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二章
-6- ご対面
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いつもは入浴に四十分程かけるのだが、今日は時間短縮の為に最初から湯船に浸かることなく、全身を洗ってから浸かった。
毛穴を開いてから汚れを落としたいが致し方ない。
この蒸し暑さなら、夜にもなればある程度毛穴も開いているはずだ。
冬ならこうはいかない。
そろそろ上がろうか、と思ったところで、インターフォンを鳴らす音が聞こえてきた。
玄関に直接面してはいないものの、傍の摺りガラスの小窓は外に面しているから音は聞こえてくる。
だが、うちなのかお隣なのかまでははっきりとはわからない。
平日の火曜日ということを考慮すれば、お隣だろう。
在宅なのか、毎日頻繁に配達が届いているのだ。
私は今日届く荷物はない。
「ゆっこちゃん」
「何?誰か来た?」
「うん」
脱衣所の扉が開かれて、風呂の扉越しから侑斗の声が聞こえてきた。
あ、勘違いしないで頂きたい。
ここで我が弟の名誉のために一言言っておくと、侑斗ならば、扉一枚隔ててあるだけなら、その向こうに人がいるかいないかくらい気配でわかる。
着替えを気にしないのか?という疑問がわく人もいるかもしれない。
だが、それこそ今更な話だ。
実家で暮らしていた時は、新しい下着を遊香ちゃんと見せ合っていた時も普通に同じ空間にいた。
なにより一軒家と言えども狭い家だったので、朝は脱衣所なんか使っていられなかったから、私も遊香ちゃんも母ですらリビングの端で着替えをしていた。
脱衣所と洗面所が開くのを待っていたら、遅刻してしまう。
自室ですればいいだろうと思うかもしれないが、下着をしまっているのはリビングに面した押入れの中、服は二階の自室なので、わざわざ上がったり下りたりなど面倒であるし、なにより夏は暑く冬は寒いから、部屋の温度が快適になっているリビングで着替えるのが一番快適だったのだ。
私も遊香ちゃんも父親だけは気にしていたが、侑斗のことは全く気にしていなかった。
母は侑斗が恋人に同性を選んだのは、こういった日々の生活習慣と育て方が間違っていたと思っているが、それは全否定して良い。
確かに、女性に夢見る時間を一時も与えてあげることが出来なかったことに対しては、可哀そうなことをしたなと思うこともある。
だが、パートナーに同性を選んだ理由とは全く関係ない。
「なちさん来た」
「上げていいよ」
「うん、もう上げてる」
私の予想はあたり、そして侑斗の返事はもっともだった。
侑斗なら実際目の前にしたらどういう繋がりか分かってしまうだろう。
や、もうインターフォン越しに見ただけで分かっていただろう。
侑斗もだが、怜司君も自分の恋人が同性だとは宣言していない。
『ゆっこちゃんさ、怜司サンの恋人と友人になったんだって?』と聞かれて肯定し、『ゆっこちゃんから見てどんな人?』と聞かれたので『すんごい美人で正直で自由な人』と答えたのだ。
怜司サンと侑斗が呼ぶのは、同じ部署にもう一人麻生さんがいるからだ。
もう一人の方は年配の女性だけれど、紛らわしいので全員名前で呼んでいるという。
それは、ともかくとして。
侑斗の場合は、私と違って勘ではなく、映像で見えてしまう。
普段は見えないようにシャットアウトしていると聞いたけれど、興味が湧いてしまうと自然と見えてしまうものらしい。
見えてしまうと言うか、無意識に覗いてしまうというか。
そこはいくら修行を重ねたとしても難しいらしく、知ってしまってから見なきゃよかった、と思うこともしばしばあると言うから、本当に生きにくいだろうと思う。
先ほどの会話のやり取りからして、怜司君の恋人がなっちゃんだと侑斗は知っているだろう。
