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二章
-4- お冷
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「ははっ確かにそれは俺のせいだわ」
ちかさんとの一部始終を話す間に、相槌を打ちながらもなっちゃんは大人しく聞いてくれた。
その間に別の日本酒をもう一杯頼み、おかわりをした“いぶりがっこのチーズ”を交互に口にしていたが、全て話し終わると笑って肯定してきた。
まあ、嘘じゃない。
なっちゃんとのこうした付き合いを止めてくる人とはお付き合い出来ませんってことだからだ。
私から、親友であり、更に推しでもあるこの美しき生き物を取り上げないで頂きたい。
「やーでも確かにちかの言い分も分かる。良くないんだろうけどさあ」
「でも相手が気にするんなら、こうしてなっちゃんと二人で出かけたりは出来なくなっちゃうでしょ?」
「えー……それは、やだ。困る」
目の前の美しい顔が、本当に困った顔になった。
そんな顔で“やだ”とか言われたら、なんでも許したくなるではないか。
「やだって、なっちゃんはほんと可愛いよね」
「だって、ゆっこ以外に女の友達で許せるの、今のところいねえんだもん…怜司とだと、こういうところ絶対浮くし」
「うーん、怜司君となっちゃんは、一緒にいたらどこいっても目立つと思うけれど」
「飯食うときくらい、変な目で見られたくない。向こうは気にしないっつーけど」
「あー、怜司君はそうかもね」
彼の大切なパートナーを思い浮かべて、相槌を打つ。
彼が、私を定期的に店に誘う一番の理由が、それだ。
私はなっちゃんを恋愛対象には見ていないし、彼がゲイであることを退いてもいない。
彼をゲイとして揶揄ったこともなければ、彼のパートナーに興味を示したことも一度もない。
それが、なっちゃんにとっても、怜司君にとっても、いわく、『安全』らしいのだ。
「私は、なっちゃんが誘ってくれるお店って毎回美味しいから嬉しいよ」
「そ?ならいいけどさ。ゆっこはさー、ほんとなんでも美味そうに食べるしさ、ちゃんと食うのが良いよな」
「美味しいものを遠慮は出来ないよね。でもそれはなっちゃんもでしょ?」
「俺は、好き嫌い激しいし、それが顔に出るだけ」
顔に出るだけ───そうかもしれない。
や、顔だけじゃなく声にも出ていた。
一口食べて微妙な顔した長芋の和え物は、『まっず』と一言呟いていた。
なっちゃんの口に合わないだけで、私にはまあ食べられなくもないので私の胃に納まった。
でも彼の言うように、『無難にマグロと青じそでまとめたままで良かったのに』というのには同意する。
そこに、ごま油とコチジャンやらなんやらを足して韓国風にしたのは余計だったように思えた。
その後はぽつりぽつりと怜司君とのあれこれをなっちゃんが話し始める。
酔いが回ると内容も明け透けになってくるし、始めこそ気にしていたものの、途中から周りの目を気にしているようには見えなかった。
会話の全てが届いているとは思わないが、あからさまな表現にはチラチラと周りの視線が飛んで来ていたが、放っておくことにした。
なっちゃんが気にしていなかったからだ。
うーん……あまりあからさまな話は、託飲みだけにした方が良いかもしれない。
知っている私は、言われるがままにあれこれと想像し、その度萌えるが、他人が聞いて同じように萌えるかと言われれば話は別だ。
ただただびっくりしてしまうかもしれない……となりの席の女性のように。
大学からのお付き合いということは、約十年。
十年経ってもこんな綺麗で可愛い上に自由人なんじゃ、怜司君だって気が気じゃないだろう。
『最近また怜司がねちっこい』だとか『もう若くないから腰がヤバい』だとか言いつつも、手先の器用さがどうとか爪の手入れがどうとか、最終的にはいつも怜司君を褒める話になるところがなっちゃんの可愛いところだ。
愛されている証拠であり、愛している証拠だろう。
