【完結】推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常

日夏

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二章

-5- 侑斗と一縁君

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六月も半ばに差し掛かり、本格的に梅雨の季節がやってきた。
今年は雨量が少ないらしい。
とは言え、梅雨は梅雨。
こう毎日雨が続くと明日が有給休暇であれど、仕事終わりにどこかに出かけようという気になれず家が一番となるのだが、その家というのは自分の家とは限らないらしい。


『侑斗だけど』

いつものように仕事から帰宅し、洗濯機を回し、お風呂のスイッチを入れたところでインターフォンが鳴った。

珍しい。
それも、侑斗と一縁君の二人セットだ。
本日は火曜日。
大抵、週末に来る二人が、何でもない平日の夕方、一緒にここにくるのは初めてかもしれない。

インターフォン越しでも大分疲れている顔をしていたが、ドアを開けた瞬間、侑斗は倒れ込むように入ってきた。

「侑斗君っ!」

慌てて一縁君がその体を支えてしゃがみ込む。

「お水持ってくるね」
「お願いします!」

ぶっ倒れるところを何度か見てるので、今更慌てることもない。
冷蔵庫に置いといてと言われているミネラルウォーターのペットボトル三本の内一本を冷蔵庫から取り出す。
ペットボトルには護符が貼ってあって、侑斗が清めてから冷蔵庫に保管すること一カ月間、というなんともまあ消費期限の短いミネラルウォーターである。

それでも常温より冷蔵庫の方が持つらしい。
水というのは流れが無いと良くないものが貯まりやすいんだとかで、侑斗に言わせると、常温保管で備蓄するのも良くないんだとか。
このアパートを借りた時に、ウォーターサーバーを半年間無料で使用できるというキャンペーンがあって迷ったが、全力で否定されて契約に至らなかった。
結果的にはなくても全く問題なく、浄水器を取り付けるだけで飲み水としては十分に感じたので無駄な出費とならずに済んだが、私はそこまで気にすることなど到底出来ず、寧ろ、震災時に水がない方が問題だとの理由で二リットルの水を一ダース物入れに押し込んでいる。
ウォーターサーバーと違い封を開けていないだけまだいい、とのことだった。
ウォーターサーバーだって口をつけていないし飲みかけなどではないと思う。

ウォーターサーバーを批判するなど、世の中を敵に回しているなーと思う。
ちょっとよく理解できない考えだが、見えない世界で、それなりの理屈があるのだろう。
因みに水の産地は日本のものなら拘りはないらしい。

お札が貼ってあるので、他人が見たらなんともまあ仰々しいボトルだ。
包装を外してから札を貼れば、アニメかゲームのコラボ商品と思われるかもしれない……等と思いながら一縁君へと手渡す。

「ありがとうございます。……侑斗君、飲んで」
「ん……あーごめん」

一縁君からペットボトルを受け取った侑斗は、三分の一程飲み干してから私を見上げてきた。
あ……なんか、二人が来てから玄関がやけに重い気がする。
そして、侑斗のジャケットの胸のあたりがとっても気になる。

「ねえ、なんか変なの持ち込んでない?ヤバいやつ」
「ごめん」
「えー……」

頼ってくれるのは姉としては嬉しいし、来るのもいつでも歓迎する。
けれど、私は勘が良いだけで目には見えない。
何も言わずに、幽霊さんをつれてくるのはやめて欲しい。
や、幽霊さん、なんて可愛いものではないのだろう。

「この前置いてった、文箱持ってきて」
「わかった」

『ゆっこちゃん、これ預かってもらって良い?蓋は絶対に開けないで』と言われて、言い方も大概だし、ぱっと見からして何か問題がありそうな漆の木箱だったから、『えー嫌だよー』と言ったあの箱のことだろう。
蓋は絶対に開けないで、なんて、まるで浦島太郎の玉手箱じゃないか。

『空だから問題ない』と言われて、『中身が入ったものは保管しない』というのを条件にクローゼットに保管することを許したのだ。

このアパート、収納の広さにも惹かれたのだけれど、皆下着やパジャマや着替えまで置いていく上に、一縁君なんて専用の枕まで持ってきたから、空きがあった収納スペースはほぼ埋まりつつある。

言われた文箱を取り出し玄関まで行くと、侑斗はペットボトルの水を全て飲みほしたところだった。

一縁君が木箱を受け取り、侑斗が胸元から形代を取り出す。
侑斗は、何かぶつぶつと呟くように術を唱えて、途切れたところで一縁君が蓋を開け中に収めた。
侑斗はよく、その場でどうこうせず、人型の白い紙である形代を使って持って帰ってくる。

一縁君が瞬時に蓋を締め、体重をかけて蓋を押さえているが、気持ち悪いことに箱がガタガタと音を立ててる。
ポルターガイスト状態だ。
侑斗が取り出した札を木箱に張り付けると、ガタゴトと何度か箱が暴れたがようやく大人しくなった。

いつ見ても、こういったことは恐ろしい。
こんなことを日々繰り返しているのだから本当にその身が心配になる。

「とりあえず、これなら持って帰っても大丈夫そう」
「そう。顔色、さっきより良くなってきたね。ご飯は?」
「食べてく」
「お邪魔します」

いつも礼儀正しい一縁君が可愛い。
当然のごとく上がり込む侑斗と、毎回遠慮がちな一縁君。
こうなんというか胡散臭い肩書を持って人様のお宅にお邪魔するわけだから、侑斗だけじゃなくて一縁君が一緒の方が安心感がある。
彼は彼で、とても優秀な相棒なのだ。

「ゆっこちゃん、おにぎり食べたい、白米で」
「今から炊くから時間かかるけど良い?」
「うん。その間になんか頂戴」

ソファの定位置に二人して並び行儀よく待たれると、どうしても憎めない。
普段玄米入りのご飯を炊いて冷凍しているので、玄米入りのならあるのだが、若いこの子らは白米をご所望のようだ。

「とりあえず、サラダとー……冷ややっこも食べる?」
「食べるー」

飲み物は麦茶、取り皿と専用の箸を二人に渡し、醤油さし、生姜チューブに、鰹節のパックをローテーブルに並べて冷ややっこを出す。

「今サラダも持ってくるね」
「ん、ありがと。いただきます」
「はい、めしあがれ」


レタスとトマトときゅうりという何の変哲もないサラダを出して、ご飯を炊き、作り置きしていた味玉に塩昆布をのせてめんつゆを垂らし、それからレンチンのささ身に作り置きのネギダレをかけて出したところで、はたと気が付く。
とっくにお風呂が沸いている。
折角沸かしたのに勿体ない。

「先お風呂入ってきて良い?おにぎりの他にまだなんかいる?」
「ん、大丈夫」
「平日なのにごめんなさい」
「明日休みだから気にしないで。さくっと入ってくるから足りなかったら適当に冷蔵庫漁ってね」
「はーい」

引っ越す時に冷蔵庫を買い替えて、ひとり暮らしにしては大きい、自分の背丈ほどある冷蔵庫を購入したのだ。
この大きさに慣れてしまうと、もとの小さい大きさには戻れないだろう。
寧ろ、よくあんな小さい冷蔵庫で暮らしていたなと思うくらいだ。
漁ってね、と言ったが、そのまま食べられるものはいくつか入っている。
適当にやってくれるはずだ。

この子たち相手なら何も気にせず風呂上りにパジャマで良いだろう。

脱衣所に向かう途中、玄関先にうっかり例の木箱を目にしてしまった。
うん、見なかったことにして、さっさとお風呂を済ませよう。
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