とってもかわいい姿だ。
これが素なのだから可愛いを通り越して、いっそ恐ろしい生き物である。


一通り食べ終わって皆のお腹は満たされたらしい。
結局私もおにぎりと焼き鳥を数本胃に収めた。
おにぎりの気は、残念ながら何も感じなかったけれども。


「やー俺もちょっと嬉しいわ。ファン目の前にしてサイン書くのなんてしねえし」
「サイン会とかしないんですか?」
「表歩けなくなるじゃん。顔で売りたくねえから」
「じゃあ、やっぱり対談もしないんですね」

一縁君が残念そうに呟く。

「や、一回どうしてもって言われたから断れずに写真不可でオッケーしたんだけどさあ。
勝手に写真取られた挙句、顔とか私生活だとかタイプの女性だとか、そんなんばっか聞かれたからすげームカついて。
相手のおっさんも態度すげー悪くて、顔出せばもっと売れるだろう、顔、顔、顔の話しばっか。
あー……思い出して腹立ってきた。
俺のが先にデビューしてんのに、小説一本で食えてるのは俺が独身だからだとか、自由でいいねだのなんだの。
うるせーっての」

おおう、酔いが回ってきた挙句、家だから仕事の話も大っぴらだ。

「あ、あの噂本当だったんですね。でも、きっと嫉妬だと思います。だってあの人売れてなかったから」
「ぶはっ!いいねー辛辣」
「え?そ、そうですか?」
「ああいうのが上司だったら下は可哀そうだなー。そういや、二人は何してんの?」
「えーと……」

ちらりと侑斗を見上げる一縁君が言うのを躊躇ってる。

「良いよ、言って」
「えっと、陰陽師です」
「は?オンミョージ?あ、陰陽師か!え、マジで?」
「はい。あの、だから、さっきの文箱は、本当に触ったら良くないものだったから、侑斗君もキツい言い方になちゃっただけなんです。ごめんなさい」
「や、良い良い。アレは俺も悪かったし」

玄関におきっぱになってるあの文箱か。
なっちゃんなら確かに『なんだこれ?』って触りそう、あ、もう触ろうとしたのか。
ここで侑斗が答えるわけでも謝るわけでもなく、一縁君が謝るのがらしいというかなんというか。

「てか、えー……マジか、すげーじゃん。てか、俺が凄くね?次、心霊ネタぶっこんでくれって担当から言われててさ」
「え?そうなんですか?!」
「そー。けど俺は全くだからさ、そういうの。二人とも見えんの?や、見えなかったらそんなんやってけねーもんな、プロなんだし」
「はい」
「え?ゆっこも?」
「私は見えないよー。人よりちょっぴり勘が良いくらいで」
「あーわかる。なんかすげーしっくりくる答えだ。それって家系?」

「僕も侑斗君も家系です。僕の兄は占い師をしてるんですけど、目に見えないものも見えるので霊視に近いのかもしれません。
僕はそこまで強くないので、事務兼補佐役です。
侑斗君の血筋は代々ずっと陰陽師なんだそうです。侑斗君の叔父さんが有名な陰陽師で師匠なんですよ。昔、テレビにも出ていたみたいだし。ね?」
「へえ」

「まあ、うん。けど、あの人今のままじゃ絶対早死にするし、良い死に方しないね」
「侑斗」
「侑斗君」

もう少し発言に気を付けて欲しい。
今のままじゃという前置きがあったとしても、だ。

「だってほんっとにさ……っ最近観光兼ねて地方ばっか行くし、都内近郊殆ど俺に回してくるんだよ」
「それだけ頼りにしてるんだよ。澄人叔父さん、侑斗に昼間の仕事をやめて陰陽師一本にして欲しいって思ってるし、わりと本気で」
「俺普通に真っ当な仕事していたいってまだ思ってるんだよね。今日こっそり休み取ったのに、バレてたし仕事入れられたし」
「それは、隠せないでしょう?」
「あー……週末も面倒そうな神社だし、もう勘弁して」

神社と言っても、もう取り壊している途中だったり、取り壊す予定だったり、廃神社になってしまったり、そんなものばかりらしい。
そんなの真昼間であっても恐ろしくて関わりたくない場所だ。
ヘタにやれなんとかトンネルだとか、どこどこ用水路だとか、そんなとこよりずっと危険なにおいがする。

「でも、取り壊す予定でもないし、ちゃんと人が管理しているところだし、ホームページもある神社だよ」
「いーや、あれはもうなんかした後だね。祟りに変わってるかその寸前だよ。
文面越しだけでヤバさが伝わって来てたし。大体ちゃんと管理してたらこの時期にってありえないだろ」
「………」

一縁君が、しゅんと黙ってしまう。
普段彼に八つ当たりはしない侑斗だが、休みが全部潰れて相当腹が立っているに違いない。

「この時期ってなんかあんの?」

なっちゃんが不思議そうに私に聞いてくる。

「六月末って、神社は大祓だから」
「おおはらえ?」
「うん、茅の輪くぐりってしたことない?こう、八の字に」
「あ、あるある、あれか」

空中に八の字を描くとなっちゃんが納得したように頷いた。

「ちゃんと断ればよかったね、ごめん」
「澄人叔父さんが受けるって言ったんだろ?」
「うん」
「分かっててやってるんだよ、あの人は。一縁のせいじゃない」
「うん。……侑斗君明日出張でしょう?大丈夫?」
「午後からだから平気。ゆっこちゃん、今日泊って良い?」

待て。
何故そこで泊って良いかを聞いてくるのだ?
や、私の方はいいよ、全然かまわないさ、構わないけれども。
察しろ、弟よ。
控えめだけれど、とってもとっても控えめだけれど、一縁君からのお誘いを!
ほら、『え?』って顔してるじゃないの、よく見て。
私ではなく、一縁君の顔を。

「……今日は帰ったら?帰った方が良いと思う」
「え、何で?」

何でですと?

「明日の午後から出張なんでしょう?いつまで?」
「金曜の昼過ぎ」
「場所は?」
「名古屋」
「急遽?」
「うん、応援要員欲しいって呼ばれて」
「じゃあ今日はちゃんと帰って、明日ゆっくり起きたほうが良いよ。朝バタつくの大変でしょう?」
「んー……」

悩むな弟よ。
今が面倒だと、その面倒を後回しにようとする癖は小さいころから変わらない。

「侑斗君、帰ろう?」
「……わかった」

じっと見つめられて、流石に侑斗が落ちた。
そうそう、初めからもっと早く気が付いてあげて欲しい。
だが、一縁君も人前であっても、少しずつ自分の要求を言えるようになってきたみたいだ。

「あ、侑斗、帰る前に玄関綺麗にしておいてね」
「あー……うん」

気が付かないとでも思ったか。
何だか知らないが、文箱のもの以外にもいっぱいいるだろうことは分かってる。
そのまま置かれても困るぞ、私は。
例え今は害がないとしても、他に集まってしまうかもしれないではないか。
どんよりした玄関は綺麗さっぱり片付けて帰ってほしい。
この際一緒に連れ帰るのも構わないから、とにかく元の状態に戻してもらわないとこっちが困る。

がっつり関わってはいけないものだ。
私が出来ることは、精々こうやって迎えて、ご所望されたおにぎりをつくるくらいなのだ。
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