本当に中身まで可愛い生き物である。
そういうなっちゃんだからこそ、怜司君もねちっこくなるのだろう。
なっちゃんのことに関しては、怜司君の気持ちに同感してしまうかもしれない。
「…ゆっこは、最近、他どうなの?」
「ん?」
「その、出会いとか、ないの?」
「んー……そうだなー、ないなー」
「ないのかー」
「ないねー。だから、あったら、なっちゃんと二人でデートは、気が咎めて心から楽しめてないって」
「じゃあ無理!えー……けどいいの?ゆっこはそれで」
「恋愛感情抜きにこうやって楽しめるの、なっちゃん以外いないよ。
なんかさ、自分が全く気持ちないのに、気を持たせるのも期待されてるって思われるのも、疲れちゃうんだよね。
食事くらいでおおげさって思うかもだけど、食事くらい美味しく食べたいじゃない。……あー、私、リアルで恋愛って出来るのかなー」
「えー、もったいない!俺が普通に女がいけるなら、絶対ゆっこと付き合うのに!」
「ふふっ、ありがと」
お世辞でも嬉しい。
やっぱり、こういうときの美形はものすごい破壊力だと思う。
「冗談じゃないし」
「うん」
「俺がゲイって知ってても、普通だし」
「うん」
「怜司に会っても、最初から色目も使わないし」
「怜司君は確かに恐ろしくカッコイイと思うけれど、タイプではないねー」
「俺に対してもだし」
「なっちゃんは怜司君大好きじゃない」
「っそれでも、そーゆー女しか会ったことねーの!怜司だって、ゆっことならいいって言うし」
「おー、それじゃあ、私は貴重な存在だね」
「恋愛相談もちゃんと聞いてくれるし…引かないしさー……」
おおう、これは少し飲ませすぎたかもしれない。
ふにゃふにゃになってしまった。
飲ませたわけじゃなくて、なっちゃんが勝手に頼んで飲んでいたんだけれど、サワーでもカクテルでもなくて日本酒だったのがいけなかったか。
途中で止めるべきだった。
私は三杯でストップしたが、なっちゃんは何杯飲んでいたっけ?
ここまでに至る記憶をたどりつつ、私は店員さんにお冷を頼んだのだった。
ちかさんとの一部始終を話す間に、相槌を打ちながらもなっちゃんは大人しく聞いてくれた。
その間に別の日本酒をもう一杯頼み、おかわりをした“いぶりがっこのチーズ”を交互に口にしていたが、全て話し終わると笑って肯定してきた。
まあ、嘘じゃない。
なっちゃんとのこうした付き合いを止めてくる人とはお付き合い出来ませんってことだからだ。
私から、親友であり、更に推しでもあるこの美しき生き物を取り上げないで頂きたい。
「やーでも確かにちかの言い分も分かる。良くないんだろうけどさあ」
「でも相手が気にするんなら、こうしてなっちゃんと二人で出かけたりは出来なくなっちゃうでしょ?」
「えー……それは、やだ。困る」
目の前の美しい顔が、本当に困った顔になった。
そんな顔で“やだ”とか言われたら、なんでも許したくなるではないか。
「やだって、なっちゃんはほんと可愛いよね」
「だって、ゆっこ以外に女の友達で許せるの、今のところいねえんだもん…怜司とだと、こういうところ絶対浮くし」
「うーん、怜司君となっちゃんは、一緒にいたらどこいっても目立つと思うけれど」
「飯食うときくらい、変な目で見られたくない。向こうは気にしないっつーけど」
「あー、怜司君はそうかもね」
彼の大切なパートナーを思い浮かべて、相槌を打つ。
彼が、私を定期的に店に誘う一番の理由が、それだ。
私はなっちゃんを恋愛対象には見ていないし、彼がゲイであることを退いてもいない。
彼をゲイとして揶揄ったこともなければ、彼のパートナーに興味を示したことも一度もない。
それが、なっちゃんにとっても、怜司君にとっても、いわく、『安全』らしいのだ。
「私は、なっちゃんが誘ってくれるお店って毎回美味しいから嬉しいよ」
「そ?ならいいけどさ。ゆっこはさー、ほんとなんでも美味そうに食べるしさ、ちゃんと食うのが良いよな」