男の目から見てもかっこいい上司から、恋人の話をされた挙句、私と友人だ、と言われたのだ。
見えてしまっただろうし、私から見てどんな人かを聞いて来たあたり、あのときすでに人物像まで大体わかって言っていたのだと思う。
侑斗は元来初対面の人には慎重に見極めるタイプだ。
表には出さずとも、当たり障りない会話をする中で判断していく。
ある種胡散臭さが漂ってしまう裏の仕事ではなく、表の仕事の時であれば最初からそこそこ上手く対応出来ているだろう。
イケメン過ぎないほどにそこそこの容姿で、人畜無害そうな顔つきと人当たり。
シャットアウトしていても勘は良いから、会話の中で相手の欲───つまり、自分が今相手から何を求められているか、ということだが、それがある程度読める。
侑斗は前に壁があるとしたら、うまーく横からすり抜けて最短時間で進んでいくタイプだ。
男女の違いはあるかもしれないが、典型的な末っ子タイプだと思う。
他人が聞いたらブラコンと思われるかもしれないが、評価は間違っていないはずだ。
ちなみに時間をかけて壁を乗り越えていくのが私で、妹の遊香ちゃんはその場で叩き割って進んでいくタイプだ。
なっちゃんも侑斗も、最初からお互いの警戒心は解けているだろう。
なっちゃんだって怜司君の部下が私の弟だというのをとっくに知っている。
会ったことはない二人だけれど、ついにご対面か、くらいに思っているはずだ。
なっちゃんは、どこまで話したらいいか戸惑うかもしれないな。
自分のことは兎も角、怜司君絡みだととたん慎重になるからだ。
職場では隠している怜司君のことを、なっちゃんから自分が恋人だと自ら話すことは避けるだろう。
侑斗も侑斗で自分のパートナーが同性だとは話していないはずだ。
どこまで自分のことを話すかは侑斗次第かもしれない。
まあ、悪い方には動かないと思う。
というか。
なっちゃんが来るとなると、おかずを追加する必要があるだろう。
何にしようか、と冷蔵庫の中身を脳内へ巡らせつつ、脱衣所の扉を開いた。
毛穴を開いてから汚れを落としたいが致し方ない。
この蒸し暑さなら、夜にもなればある程度毛穴も開いているはずだ。
冬ならこうはいかない。
そろそろ上がろうか、と思ったところで、インターフォンを鳴らす音が聞こえてきた。
玄関に直接面してはいないものの、傍の摺りガラスの小窓は外に面しているから音は聞こえてくる。
だが、うちなのかお隣なのかまでははっきりとはわからない。
平日の火曜日ということを考慮すれば、お隣だろう。
在宅なのか、毎日頻繁に配達が届いているのだ。
私は今日届く荷物はない。
「ゆっこちゃん」
「何?誰か来た?」
「うん」
脱衣所の扉が開かれて、風呂の扉越しから侑斗の声が聞こえてきた。
あ、勘違いしないで頂きたい。
ここで我が弟の名誉のために一言言っておくと、侑斗ならば、扉一枚隔ててあるだけなら、その向こうに人がいるかいないかくらい気配でわかる。
着替えを気にしないのか?という疑問がわく人もいるかもしれない。
だが、それこそ今更な話だ。
実家で暮らしていた時は、新しい下着を遊香ちゃんと見せ合っていた時も普通に同じ空間にいた。
なにより一軒家と言えども狭い家だったので、朝は脱衣所なんか使っていられなかったから、私も遊香ちゃんも母ですらリビングの端で着替えをしていた。
脱衣所と洗面所が開くのを待っていたら、遅刻してしまう。
自室ですればいいだろうと思うかもしれないが、下着をしまっているのはリビングに面した押入れの中、服は二階の自室なので、わざわざ上がったり下りたりなど面倒であるし、なにより夏は暑く冬は寒いから、部屋の温度が快適になっているリビングで着替えるのが一番快適だったのだ。
私も遊香ちゃんも父親だけは気にしていたが、侑斗のことは全く気にしていなかった。
