【完結】推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常

日夏

文字の大きさ
上 下
17 / 29
二章

-6- ご対面

しおりを挟む
いつもは入浴に四十分程かけるのだが、今日は時間短縮の為に最初から湯船に浸かることなく、全身を洗ってから浸かった。
毛穴を開いてから汚れを落としたいが致し方ない。
この蒸し暑さなら、夜にもなればある程度毛穴も開いているはずだ。
冬ならこうはいかない。

そろそろ上がろうか、と思ったところで、インターフォンを鳴らす音が聞こえてきた。
玄関に直接面してはいないものの、傍の摺りガラスの小窓は外に面しているから音は聞こえてくる。
だが、うちなのかお隣なのかまでははっきりとはわからない。

平日の火曜日ということを考慮すれば、お隣だろう。
在宅なのか、毎日頻繁に配達が届いているのだ。
私は今日届く荷物はない。

「ゆっこちゃん」
「何?誰か来た?」
「うん」

脱衣所の扉が開かれて、風呂の扉越しから侑斗の声が聞こえてきた。
あ、勘違いしないで頂きたい。
ここで我が弟の名誉のために一言言っておくと、侑斗ならば、扉一枚隔ててあるだけなら、その向こうに人がいるかいないかくらい気配でわかる。

着替えを気にしないのか?という疑問がわく人もいるかもしれない。
だが、それこそ今更な話だ。
実家で暮らしていた時は、新しい下着を遊香ちゃんと見せ合っていた時も普通に同じ空間にいた。
なにより一軒家と言えども狭い家だったので、朝は脱衣所なんか使っていられなかったから、私も遊香ちゃんも母ですらリビングの端で着替えをしていた。
脱衣所と洗面所が開くのを待っていたら、遅刻してしまう。

自室ですればいいだろうと思うかもしれないが、下着をしまっているのはリビングに面した押入れの中、服は二階の自室なので、わざわざ上がったり下りたりなど面倒であるし、なにより夏は暑く冬は寒いから、部屋の温度が快適になっているリビングで着替えるのが一番快適だったのだ。

私も遊香ちゃんも父親だけは気にしていたが、侑斗のことは全く気にしていなかった。
母は侑斗が恋人に同性を選んだのは、こういった日々の生活習慣と育て方が間違っていたと思っているが、それは全否定して良い。
確かに、女性に夢見る時間を一時も与えてあげることが出来なかったことに対しては、可哀そうなことをしたなと思うこともある。
だが、パートナーに同性を選んだ理由とは全く関係ない。


「なちさん来た」
「上げていいよ」
「うん、もう上げてる」

私の予想はあたり、そして侑斗の返事はもっともだった。
侑斗なら実際目の前にしたらどういう繋がりか分かってしまうだろう。
や、もうインターフォン越しに見ただけで分かっていただろう。

侑斗もだが、怜司君も自分の恋人が同性だとは宣言していない。
『ゆっこちゃんさ、怜司サンの恋人と友人になったんだって?』と聞かれて肯定し、『どんな人?』と聞かれたので『すんごい美人で正直で自由な人』と答えたのだ。

怜司サンと侑斗が呼ぶのは、同じ部署にもう一人麻生さんがいるからだ。
もう一人の方は年配の女性だけれど、紛らわしいので全員名前で呼んでいるという。

それは、ともかくとして。
侑斗の場合は、私と違って勘ではなく、映像で見えてしまう。
普段は見えないようにシャットアウトしていると聞いたけれど、興味が湧いてしまうと自然と見えてしまうものらしい。
見えてしまうと言うか、無意識に覗いてしまうというか。
そこはいくら修行を重ねたとしても難しいらしく、知ってしまってから見なきゃよかった、と思うこともしばしばあると言うから、本当に生きにくいだろうと思う。

先ほどの会話のやり取りからして、怜司君の恋人がなっちゃんだと侑斗は知っているだろう。
男の目から見てもかっこいい上司から、恋人の話をされた挙句、私と友人だ、と言われたのだ。
見えてしまっただろうし、私から見てどんな人かを聞いて来たあたり、あのときすでに人物像まで大体わかって言っていたのだと思う。

侑斗は元来初対面の人には慎重に見極めるタイプだ。
表には出さずとも、当たり障りない会話をする中で判断していく。
ある種胡散臭さが漂ってしまう裏の仕事ではなく、表の仕事の時であれば最初からそこそこ上手く対応出来ているだろう。

イケメン過ぎないほどにそこそこの容姿で、人畜無害そうな顔つきと人当たり。
シャットアウトしていても勘は良いから、会話の中で相手の欲───つまり、自分が今相手から何を求められているか、ということだが、それがある程度読める。
侑斗は前に壁があるとしたら、うまーく横からすり抜けて最短時間で進んでいくタイプだ。
男女の違いはあるかもしれないが、典型的な末っ子タイプだと思う。
他人が聞いたらブラコンと思われるかもしれないが、評価は間違っていないはずだ。
ちなみに時間をかけて壁を乗り越えていくのが私で、妹の遊香ちゃんはその場で叩き割って進んでいくタイプだ。


なっちゃんも侑斗も、最初からお互いの警戒心は解けているだろう。
なっちゃんだって怜司君の部下が私の弟だというのをとっくに知っている。
会ったことはない二人だけれど、ついにご対面か、くらいに思っているはずだ。

なっちゃんは、どこまで話したらいいか戸惑うかもしれないな。
自分のことは兎も角、怜司君絡みだととたん慎重になるからだ。
職場では隠している怜司君のことを、なっちゃんから自分が恋人だと自ら話すことは避けるだろう。

侑斗も侑斗で自分のパートナーが同性だとは話していないはずだ。
どこまで自分のことを話すかは侑斗次第かもしれない。

まあ、悪い方には動かないと思う。

というか。
なっちゃんが来るとなると、おかずを追加する必要があるだろう。
何にしようか、と冷蔵庫の中身を脳内へ巡らせつつ、脱衣所の扉を開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

形而上の愛

羽衣石ゐお
ライト文芸
『高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。パスワードを変更してください。』  そんなメールを無視し続けていたある日、高専生の東雲秀一は結瀬山を散歩していると驟雨に遭い、通りかかった四阿で雨止みを待っていると、ひとりの女性に出会う。 「私を……見たことはありませんか」  そんな奇怪なことを言い出した女性の美貌に、東雲は心を確かに惹かれてゆく。しかしそれが原因で、彼が持ち前の虚言癖によって遁走してきたものたちと、再び向かい合うことになるのだった。  ある梅雨を境に始まった物語は、無事エンドロールに向かうのだろうか。心苦しい、ひと夏の青春文学。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

暴走族のお姫様、総長のお兄ちゃんに溺愛されてます♡

五菜みやみ
ライト文芸
〈あらすじ〉 ワケあり家族の日常譚……! これは暴走族「天翔」の総長を務める嶺川家の長男(17歳)と 妹の長女(4歳)が、仲間たちと過ごす日常を描いた物語──。 不良少年のお兄ちゃんが、浸すら幼女に振り回されながら、癒やし癒やされ、兄妹愛を育む日常系ストーリー。 ※他サイトでも投稿しています。

処理中です...