「美味しいものを遠慮は出来ないよね。でもそれはなっちゃんもでしょ?」
「俺は、好き嫌い激しいし、それが顔に出るだけ」
顔に出るだけ───そうかもしれない。
や、顔だけじゃなく声にも出ていた。
一口食べて微妙な顔した長芋の和え物は、『まっず』と一言呟いていた。
なっちゃんの口に合わないだけで、私にはまあ食べられなくもないので私の胃に納まった。
でも彼の言うように、『無難にマグロと青じそでまとめたままで良かったのに』というのには同意する。
そこに、ごま油とコチジャンやらなんやらを足して韓国風にしたのは余計だったように思えた。
その後はぽつりぽつりと怜司君とのあれこれをなっちゃんが話し始める。
酔いが回ると内容も明け透けになってくるし、始めこそ気にしていたものの、途中から周りの目を気にしているようには見えなかった。
会話の全てが届いているとは思わないが、あからさまな表現にはチラチラと周りの視線が飛んで来ていたが、放っておくことにした。
なっちゃんが気にしていなかったからだ。
うーん……あまりあからさまな話は、託飲みだけにした方が良いかもしれない。
知っている私は、言われるがままにあれこれと想像し、その度萌えるが、他人が聞いて同じように萌えるかと言われれば話は別だ。
ただただびっくりしてしまうかもしれない……となりの席の女性のように。
大学からのお付き合いということは、約十年。
十年経ってもこんな綺麗で可愛い上に自由人なんじゃ、怜司君だって気が気じゃないだろう。
『最近また怜司がねちっこい』だとか『もう若くないから腰がヤバい』だとか言いつつも、手先の器用さがどうとか爪の手入れがどうとか、最終的にはいつも怜司君を褒める話になるところがなっちゃんの可愛いところだ。
愛されている証拠であり、愛している証拠だろう。
本当に中身まで可愛い生き物である。
そういうなっちゃんだからこそ、怜司君もねちっこくなるのだろう。
なっちゃんのことに関しては、怜司君の気持ちに同感してしまうかもしれない。
「…ゆっこは、最近、他どうなの?」
「ん?」
「その、出会いとか、ないの?」
「んー……そうだなー、ないなー」
「ないのかー」
「ないねー。だから、あったら、なっちゃんと二人でデートは、気が咎めて心から楽しめてないって」
「じゃあ無理!えー……けどいいの?ゆっこはそれで」
「恋愛感情抜きにこうやって楽しめるの、なっちゃん以外いないよ。
なんかさ、自分が全く気持ちないのに、気を持たせるのも期待されてるって思われるのも、疲れちゃうんだよね。
食事くらいでおおげさって思うかもだけど、食事くらい美味しく食べたいじゃない。……あー、私、リアルで恋愛って出来るのかなー」
「えー、もったいない!俺が普通に女がいけるなら、絶対ゆっこと付き合うのに!」
「ふふっ、ありがと」
お世辞でも嬉しい。
やっぱり、こういうときの美形はものすごい破壊力だと思う。
「冗談じゃないし」
「うん」
「俺がゲイって知ってても、普通だし」
「うん」
「怜司に会っても、最初から色目も使わないし」
「怜司君は確かに恐ろしくカッコイイと思うけれど、タイプではないねー」
「俺に対してもだし」
「なっちゃんは怜司君大好きじゃない」
「っそれでも、そーゆー女しか会ったことねーの!怜司だって、ゆっことならいいって言うし」
「おー、それじゃあ、私は貴重な存在だね」
「恋愛相談もちゃんと聞いてくれるし…引かないしさー……」
おおう、これは少し飲ませすぎたかもしれない。
ふにゃふにゃになってしまった。
飲ませたわけじゃなくて、なっちゃんが勝手に頼んで飲んでいたんだけれど、サワーでもカクテルでもなくて日本酒だったのがいけなかったか。
途中で止めるべきだった。
私は三杯でストップしたが、なっちゃんは何杯飲んでいたっけ?
ここまでに至る記憶をたどりつつ、私は店員さんにお冷を頼んだのだった。
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