母は侑斗が恋人に同性を選んだのは、こういった日々の生活習慣と育て方が間違っていたと思っているが、それは全否定して良い。
確かに、女性に夢見る時間を一時も与えてあげることが出来なかったことに対しては、可哀そうなことをしたなと思うこともある。
だが、パートナーに同性を選んだ理由とは全く関係ない。
「なちさん来た」
「上げていいよ」
「うん、もう上げてる」
私の予想はあたり、そして侑斗の返事はもっともだった。
侑斗なら実際目の前にしたらどういう繋がりか分かってしまうだろう。
や、もうインターフォン越しに見ただけで分かっていただろう。
侑斗もだが、怜司君も自分の恋人が同性だとは宣言していない。
『ゆっこちゃんさ、怜司サンの恋人と友人になったんだって?』と聞かれて肯定し、『ゆっこちゃんから見てどんな人?』と聞かれたので『すんごい美人で正直で自由な人』と答えたのだ。
怜司サンと侑斗が呼ぶのは、同じ部署にもう一人麻生さんがいるからだ。
もう一人の方は年配の女性だけれど、紛らわしいので全員名前で呼んでいるという。
それは、ともかくとして。
侑斗の場合は、私と違って勘ではなく、映像で見えてしまう。
普段は見えないようにシャットアウトしていると聞いたけれど、興味が湧いてしまうと自然と見えてしまうものらしい。
見えてしまうと言うか、無意識に覗いてしまうというか。
そこはいくら修行を重ねたとしても難しいらしく、知ってしまってから見なきゃよかった、と思うこともしばしばあると言うから、本当に生きにくいだろうと思う。
先ほどの会話のやり取りからして、怜司君の恋人がなっちゃんだと侑斗は知っているだろう。
男の目から見てもかっこいい上司から、恋人の話をされた挙句、私と友人だ、と言われたのだ。
見えてしまっただろうし、私から見てどんな人かを聞いて来たあたり、あのときすでに人物像まで大体わかって言っていたのだと思う。
侑斗は元来初対面の人には慎重に見極めるタイプだ。
表には出さずとも、当たり障りない会話をする中で判断していく。
ある種胡散臭さが漂ってしまう裏の仕事ではなく、表の仕事の時であれば最初からそこそこ上手く対応出来ているだろう。
イケメン過ぎないほどにそこそこの容姿で、人畜無害そうな顔つきと人当たり。
シャットアウトしていても勘は良いから、会話の中で相手の欲───つまり、自分が今相手から何を求められているか、ということだが、それがある程度読める。
侑斗は前に壁があるとしたら、うまーく横からすり抜けて最短時間で進んでいくタイプだ。
男女の違いはあるかもしれないが、典型的な末っ子タイプだと思う。
他人が聞いたらブラコンと思われるかもしれないが、評価は間違っていないはずだ。
ちなみに時間をかけて壁を乗り越えていくのが私で、妹の遊香ちゃんはその場で叩き割って進んでいくタイプだ。
なっちゃんも侑斗も、最初からお互いの警戒心は解けているだろう。
なっちゃんだって怜司君の部下が私の弟だというのをとっくに知っている。
会ったことはない二人だけれど、ついにご対面か、くらいに思っているはずだ。
なっちゃんは、どこまで話したらいいか戸惑うかもしれないな。
自分のことは兎も角、怜司君絡みだととたん慎重になるからだ。
職場では隠している怜司君のことを、なっちゃんから自分が恋人だと自ら話すことは避けるだろう。
侑斗も侑斗で自分のパートナーが同性だとは話していないはずだ。
どこまで自分のことを話すかは侑斗次第かもしれない。
まあ、悪い方には動かないと思う。
というか。
なっちゃんが来るとなると、おかずを追加する必要があるだろう。
何にしようか、と冷蔵庫の中身を脳内へ巡らせつつ、脱衣所の扉を開いた。
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